その6.ハイ・グローバの昼と夜(3)
この部屋、つか大木の中身は、長老の気持と直結しているらしい。
――うーん、やっぱ、ハイ・グローバの連中はニンゲンじゃねーんだ。
「意図せぬ事態になったことは事実。また、この里を訪ねてしまったのも、その一環だ」
俺がまたまたヘンなところで感心している間にも、ナイトロードと長老の会話は進んでいた。
「ほう。ここへ参られたのは、陛下のご意思ではないと?」
陛下、ではない、って言葉を、ナイトロードが喉元まで出かかって飲み込んだのを感じた。
「……そうだ。私は、この身体の主・一輝との気のバランスからいって、彼の故郷へ帰還するのが先だと思っていたのだが――」
「大主様にお呼ばれになったのか、それとも、誰ぞ別なお方が術を掛けられたのか」
「大主様は、気配だけのお方。誰かをお呼びになるとは、考えられない」
ナイトロードが、首を振る。
『ってか、大主様って、ダレ?』
「ハイ・グローバに残られた最古の竜、黄金竜じゃ」
およっ。長老にも俺らの会話、読まれてる?
長老が、いたずらっぽく片眉を上げて見せた。
「一輝どのか。そなたの気は大層強いでな、読み易いの」
ナイトロードが苦笑した。
「では、ハイ・グローバでは一輝と内緒話はしにくいな。――とにかく、大主様にお目通りしてくる。そうすればここへ戻った真相がはっきりするだろう」
「では、エイミーに案内させましょうぞ」
長老がふっと、上を向いた。と、チリンっていう、小さな鈴の音がした。
「お呼びでしょうか?」エイミーが入って来た。
へえ。モノがねえのに呼び鈴が使えるんだ。便利~
「竜王陛下を大主様の元へ、ご案内して差し上げい」
かしこまりまして、と、エイミーは白いワンピースの裾を摘まんで膝を折った。
では、ってナイトロードは長老に挨拶すっと、またエイミーの後について 長老の家(つか、もしかすっと長老の本体の中?)から出た。
来た道を戻るエイミーに、ナイトロードが声を掛けた。
「先程から、里の者の姿が全く見えんな。何かあったのか?」
あ。そーいや、入口から長老の家までそーとー歩いたのに、家は見えるんだけど、誰にも会わなかったよな?
ナンデ??
エイミーが、動揺したように歩行を止めた。
「……実は……」
思い切って、って感じでエイミーが振り向く。
「20日ほど前、レジーナが召還されたすぐ後に、里の者が続けて大勢召還されたのです。行先は、ルルドニア異界と……。皆は5日ほどで戻ってきたのですが、殆どの者が大きな怪我を負っていました。長老が訳をお聞きになられたのですが……召還者との契約で、召還先での出来事は話せないと……」
「召還獣に黙秘の契約をさせるとは……。ルルドニア異界の召還者が、よほど魔力の強い者だというのだな?」
「はい、おそらく。大主様が陛下をお召しになったのも、そのことに関連しているのではと」
ふん、と、ナイトロードは鼻を鳴らす。
てか、俺まるっきりわかんねーぞその会話っ。
『おいおーい。俺はチンプンだぞ? るるどにあいかいって、どこだよ?』
『ルルドニア異界は、セイレィニア女王陛下のおわすセンドランドのある界・テシア異界とは、真反対にある、と言ってもいいところだ』
……ええと?
《異界》ってからには、別世界ってコトだよな? ま、確かに、セイルのいる世界だって、俺の世界とは別世界だ。
ハイ・グローバだって、別世界だ。
んで、ハイ・グローバとセイルの居る世界も、別世界だ。ってコトは、別世界ってのは、あっちにもこっちにもあるんだ……でコトでいいのか?
『まあ、そういうことだな』ナイトロードが、半分笑ってる声で返す。
『ってことは、あっちこっちから、ハイ・グローバに召還魔法が飛んで来たりもしてんだ?』
『そうだ。その魔法の誘いに乗るかどうかは、こちらでいちいち判断するが。それでも、以前長老に聞いたんだが、多い時には、日に数百という召還呪文が里へ入ってくるらしい』
ひえ――っ!!!! それをいちいち見て、行くかどーか決めんのか?
めっちゃめんどくせえのっ!!
盛大にしかめっ面をした俺に、ナイトロードは苦笑した。
エイミーは俺らの《脳内会話》がわかんねーようだ。きょとん顔でナイトロードを見上げてる。魔力が弱いのか?
「ああ――済まない。一輝に里と召還魔法の関係について説明していた。……で、ルルドニア異界に召還された者達は、今は?」
「はい、里におりますが……。そんなことがあったので、皆、各々の家へ閉じこもって、召還を受け付けないように結界を張っているのです」
「それで、大主様が俺を呼ばれたと……」
「大主様は、ルルドニア異界の召還者の意図を、お知りになりたいのだと」
「分かった」と短く告げると、ナイトロードは歩き出した。
******
大主様――黄金竜が居るのは、《忘れられた里》のすぐ側の崖の洞穴の奥だった。
『転移魔法が使用できれば早いのだが。大主様のお住まいのここは、一切の攻撃魔法と補助魔法は無効化される』
へー。攻撃魔法ってのは分かるけど、ホジョ魔法ってのは、わかんねーや。
まあいい、と、ナイトロードは俺への魔法の説明を諦めやがった。ま、俺も今聞いてもきっぱり忘れるだろーし。
ゴツゴツした岩をくりぬいた、曲がりくねった道を進んだ先に、長老の家と同じような大広間があった。
その、広間の真ん中に、てっぺんが平らな丘がでん、と聳えていて、その上に巨大なツルピカの球が乗っかってた。
『なんだあの、ツルッツルの透明な球?』?な俺に、ナイトロードが真面目に答えてくれた。
『あれが、ハイ・グローバの知識の泉、ドラゴン・オーブだ』
――ドラゴン・オーブ?
『輝の世界で言うところの、スーパーコンピュータだな。あの巨大な魔法のクリスタルの中に、これまで我ら竜族が覚えて来た魔法や、見聞した異界の文物が全て記されている』
『球のかっこした、でっかい図書館か?』
ナイトロードは苦笑しつつ、
『そう、思って差し支えないな』って言った。
ところで。
ドラゴン・オーブは分かったんだけど、肝心な大主様がいねえって。
と思ったら。
「よく参ったの」
若い女の声がして、丘の下に金色のケムリが湧いてきた。
煙は、あれよって間に金色の女の姿になった。
さらさらの、腰まである長い髪に、すらりとした長身の、完璧なモデル体 型の女。
その上。
――うわぁ、オール○ードじゃんよっ!! ヤバいってそれっ!!!
焦る俺とは反対に、ナイトロードは全然涼しい顔で、すっ、と女の前に膝を折った。
「お初にお目に掛かります」
きゃー、とか、わーっ、とか脳内で叫んでる俺は無視して、重々しい声でナイトロードは挨拶する。
すっポンポンの女――たぶん、大主様は、片手を挙げてナイトロードの礼儀を止めさせた。
「よい。竜たるもの、たとえ目上と言えど、頭を垂れるものではない。立ちなさい、ナイトロード」
はっ、と短く返事して、ナイトロードが立ち上がった。
なんか、ほっとしてるって感じだ。この太っ腹な相棒でも、大主様の前じゃあキンチョーしちまったってコトか。
すっげーなっ、黄金竜って。
つか、すっげーよな、大主様って女だったんだっ。おまけにナイスバディ!! って思ったら、ナイトロードに失笑された。くそ……