その6.ハイ・グローバの昼と夜(1)
サンクセイ前領主が館ごと丸焼けになって死んだって話は、セイルと俺の結婚式真っ最中に飛び込んできた。
敵領地から情報を送って来たのは、ヘンリー魔導師長が送り込んでいた間者の魔導師だった。
手下の中から人一倍心話が上手いヤツを、サンクセイの領主付き魔導師にしてあるんだと。さすが、策士な魔導師長。
ナイトロードに言わせりゃ、それくらいの知恵が回らなきゃ国王の側近なんて務まらないってコトだが。
火事がナイトロードの仕業だってのは、魔導師長はお見通しだった。
そりゃそーだ。闇討ちを警戒してバリバリ人的警護を固めて、その上に魔法の警護もしていたイヴァリアス卿のヤサ(家)を、一発で爆破炎上させるなんて魔法、竜王じゃなきゃ使えないってもんだ。
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それはともかく。
婚約から結婚式まで、ちょーハイスピードでぶっ飛ばし、俺とナイトロードが帰還しなきゃならない日の夕方、俺はセイルとやっと二人っきりになった。
「こんな時になんだが……。まずは礼をいう」
セイルが、向かい合わせたソファに畏まって頭を下げた。
結婚式の最中は、ヴェールを留めるために高く結われていたきれいな黒髪が、今は解かれて、薄いピンク色のゆったりした部屋着の肩を、サラサラって感じで滑り落ちた。
……うおおっ、色っぺ――っ
センドランドの花嫁衣装だっていう黄色のロングドレスもすげー良かったけど、色白のセイルはピンクのワンピースなんかもよく似合う。
「い……、いやっ、礼を言われるほどのコトなんて、俺してねーしっ」
デレデレに照れながら、俺は頭を掻く。
「一輝のお陰で、嫌々結婚をしなくて済んだ。ただ――」
セイルは言葉を切って、顔を上げた。
その顔が僅かに歪んで、きれいな黒い目から、涙がポロット零れた。
「どっ、どしたっ?」俺は、セイルの涙に慌てちまって、立ち上がって隣へ移った。
「なんで……、泣いてんだ?」
「今夜、一輝も竜王陛下も、この世界から消える、のだろう? これからしばらくは、私は一輝には会えない……」
そーでした。
ためらうように、俺の肩に手を置いて、セイルがそっと身体を預けてくる。
着ている服が、部屋着で薄いからか、胸の辺りの柔らかい膨らみが、俺の肘にガッツリ当たってくる。
セイルは、元男。そのせいか、レジーナみたいなポンツキュッポンじゃない。
でも、ちっちゃくっても女の子のムネで、おまけに今はブラとか着けてないっぽいっ!!!
途端、俺の心臓はいつもの三倍ぐらいの動きを始めた。
だっ、ダメだっ!!! 身体中のケツエキが、ぜーんぶ頭に上ってくるっ!!!!
いや、四割くらいは、別な場所へと向かってるけど。
うっ、うおおっ。このまんまじゃ、男の欲望全開になっちまうっ。
それでもなんとか冷静さを装って、花のような香りがする黒髪が覆う背中に、俺は震えてる手を回した。
「やっと一輝の妻となれたのに……」
口の中がカラカラになった。どう答えていいのか考え込んでしまった俺の頭の中で、ナイトロードの真剣な声がした。
『済まないが、しばし身体を貸してくれないか? 一輝』
俺が、セイルの色っぽさに、むちゃくちゃ参っちまってる、からじゃないようだ。
ナイトロードは、セイルに大事な話があるらしい。
『いっ、いいぜ!』
俺は、余裕かまして返事をした。けど、内心は未練タラタラだ。もーちょっと、セイルとくっついていたかった。ナイトロードには、多分マル分かりだろうけど。
すまんな、と一言いって、ナイトロードの意識と俺は入れ替わった。
「セイル陛下」
竜王の落ち着いた呼び掛けに、セイルは俺達が入れ替わったのに気が付いた。
慌ててってふうに、俺の身体から身を離す。
……それって、今は俺とナイトロードの会話は、セイルは聞こえてなかったのか?
しかして、俺とおんなじで、ドッキドキの大焦りで、なんも気を回す余裕ナシだったとか!?
かっ!! かっわいいぜっ、セイルっ!!!!
叫び捲くっている俺を無視して、ナイトロードが静かに話し出した。
「そのことだが。単刀直入に言おう。私達二人を、セイルの契約獣にしてくれ」
『へ? ちょっと待てってナイトロードっ。セイルは魔法は……』
「私は、魔法は、」と、セイルは俺とおんなじことを言おうとした。
セイルの声を遮って、俺の口からナイトロードが、
「セイルは、魔法が使えるのだ」って、大変なことを言い出した。
えええ――!!?
だってよ、セイルのじい様は魔力が弱くって、でも他の兄弟が死んじゃったからしょーがなくって、王様になったんだよなっ?
その血統を継いでるから、セイルは魔法がほとんど使えないって……
「どうやら、リンゼル王は誰かに《魔力封じ》の術を掛けられたようだ」
ああっ!???? マリョクフウジ?
なんじゃそりゃの俺に解るように、ナイトロードは噛み砕いて話してくれた。
「《魔力封じ》の術は、その名の通り、特定の誰かの魔力を、使えないように封じてしまう術だ。異界語魔法という、ハイ・グローバのものでもハイ・エルフや竜族のみが使用出来る、特殊な術のひとつだ。異界語魔法は詠唱も複雑で魔力も精霊魔法より多く必要となるため、特別な事情がない限り、使用しない。ただ、繊細で複雑な術であるため、細かく条件を組める利点もある。
多分、なのだが、こちらの魔導師で異界語魔法について知っているのは、一部の王侯貴族と、宮廷魔導師長くらいではないか?」
セイルは束の間考える顔をしたと思ったら、いきなり「じいを呼んだ」と言った。
しばらくすると、ほんとに魔導師長がやって来た。
「異界語魔法について、ですか? 陛下」
「そうだ。じいは、おじい様――リンゼル陛下が《魔力封じ》の術を掛けられていたのを、知っていたのか?」
「いいえ」と、魔導師長は、初耳って顔で首を振った。
「それは、まことですか?」
ナイトロードは深く頷いた。
「違いない。私は時間魔法は使用できないが、魔法の軌跡を時間的に追っていくことはできる。セイルからリンゼル王まで、《魔力封じ》の効果が遡って感じられる」
「では……、王子、いえ、セイルさまは、リンゼル陛下のお血筋故に、魔力を術で封じられいると?」
「そうだ」とナイトロード。
「リンゼル王に掛けられた《魔力封じ》は、血統に作用するように組まれている。解呪するには、掛けられた時期と、掛けた術者の魔力量を調べ、それと同等か上回る魔力量で解呪しなければならない」
「では、その二点が解明すれば、セイルさまは魔力をお使いになれると――」
「待て」セイルが、焦ったように立ち上がった。
「私の魔力が戻るということは、私は男に戻るということだ。それでは……、それでは、一輝との婚姻はどうなってしまうのだ?」
薄手のピンクのワンピースを着たセイルの身体が、僅かに震えているのに、俺は気が付いた。
……もしかして、俺との結婚がナシってことになるのが、セイルは嫌なのか?
陛下、と、魔導師長がセイルを宥めるように、優しく笑った。
「私を始め、王家を大切に思う臣下の皆々は、陛下の魔力が戻り、正当な王として全貴族に認められるのを、何よりも望んでおります。しかしながら、その皆の願いが、陛下の御心を深くお悩ませするものであるのならば、じいは、敢えてその選択を致しません。
お決めになるのは、陛下ご自身でございます」
「私は……」
言い掛けて、セイルはずるずると力が抜けちまったみたいに、またソファに座った。
セイルの身体を、ナイトロードがやんわりと受け止めた。
背丈の割に華奢な感触が、俺の意識にも伝わってくる。
――愛しいぜ、セイルっ。
「じい達の気持も分かる。私とて、本来の姿に戻りたいと、ずっと思っていた。でも今は……」
肩を軽く抱いていた俺の手を、セイルの手がそっと握った。
「一輝が、好きだ。わがままだと分かっている。けれど、もう少しだけ、私は女として、一輝の妻でいたい――」
「セッ、セイルッ!!!!」
俺は、いじらし過ぎるセイルに我慢出来ず、ナイトロードを押し退けて、セイルを抱き締めちまった。
一輝、完全にセイルにメロメロです。
ただのアホです……