その5.知略謀略火事の元(4)
ウォール侯爵毒殺騒ぎからまる1日経った翌々日。
俺は魔導師長に呼ばれて、宮廷魔導師館へ行った。
「ルシウスとアレクサンダーの魔法陣の誤りが、ようやく解けました」
という前置きをして、魔導師長はびっくらするようなことを言った。
「先にお知らせいたしましょう。竜王陛下の召還期限は10日。通常召還となんら変わりません」
「ってコトは、10日過ぎれば、俺らの召還は解けて、元の世界へ帰れるってわけ?」
「はい」と、魔導師長は大きく頷いた。
やった!! これで兄貴の見舞いに行けるっ!! ……心配してんだろうな、お袋も、兄貴たちも。
『召還された日から数えれば、あと残り3日だな』と、ナイトロード。
そっか。あと10日、じゃなくって、あと3日なのか。
俺が頷くのを見て、魔導師長はさらに続けた。
「ルシウスとアレクサンダーは、魔法文字記入の際、魔力調整の記述に軌道+30°で魔力を出さねばならないところを、+31°で出すよう書いてしまっておったのです。そのせいで、魔力の導線が湾曲し、先に一輝どのを、次に竜王陛下を、交差線上に乗せる形で召還してしまった……。しかも、悪いことに、お二方は命の危機にあられた。普通ならば反発してしまう個々の生命力が、《生き残る》という意志の力で、交差を一本に変化させた。その結果、お二方は一個の《二形のもの》として、こちらへ召還されてしまったのです」
『そう言えば、ハイ・グローバから召還出来るものは、二形のものに限る、と言っていたな』
俺は、ナイトロードの脳内話を、魔導師長にそのまま訊いた。
「はい。《二形のもの》でなければ、こちらに召還してもなぜか姿が保てないのです。恐らく、大気に含まれる魔力元素の濃度によるのかと」
なるほどねー。《魔力元素》のノードな。
……って、《魔力元素》って、なんだよ?
『ハイ・グローバや、こちらの世界では大気に多く含まれている物質だが、一輝達の故郷の世界には、殆ど存在していないようだな』
そーなのか? 俺は「ふーん」と、顎に手を当てた。
この話が、後で飛んでもない話に繋がるなんてことは、この時の俺はぜんっぜん知らなかった。
「あと3日かぁ……。お? ってコトは、セイルとの、そのっ、けっ……、ケッコンっ、の話は……」
俺は、真っ赤になりつつ、つっかえつっかえ魔導師長に訊いた。
3日しかないんじゃ、到底俺との結婚はムリだ。となると、セイルは例のムコライバル他の中から結婚相手を探すしかない。
もンの凄く嫌がってたのに。可愛そうだぜ。
俺がムッとして眉間にシワを寄せてると、魔導師長が真面目な顔で頷いた。
「その件ですが、明日婚約発表を、して明後日に式を挙げようかと思いますが」
「え……、ええっ?!」
なんで、そんな、急展開っ?!!!!
******
の、理由は、俺の帰還日数ともうひとつ、ウォール侯爵を暗殺しようとしたヤツラにあった。
翌日。婚約発表のドタバタ騒ぎの真っ最中に、俺は(正確には、ナイトロードが)魔導師長から心話で説明を聞いた。
『今朝方、ようやく黒幕が確定致しました』
レジーナがよっぴいて、魔導師館の地下牢に入れてる下手人を、魔法で尋問した成果だった。
レジーナは現在、魔導師館の自分の部屋で、グースカ寝てるらしい。
尋問に最初から最後まで付き合った魔導師長は、今は魔導師館の自分の執務室に居る。そこから、他の連中には話の内容を聞かれないよう《心話結界》を張って、俺らだけに話している。
魔法のやり取りは俺ではできない。ので、ここは身体をナイトロードに貸した。
ナイトロードも《心話結界》を張り、魔導師長に応じる。
『やはりサンクセイの息の掛かった者の仕業、か?』
『さすがは、竜王陛下。さよう。今回は、前サンクセイ侯爵イヴァリアス卿の罠でした』
『罠?』
『はい。ウォール候に毒を盛った――いえ、正確には、セイル様以下、この城に居た者全てを暗殺しようとしたのは、ラッドという、ウォール候の領地サラザルドの出身の若者でした。この者は商人の息子で、父親と一緒に度々サンクセイの領都ニベラへ商用で出向いていたようです』
魔導師長の話だと、王家派とサンクセイ派の取り決めで、商人はどちらの領地へも行き来出来る、特別通行手形を持ってる。
ラッドがイヴァリアス卿に目を付けられた理由は、父親がウォール侯爵家の出入り商人だったからだ。
サラザルドはサンクセイ派の貴族が統治するエダンシィと隣り合わせで、いわば最前線だ。ああ見えてウォール侯爵は代々バリバリの王家派で、しかも先代の奥方は王族の出身。
セイルとは、血が近い、んだと。
だから、イヴァリアス卿は必ずウォール候がセイルのムコ候補に上がる、と読んでいた。
『イヴァリアス卿は、特殊な魔法が使用できる召還獣と契約しておるようです。その召還獣が術でラッドを傀儡にし、ラッドを介してウォール候に《暗示》の術を掛けて陛下の暗殺を企てたようなのです』
《暗示》の術は見事に掛かり、ウォール候はラッドを宮廷料理人見習いと思い込み、今回の王城入りに同行を許してしまった。
イヴァリアス卿の予定では、王城の厨房に潜り込ませたラッドを通し、ウォール候と同じくコックの誰かに《暗示》の術を掛け、毒を混ぜさせる、はずだった。んが、どっこい。暗殺未遂のあった晩、夕食の直前にウォール候の術は解けちまった。
王族と血が近いだけあって、魔力の高さで自分に不利な術は跳ね飛ばしてしまうんだと、ナイトロードの言葉。見掛けは白タコだけどな……。
《暗示》の術が解けたウォール候は、術の性質からイヴァリアス卿の計略と思い至り、急遽晩メシの席でセイルにサンクセイのちょっかいがある、と話す積もりだった。
だったんだが。
ウォール候の術が解けたのに気付いたイヴァリアス卿の召還獣が、飼い主にご注進した、んだろう。イヴァリアス卿は、自分達の関与がバレるとヤバイってんで、急遽、ラッドに直接ウォール候を殺させるよう、召還獣に命令した。
『では、当初の話の、自殺した妹の敵討ちというのは、でっち上げか』
ふん、と鼻を鳴らしたナイトロードに、魔導師長は、
『いえ、そうとも言い切れません。ラッドには、確かにエイダという妹がおりました。エイダは二年前にウォール侯爵家に行儀見習としてメイド奉公に上がりましたが、一年前、一時帰宅した折に自死致しました。家の者がいろいろと調べた末に、どうもウォール候の弟のダイアン卿にレイプされたのではという疑いがあったようです』
ふ―ん、それでウォール侯爵に恨みがあったのか。
っても、よっく考えっと、そのラッドってヤローもヒガイシャかもな。妹を殺されたも同然だし。んでもって、ラッドのその悲しくて悔しい気持ちに、多分イヴァリアス卿が付け込んだんだ。
『外道が』ナイトロードの声が、ぐっ、と低くなる。……すげ―おっかね―って。
『己の利害のため、弱者の悲哀の心を操るなど、魔力を持つ者の風上にもおけぬ。まして、セイレィニア陛下を弑し奉ろうと画策するなど』
カンペキに、怒ってるな、ナイトロード。ま、俺もだけど。
だから、その晩遅く、ナイトロードが転移魔法でサンクセイの領都まで行って、トンデモナイ魔法をぶっぱなしたのにも、賛成した。
俺とセイルの婚約・結婚は、サンクセイの前侯爵邸が火の精霊魔法によって丸焼けっていう、デッカイお祝いの花火がついた。
ナイトロード竜王陛下も、一輝に負けず劣らずヤンキーかも…?