その5.知略謀略火事の元(1)
「おおっ、これは女王陛下っ!! こんな場所でお会い出来るとは、望外の喜びっ!!」
俺らの座ってる席に遠慮会釈もなくズンズン寄ってきやがったのは、金髪クルクルパーマで痩せでひょろりとした長身の、ウナギみたいなヤローだった。
なんだコイツ? と、睨む俺の耳元にセイルがそっと口を寄せて来た。
「バレンタイン伯爵だ」
——はくしゃくぅ!? この、ひょろひょろの白ウナギみたいなのがっ!?
目を剥いてマジマジと見てしまった俺を、バレンタイン白ウナギ伯爵どのは、とんがった鼻をツンっ、と上に向けて横柄に見下ろした。
「なにやらまた、大層異国情緒のおありなお客人とご一緒であらせられますな」
セイルのきれいな眉が、ぴくりと動く。
『金色のオーラだな。女王陛下の怒りの具現だ』ナイトロードが面白そうに言う。
うっわー、セイル、怒るとンなもん出してんのか!? けど、確かに俺にもなんとなくセイルから気迫みたいなもんを感じる。
ちょっとヤバいんじゃねーのかなこの雰囲気はっ、と俺が思っていたところ、護衛の騎士が、こほんっ、と咳払いをした。
「おや? 居たのかね。陛下の護衛役……というか、陛下シンパで崇拝者のアルフレッド卿」
女王陛下の怒りに全く気付いてないらしい白ウナギ伯爵が、のんびりとイヤミなんかを吐きやがった。
騎士、えっと、アルフレッド卿は、思いっ切り嫌な顔をした。が、そこは大人だよ、ひとつ息を整えると、平気な顔に戻って言い返した。
「——痛烈なご批評ですな、伯爵。ですが、陛下のご婚約者であられる方の御前では、慎まれた方が、よろしいと存じますぞ?」
「ご婚約者?」
今度は、ウナギ伯爵が、あるんだかないんだかわかんないよーな、てんてんに近い眉毛を持ち上げた。
うおっ、もう周りの人たちにも、俺がセイルの婚約者ってことになってるのかっ!?
たった1日で……、いいのかっ!? いや、俺は嬉しいけどよ。
しっかし。
ウナギ伯爵は納得してないって顔で、セイルに詰め寄った。
「陛下、ご婚約者決定のお話、貴族会議にお掛けなりましたか?」
「いや」セイルは、涼しい顔で否定した。
「まだ掛けていない。私とじいとの間で、内々に決めたことだ」
「でしたら」バレンタイン白ウナギは、ひょろんっ、と頼りない長身をふん反り返らせた。
「まだ、正式なご婚約者ではあられませんな。——何処のどなたかは存ぜぬが」
「ああ……。伯爵には、まだ紹介していなかったな。こちらは、昨日のサンクセイとの戦で、我が方の窮地を救ってさった、ハイ・グローバの竜王陛下だ」
「りっ、竜……!!」
俺の(正確には、ナイトロードの)素性を聞いた途端、白ウナギくんは後方へびょんっ、と飛んだ。
——なんだ、ウナギじゃなくって、白ウサギだったのかよ? あ、でも、ウナギでも恐いと後ろへ飛ぶ……、か?
「そっ……、そのような方をっ、こっ、候補に選ばれるとは……!!」
白ウサギ、じゃねえ、白ウナギ伯爵は、真っ赤になってワナワナ震えてる。
「驚き過ぎじゃね?」と、相手に聞こえない程度の小声で言った俺の隣で、セイルが一瞬、にっ、と口の端を釣り上げた。
「選ばれる、とは、なんだ?」低く脅しつけるセイル。かっけー。
「あっ、いえそれは——」
「私が、竜王陛下に花婿候補となっていただくよう、お願いしたのがおかしいか? 異世界の王などと、本当に身分がどうかも知れぬ御仁を選ばれるなどと、と、私を嘲っての発言か?
それとも逆に、同じく花婿候補として、強力な競争相手が現れたことへの不満か?」
きょえーっ!! こンのひょろひょろ白ウナギがっ、セイルの花婿候補っ!?
俺は思わず目をひんむいてしまった。
これじゃあ確かに、セイルが嫌がる訳だ。
「いっ、いえいえっ!! 陛下のお気に召した方に、わたくしごときが何の文句がございましょう? ——さすが陛下、お目が高いと感服いたしまして……」
重箱のスミを突き捲るセイルに、白ウナギは顔を赤くしたり白くしたりしている。
「大体、トルドネール領に居る筈の伯爵が、どうして今頃王都におられるのか?」
「はっ……、そっ、それは、でございますね……。ファンスミス侯爵が……」
組み合わせた両手を、クネクネ動かしながら話す白ウナギ。キモわりぃ。
セイルはふん、と鼻を鳴らすと、男前に腕を組んだ。
「なるほどな。伯父上の言い付けで、売り込みに来たという訳か」
「そっ、それは心外でございますっ。伯父の言い付けなどではなくっ、私が、心から、早く陛下にお目にかかりたく——」
こいつ。何とかかんとか言いつつ、セイルに媚びようって戦法か?
『ひとつ、脅してやれ』俺の考えを読んだナイトロードが、ひそっ、と図太いことを言った。
『そりゃいーや』
俺はにやっと笑うと、テーブルにどんっ、と音をたてて片腕をついた。
「どーでもいいけどよっ。今、セイルがデートしてんのは俺だぜ? あんた、伯爵かなんかしらねーけど? これ以上邪魔すんなら飛ばすぞ?」
俺の啖呵と同時に、ナイトロードが短く呪文らしきものを唱えた。途端、白ウナギ伯爵がヒッ、と喉を詰まらせて硬直する。
『——なにやったんだ?』
こそっと訊いた俺に、『軽い麻痺の術だ』と、ナイトロードはしれっと答える。
軽いっつっても……。伯爵、直立したままひくひく痙攣しながら泡吹いてんぜ。
竜の《軽い》は人間には《重い》じゃねーのか?
セイルもアルフレッド卿も、ウナギ伯爵の突然の変化にびっくりした顔してるし。
『の、ようだな』ナイトロードはやり過ぎたと、術を解除した。
動けるようになった白ウナギは、テーブルに片腕をついてはあはあ息を付きながら、俺を恐々っていう目で見上げて来た。
「えっ……、詠唱もナシで、これだけの術を使用される、とは……。さっ、さすが、竜の中の竜っ。——竜王陛下がお相手では、私も、何もなしでは歯が立ちません。陛下、今日のところは出直して参ります」
そそくさって感じで、白ウナギ伯爵はセイルの前から消えた。
「ちっと、やり過ぎたかな?」
首を傾げた俺に、アルフレッド卿が苦笑しつつ「いいえ」と言った。
「バレンタイン伯爵は、これしきで引っ込むような大人しやかな性格の方ではありませんよ。もうちょっと強く当たられても、多分大丈夫でしょう」
「それは、酷い言い様だぞ、ドナルド」
セイルはいつもの無表情で、でも、どこか面白がってる声で、お供の騎士を嗜めた。
「あれでも一応人間だ。——だが、まあ、あのままべらべらと続けて捲し立てて、ここへ居座るようだったら、一輝が何もしなくとも私が一喝して追い払おうとは思っていたが」
おいおい、セイル。
女王陛下に一喝されるなんて……。花婿候補としちゃ、そっちの方がきっついだろーが。
またまたヘンなキャラ登場です。バレンタイン伯爵・・・
この先、どう絡むのか?