その4.デイト、だよな?(1)
セイルの鶴の一声、ってか、ツルのわがままで、俺は急きょ城下へ引っ張り出された。
センドランドの首都は、前にちらっとセイルも言ってたけど、ファゼ=ミルラっていう、らしい。
首都がそのまま州だっていうところは、アメリカに似てる。
――うおっ、俺なんか、ベンキョー出来る感じじゃね?
城は、いくつかの博物館みたいにでっかい建物が集まって出来ている。俺が最初に召還されたのは、魔導師館っていう、魔導師の訓練場みたいな場所だった。
中央の王宮から城下に出るには、その魔導師館の右側の通路を通って、さらにぐるぐる右回りに他の建物の脇を抜けて、ようやく大手門を抜ける。
セイルは、執務用のドレスの上から濃紫のフード付きマントを羽織った格好だ。
そのフードも、被ってない。顔とか隠さなくていーのか? 女王サマなのに? お付きは二人だ。一人は若い魔導師。俺より3コ上くらい?
もう一人は、騎士だった。こっちも若くて、 チョーランに似てる黒い上着を着ていて、腰に長い剣をぶら下げている。
翼のやってたゲームに、こんな剣持ったヤツがいたな。もんすたー相手に暴れてた。
でもよ、剣っつったら、日本男児なら日本刀だろーがよっ!!
暴○ん○将軍も、水○○門も、遠○の○さんも、みーんな、だんびらでもっての立ち回りだぜっ。
悪党相手に(大体は雇われ浪人、とかだけどよ)バッサバッサと斬りまくりっ!!
……ってのが、俺のじーさんの口癖だった。
んなわけだから、俺はヤンキーでも、弱いもんいじめするヤツぁ、みぃんな鉄拳制裁して来た。
『道理に適っているな』と、ナイトロードが呟いた。
『己より力の弱いものを、ただいたずらにいたぶるのは、強者のすることではない。竜は、獲物を狩る場合か、己の矜持を傷付けられた時以外は、戦わない』
不意打ちで殺されかけたナイトロードにしてみれば、早いとこハイ・グローバに戻って、そのシルヴァニスって野郎をブチのめしたいだろーけどなぁ。
あ、俺も、病院に行って、兄貴の様子を確かめなきゃだったんだよっ。 セイルの色香に迷ってた――情けねえっ。
でも。
隣を歩くセイルの、白くって、すっごく綺麗な横顔見てっと……。
兄貴、ごめんっ!!! 俺、セイルの婿になりたいっ!!!!
「なにか、言ったか?」
突然セイルから声掛けられて、俺はびっくりする。
「おっ? いっ、いや、なんも……」
そー言や、セイルは魔法は使えないけど、魔導師とは《心話》で話せるんだっけ。 それって、もしかたら、俺の脳内ブツブツも聞こえちゃったりするのか?
「時々しか、はっきりとは聞こえないが」
「うっわっ!! やっぱ聞こえてんじゃんかっ!!!」
俺は、隣を歩くセイルに、思い切り突っ込んでしまった。
と。
セイルが、何とも言えねー顔で、笑った。こう……、目を僅かに細めて、溶けるみたいに、綺麗な顔を崩した。
――どわあっ。心臓がバクバクいうっ!!! セイル美人過ぎだってっ!!!
またまた一挙に顔が熱くなった俺に、お付き二人が妙な顔をしている。 おまけに、脳内で、ナイトロードが面白がってる。ちっくしょー……
『私にとっても、女王陛下は興味深い存在だ』って、何だよっ。
好きなら好きって、はっきり言えよっ! 俺にばっか、ハズカシイ思いさせんなっ。
俺が、隣をぴったり歩くセイルについてあれこれ考えているうちに、城に一番近い店屋に着いた。
「ここが、城内の日用品を一手に納めている、大門通り一の雑貨屋、ガレスト屋だ」
言われて店を見る。なにげにでっかい観音開きの木の扉の両側には、ガラス張りのショーウィンドウがあって、そこに色んな品物がきれいに並べられている。
「ガレスト屋は、王族が気楽に出入り出来る、数少ない店なんだ」
セイルが話してくれている間に、内側からゆっくりと扉が開いた。
扉から続いている店内の通路の両端に、店員らしい男や女がずらっ、と並んでお辞儀している。
うわあ……、俺、こんなに大勢に頭下げられたコトなんて、ねえってっ!!!
デパートの開店時刻に行けば、やってもらえるのかもしれねーけど。行ったことねーし。行く気もねーけど。
それにしてもさっすが女王陛下。
こんな大勢が頭下げてる真ん中を、セイルは堂々と歩き始めた。まごついてる俺の腕を、がっちり組んだまま。
扉前の棚を少し過ぎたところで、女王陛下のお越しに、中からいそいそと店主が出て来た。
「これはこれは、ようこそお出で下さいました。セイレィニア陛下」
小太りで(オリバーおっさんよりは、腹は出てないが)ちっこい店主は、派手めの黄色い上着に、西洋画なんかの人物がよく被ってる、羽根付きのベレー帽っぽい帽子を被っていた。
オリバーおっさんがトドなら、ガレスト屋店主ガレストは、まるっきりオットセイ。
そのオットセイが、にやにや笑いながらセイルに近付く。
こんなにあからさまに揉み手をしながら近寄って来る商人ってのを、俺は初めて見た。
「毎度ご贔屓下さり、ありがとうございます。して、本日はどのようなものをお探しで?」
ふん、と、セイルは小さく鼻を鳴らした。眉も、ほんのちょっと上がった。
あ、もしかして、このオットセイ、嫌いか?
でも、セイルの仕草はほんの一瞬のことだったので、オットセイがお気に召さないって気が付いたのは、多分、俺だけ。
すぐに普段の無表情に戻ったセイルは、オットセイ・ガレストを真っすぐに見つめ直した。
「我が伴侶にして異界の偉大なる竜王陛下に、こちらの商習慣や日用品その他をお見せしたく思って、参った」
それって、俺の社会科見学ってコトか?
でもって、《伴侶》っつった、セイルっ!!
伴侶っ、はんりょ~~っ!!!
知ってるぞ、伴侶っ!! ダンナっつー意味だよなっ?
うおおっ。セイルが俺を(正確には、多分ナイトロードなんだと思うんだけど)好きだって解っちゃいたけど、こーやってはっきり他人にダンナって言われっと……
嬉しくって、テレるっ!!!!
舞い上がってる俺の眼前に、ズイッとオットセイのキモい顔がズームアップされた。
「いや、これはこれは。こちらが竜王陛下であらせられますか。あの裏切り者のサンクセイの輩をお一人で退けたというお噂は、もうセンドランド中に広がっておりますです」
ウソつけコラっ。
昨日の今日で、そんな簡単に話が広がるかってのっ。
セイルに惚気られて(だよな?)急上昇してた気分が、おべんちゃらオットセイのせいで急降下する。
いっぺんにブスくれた俺に、ナイトロードが意外なことを言った。
『あながち嘘ではないかもしれん。魔導師同士ならば、ある程度離れていても心話で会話が可能だしな』
『それって、実況中継していた魔導師がいたってワケか?』
俺の脳内の言葉と、地球で使われてるテレビやネットの情報を汲み取ったナイトロードが、思わずって感じで苦笑した。
『そうだな。一輝の考えている《ワイドショー》とやらの放送内容に、もしかしたら一番近い事を、戦に居合わせた魔導師の誰かが行った可能性がある』
ワイドショーキャスターまでやる魔導師、ってか。
『ただしそれが、女王陛下の許可を得ているかどうかまでは、分からない、がな』
ってコトは、オットセイみたいな大商人やら、貴族みたいなお偉いさん達が、金を払ってこっそり魔導師の誰かに実況中継させたってのか。
で、俺の想像は、ある程度当たっていた。
「……店主殿には、良い情報を買われたようだな」
セイルが、もう絶対トレードマークだろうっていう無表情で、とっても抑揚の無い声で言った。
いや、これは……。
でっかいレディースチームの頭と、ちょっとした行き違いでタイマン張りそうになった時以来のド迫力だ。
あの頭より、セイルは100倍は美人なだけに、もっとおっかねぇけど。 もし結婚して夫婦喧嘩なんかしたら、この調子でとっちめられるんだろーなー、俺。
覚悟、しとこう。
で。
女王陛下の静かな大激怒にビビり上がったオットセイは、「あっ、いやそのですね……」なんてもごもご言い訳を探しながら、結局見付からなくて早々に俺らの前から退散した。
セイルがそれ以上のとっちめをしなかったのは、結局、魔力が無くて玉座に座っているっていう、自分の立場の弱さを知ってるからだって、ナイトロードが後で説明してくれた。
セイル、かわいそうだぜ。俺がぜってー、守ってやるからなっ!!!
本当に久々の更新です。
お待たせしましたっ!! って、待っていて下さっている方がどれくらいなんだろー。
でもっ、まだ頑張って続けていきます。