その3.けけけっ、結婚?(4)
本当だったら、召還獣は戦闘が終わったらすぐに召還を解かれて、ハイ・グローバに帰れる、らしい。
けど、俺とナイトロードは前に言われた、バカ犬コンビの魔法の失敗で、当分、この世界に居っきりになる。
しかも、女王陛下セイルのたっての頼み(本気のホンキで、セイルは魔導師長に頼み込んだらしい)で、セイルの花婿候補にも上げられてしまった。
と、いう事情で、俺は、セイルの旦那に相応しくなるために、という名目で、朝メシの後、早速この世界についてのベンキョーをさせられた。
もっとも、ナイトロードは俺なんかよりこの世界について詳しい。どーしてか、こっそり脳内会話で聞いたら、
『ハイ・グローバには、過去にこちらへ召還された者達の記録が、かなりな数残されているのだ』と、教えてくれた。
で、話を戻すと。
ベンキョー場所は俺らが借りてる客間。
何故か、魔導師見習いらしいちっこいのが(バカ犬コンビより、さらにちっこい連中が)4人ばかり一緒にベンキョーに参加した。
ベンキョー係の魔導師は、魔導師長の弟だって話だ。名前はオリバーさん。額から頭のてっぺんまであっぱれにハゲた、赤毛のおっさんだ。兄貴の魔導師長は、ひょろっと背の高い、気取ったジジイだけど、オリバーおっさんはそんなにでっかくもなく、おまけにぽこっとハラの出た、庶民的な中年オヤジだ。
「えー、まずは、こちらの世界の名称から」
オリバーさんは、そんなに暑い訳じゃねーのにどっとかいている汗を、手拭い(じゃ、ねーか、ハンカチか)で拭きふき、授業を始めた。
「こちらでは、現世界を《ロードラスト》って呼んでおります。ロードラストは、この大地全体の名称で、セイレィニア陛下が治められておるセンドランドは、ダンタレス大陸のほぼ中央に位置しております」
ふーん。俺らが自分達の住む星を《地球》って言って、住んでる国のある場所をアジアっつーのとおんなじか。
俺が納得すると、ナイトロードが『ふむ』と感心した声を上げた。
『《地球》とアジア、か。確か、ハイ・グローバのメイン・オーブにあった気がするな』
『なんだ? メイン・オーブって?』
『一輝の世界で言う、スーパーコンピュータのようなものだ。そこに、ハイ・グローバのあらゆる情報、さらに、異世界から得られた情報も入れられている。情報量は、ざっと100億年分だ』
ひっ、100億っ?!
いくらべンキョー嫌いな俺でも、地球が46億年くらいのシロモノだってのは知ってる。
それをかるく2倍超える年数分の量の、世界情報って!!!
脳内会話で勝手に頭を抱えている俺を、不思議そうな顔でオリバーおっさんが覗いて来た。
「あの……、お分かりにならないところがありましたでしょうか? 竜王陛下」
「あ? ああ、いえっ! ダイジョーブっす!!」
うすっ!! と気合いを入れ直した俺に、オリバーおっさんも、一緒にベンキョー中のガキンチョ連中も、ちっと変な顔になる。
けど、おっさんはすぐに気を取り直したらしく、次に進んだ。
……んで、分かったこと。
ダンタレス大陸にはセンドランドの他に、大小九つの国がある。一番大きいのは、センドランドの東、アーアーマレスっていうおっきな河を挟んでる、ユトリラルスって国だ。
人口も、九つの中でこのユトリラルスが一番多い。
ユトリラルス人っていうのは、特殊な宗教をやっていて、ほとんどがその宗教の信者なんだと。
宗教には、ユトリラルス人自体が名前を付けないので、他の国ではユトリラーン教って呼んでる(ユトリラーンっていうのは、ユトリラルス人の、っていう意味らしい)
で、魔力があって魔法が使えるのは、センドランド人に限ったことじゃあなくって、もちろん、ユトリラルス人も使える。
ただし、ユトリラーン教を信仰しているユトリラルス人のほとんどが使う魔法は、神聖魔法っていう、神様にお願いして使わせてもらう魔法、らしい。
ついでに、ユトリラルス人は、女も魔法が使える。
神聖魔法っていうのもすっげー便利で、妊婦さんのお腹の子供と話が出来ちまうとか。だから、子供が男か女か、いつ生まれたいのか、全部分かっちまうらしい。
なんで、センドランドに居るユトリラルス人の女の人の多くが、産婦人科の医者だって。
——ってーことは、セイルが妊娠したら、やっぱユトリラルス人の産婆さんが、セイルのお腹の様子を診るんだろーな……
ってな想像をしたら、ナイトロードがおせっかいにも、お腹のおっきくなったセイルと、その横に並んで嬉しそうにセイルを見ている俺の姿を、くっきりはっきり魔法で脳内画像シュミレーションしてくれた。
幸せそうに微笑みながら、俺に寄り添ってお腹を摩るセイルって……
俺は、ぼんっ、て音が出るんじゃないかってくらい、一挙に顔が熱くなった。
「ばっ!! バカヤローっ!!」
思わず大声を上げて椅子から立ち上がっちまった俺に、オリバーおっさんとガキンチョ達が呆れ顔になる。
「あっ、いやそのっ……!!」
すっげー、こっ恥ずかしい状況になっちまった。俺は、真っ赤な顔のまま、どーにかこーにか、言い訳を捻り出そうとジタバタする。
「えっと、つまりそのっ、俺はぁ、竜王なんだけどっ、俺の中にもう一人俺が居て、だなっ——」
俺の言い訳に、オリバーおっさんが「ああそうか」という顔で、うんうん、と頷いた。
「魔導師長から伺っておりました。そうでしたな、竜王陛下には、至極特殊な状況下で、こちらにお渡り頂いたのでした」
そう言や、魔導師はお互いにテレパシー会話が出来るって、セイルが言ってたっけか。
オリバーおっさんもセイルと同様に、魔導師長から俺らがこっちに召還された時の状況を、聞いてたワケだ。
焦って損したぜ。
「お、おうっ」と、おっさんの言葉に頷いて、俺が座り直そうとした時。
ドアをノックする音と同時に、ヘイスが入って来た。
「女王陛下がおいでです」
いっ?!
セイルってば、午前中は公務で、執務室に籠りっ切りだって、朝メシ時に言ってたんじゃねーの?
朝メシの時に来ていた真っ白なドレスじゃなくって、執務用なんだろう、細かい模様の入ったベージュの短い上着(ヤンキー着るとこの短ランに似てるぜ)に、下は黒い足首までの無地のスカート、それに黒いパンプスって格好のセイルは、ポニーテイルに結った長い黒髪を揺らしながら、足早に部屋へ入って来た。
なんで?! と、びっくりしちまった俺の隣に、いきなり座った。
俺が座っていたのは、ソファーとかじゃなくって、ちょっと大きめの一人用の椅子だ。だから、セイルは、俺を尻で少し押し退けて、ってか、俺に身体をぴったりくっつけるようにして、無理矢理座ったんだ。
「なっ、なななななっ?!!」
口から心臓が飛び出すかってくらい、俺はチョー焦った。
そりゃそーだっ、気のある女の子が、突然何の前触れもなく、ぴたっ、とくっついて来たんだ。
キンギョかよ、って感じに口をパクつかせている俺に、気付いてるのかいないのか、セイルはオリバーおっさんに訊いた。
「まだ、講義は終わらないのか?」
声は、いつもおんなじ、あんまり抑揚がないんだけど、なんとなく怒ってるってのが、俺には伝わって来た。
——なに、カリッてなってんだ? セイル?
理由が思い当たらない俺に、ナイトロードが失笑している気配がする。なんだよっ?!
「あー、はい。陛下。まだ、始まったばかりですので……」
怒られてるってのは、魔導師のおっさんには分かってるらしい。目が泳いでるし、汗が、さっきにも増してどっと出てる。
なんだか分かんねーけど、オリバーおっさん気の毒だぜ……
「あっ、あのよっ」おっさんに助け舟を出そうと、俺が口を開いた時。
「ハイ・グローバの主であられる竜王陛下は、こちらの事情も先刻ご承知だという。なので、あまり細々した説明など不要だろう。——後は、私が実地でお教えする」
な——っ?!!!!
なんだって言ってんだって、セイルッ?!!!!!!
竜王一輝、女王サマに振り回される、の図?