その3.けけけっ、結婚?(2)
「だが、その話とセイルの結婚と、どう関係があるのだ?」
だよなー。俺も、ナイトロードに一票。
ひーじーさんの代の内輪揉めと、サンクセイの造反(お、難しい言葉がすらっと出たぜ俺っ)の始まりは分かったけどよ。
セイルは、ちょっと困った、という顔をした。けど、すぐに喋り出した。
「実は、私は男だ」
……なんですとーっ!!!
頭の中で絶叫した俺に、ナイトロードが笑う。もちろん、表情には出さないが。
「何となく、そんな気はした」
ええっ?! 知ってたんかい、竜王っ!!
「竜は獲物の気配に鋭い。近くに居るのがどんな獣か、オスかメスか。メスならば子供は連れているか。そういった『気』を読み取れなければ、いっぱしの竜とは言えない」
『狩りの鉄則だ』と、ナイトロードは俺に説明した。
なるほどな。確かに、俺もタイマン張る時は、相手の技量や度胸を、気配を読んで測るもんよ。
「さすがに竜王だ」セイルは、真面目な顔で頷いた。
「元の私は男だが、今は、子供を産むために魔法で一時的に女になっている。――わが国では、魔法を使えるのは男だけなのだ。当然だが、魔力の血統も男子にのみ受け継がれる。私は祖父リンゼルの血統で、魔力が弱い。しかも、私は一人っ子で、このまま王妃を迎えたとしても、またしても魔力の弱い子供しか生まれない。
さすがに、4代も魔力のほとんど無い王が玉座に就くのには、王家派の貴族達も難色を示し始めている。そこで、一時的に私を女にして、しかるべき貴族の中から婿を選び、魔力のある男子を産んで次代の国王にしようと、王家派の魔導師達が考えたのだ」
「……苦肉の策、だな」
ナイトロードが、俺の思考を読んでそのまま口に出した。
「そちらではそういう言い方をするのか」と、セイルはちらりと興味を示した。
「に、しても、どうして私との間に子供をもうけようと考えたのだ? そのことを、魔導師長は知らないようだが?」
そうだ、それだよっ!
「候補は何人か上がったのだ。だが、その……」
言い掛けて、セイルが俯いた。魔法で作ったらしい明かりの中で、はっきり、セイルの耳が赤いのが見える。
「候補の男の誰も、身体を許す気になれないのだ。というか……、決心が、つかない」
「元がオスなら当たり前だな」
……なんかナイトロード、もっと言い方ねーのかよ……
俺にわざと伝えてるんだろーけど、竜の交尾の映像なんか、記憶の中から引っ張り出してはっきり見せるなっ。
確かに、オスは乗っかるほうで、乗っかられるのはぜってーイヤだと思うけどなっ!! セイルが、ゆっくり首を振った。
「分かっているのだ。よくよく話し合って決めたことなのだ。前例はないが、位の繋ぎという名目で女王になり、男子を産んで、その子に魔力があればすぐに王位を譲る、と。
けど……、やはり……、理性ではなく、生理的な問題で、中々、受け入れ難くて」
「それが、どうして私に?」
ナイトロードが聞くと、セイルは顔を上げた。
「竜王陛下は、私より大きい」
――は? 待てこらセイル。何だその理由は?
はっきり言っちまった俺に、同意見だったらしいナイトロードが『確かにな』と返して来る。
「私より背も低く、小柄で非力な男が私を抱くなど、どうしても許せない。」
要するに、女王様は魔法じゃなくって、腕力で自分より劣るヤツなんかをダンナにしたくないらしい。
気に入ったっ!! 上等じゃねーかっ!!
タイマンで負けるよーなヘロヘロ男より、喧嘩上等の俺を選ぶなんざ、目がたけーぜっ!!
一肌脱いでやらあっ、と意気込んだ俺を、ナイトロードが『まあ待て』と諌める。
『一輝は女性経験が無いのだろう? 婚姻は、竜族でもデリケートな問題だ。勢いと気合いだけで子作りは無理だぞ』
……あ、そーだった。
俺は、身体が使えれば絶対顔が真っ赤になっていたに違いねー。
そーだよな。子供作るんだから、あーゆうこととか、こーゆうこととか、しなきゃなんない訳で。
それで、さっきナイトロードは、俺に竜の交尾を見せたのか。
オッケーしたら、自分が(ってか、多分ナイトロードが俺の身体を使って、だろうけど)セイルとHしなきゃなんねーんだってことが、ぜんっぜん分かってなかった。
……超絶バカだ、俺。
恥ずかしくてジタバタしている俺をほったらかして、ナイトロードはセイルと話の続きをする。
「美女の誘いを断るのは、男としてはどうかとも思うが。ただ、一つだけ私とセイルの婚姻に難点がある」
「それは?」セイルが、二重の綺麗な目を見開いてこっちを見る。
うーん。ナイトロードの言う通り、こうして見ると、セイルってほんとに美人だ。元が男だなんて、ちょっと考えられねー。
余計なコトを考えていたら、ナイトロードが《難点》の説明を始めてた。
「私と一輝は、生来の二形ではない、ということだ。本来、こちらへ召還されるハイ・グローバの者は、二形、すなわち人間と魔法生命という、二つの姿を生まれながらに有している。が、私はただの竜に過ぎない。いや、過ぎなかった。それが、魔法の書き間違いという稀な事象によって、混ざり合って召還された。この場合、私がセイルと婚姻を結んだとして、果たしてセイルが望む《発動可能な魔力を有した後継者》が誕生するかどうかは、未知数だ」
「……それは、じいとも心話で話した」
セイルが、アーモンドみたいなきれいな目を伏せた。
『心話って、なんだ?』
訊いた俺に、ナイトロードは『一輝達の世界で言うところの、テレパシーだ』と教えてくれた。
へ? じゃあ、魔導師って、エスパーのことなんか?
『微妙に違う』とナイトロードが返して来た。
「……私は、魔力は低いのだが、魔導師との心話だけは出来るんだ」と、セイル。
「あなたがサンクセイの召還獣の魔女と戦っていた時、状況をじいに心話で伝えて貰っていた。その様子から、じいに、あなたとの間に子供を作りたいと言った。だが、じいは、あなたと同じ理由で私に諦めるよう、言って来た」
「それでも、私に求婚した理由は?」
おいおい、ナイトロードっ。女の子に(今だけ女の子だけどよ)そんな直裁な質問すんなよ。
つーか、さっきからセイルの話に出で来る《じい》って、誰?
《じい》って言ったら、○れん○将軍なんかの時代劇じゃ、お守役だよなぁ。
『多分、魔導師長だと思うぞ』とナイトロード。
ふおっ? あのおっさん、セイルのお守役だったんか?
妙なところに感心している俺を、ナイトロードは無視した。ちくしょー。 俺がむすっとしている間に、セイルがきっ、と、顔を上げた。
「先程も言った。他の男の子供は産みたくない。あなたの……、あなたの子供が欲しいのだ」