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 店の入り口には立派な二頭のオスメスライオンの剥製が置かれてあった。構えからして見るからに高くつきそうな店である。案の定、照明をおとした薄暗く広いフロアにはいかにも金持ちそうな奥様が若い二~三人ずつのホストを相手に談笑をしている。

 この種の大概の店では、ホストが指名をもらうとその客と応対している時間は時間給が二倍から数倍に跳ね上がるなどの歩合制を採っている。同伴で店内に入るということは、当然ホストが指名をもらったことになっていて、ルックスに自信のあるホストであれば、店の外から金のありそうな客を釣り上げてくるのが収入を増やす一番の近道である。

 ところが、その日青年は自分が指名を受けたことにせず、華絵が他のホストを指名してきたことにした。

「紹介しよう。店では僕の弟分のピロミクンだ。綺麗な顔をしてるだろう」

 確かに整った顔立ちをしているが、華絵には今ひとつ華やかさに欠けるように思えた。

「年はおいくつ?」

「二十五歳です」

 ピロミクンとやらは、笑顔で応えた。顔は間違いなく笑顔になってはいるが、表情そのものに嬉しそうな感じが全くうかがわれない。しかも口ベタで、華絵は彼がどう考えてもホストに向いているとは思えなかった。

「こいつ無表情な男だけど、意外とかわいいところあるんだよね」すでに青年は華絵に対してタメグチになっている。

「へえ。どんなところ?」

「こいつには夢があるんだよ。なあ、ピロミ。このお方へお前の夢を聞かせてあげてごらん」

 そう言って青年は席をたち、ごめん、と一言。ボックス席は華絵とピロミクンの二人になった。

「ねえ。あなたの夢って……」

ピロミクンは頷くとやっと自分から話し出した。

「僕は映画俳優になりたいんです。だから話し方や表情の作り方を学んでおこうと思ってここへ来たんです。あとですね、僕は占いの勉強もしてます」

「へえ? 大きな夢ね。がんばってね」

「はい……」

 話がちっとも続かない。ときどき夢を頭に描いているのか、ぼうっと天井の方を見ながらますます無口になっていく。華絵は一生懸命話題を彼に合わせてあげるが、受け答えする彼の方にまるっきり覇気が感じられない。こうなると、どっちが客なのかわからない。

「ねえ、お店の入り口にあった立派なライオン。あれ、本物の剥製でしょ?」

「そうです。以前お店にきてくれていたお客さんがプレゼントだってくれたそうです」


――まあ。すごい。あれ、きっと何百万もするわよ。ううん。今どきは保護されて密猟に違いないから、ン千万かもね。


「まるで、生きていて今にも動き出しそうね」

「ええ……」また、会話が途切れる。

 華絵は呆れたが、顔に出さず努めて笑顔をつくった。人間らしさを取り戻そうとして出掛けてきたのに、これでは何のための行動かわからない。少しのワインをたしなみ、オードブルを軽くつまんで小一時間ほどして、華絵は店を出ることにした。

 料金は予想していた通りかなりのものだった。たった小一時間で、ほとんど飲み食いもせず、お代は八万円だった。これでは、普通の女性はおろか、結構な金持ちでもそうそう来ることはできない。華絵はカードで支払いを済ませ店を出た。

 歩き出してふと気配を感じ振り向くと、そこにはピロミクンがいた。

「あなた、お店は?」

「店長が、今日はお店はいいからあなたに付いていけって」

「まあ……」

 そのとき華絵は、無表情に棒立ちになっているピロミクンに対して不思議な魅力を感じた。

 笑顔をなくしていた自分と、無表情の彼。しかし彼は夢を持っている。華絵はこのピロミという青年の夢を叶えるために自分ができることを何かしてあげよう、と思った。


――そう。それが、私の夢にもなるかもしれないわ。


 華絵はピロミクンの腕に自分の腕を絡め、彼の体に身を預けながら歩き出した。彼の手のひらは予想に反して温かかった。

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