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平日夜の新宿の繁華街は、サラリーマンやOL,学生やらでいつものとおりごったがえしていた。華絵は会社では役員秘書として仕事を無難にこなしていたが、一般社員の出入りや会話がほとんどない静寂な役員フロア内で、ビジネスに係る言葉以外ほとんど話すこともないため、彼女にとって人間的な感覚が仕事によって得られることはまったく無いに等しかった。
そんな中で、たとえ知らない人間であっても仕事後に精神的に開放されたサラリーマンやOL、自由気ままな学生たちの振るまいを目にし会話を耳にして、華絵は自分はまだ人間の世界に生きていることを自覚し、ほっとした。
華絵は、特段行くあてもなく人の多いところへとファストフード店へ入っていった。順番を待ってフィッシュバーガーと飲み物を取り席に着こうとしたとき彼女は知らない男性に話しかけられた。
「あの。 間違えててりやきバーガーを注文してしまって……。私、甘いの苦手なんで買い換えるんですが、もしよかったらこれ、もらっていただけませんか?」
華絵が男の方へ目をやると、長身のハーフっぽいイケメン風な青年が紙に包まれたバーガーを彼女の方に差し出していた。華絵は二つも食べる気はなかったが、人間の温かいこころに触れて急に元気になり、笑顔になった。
「ええ? いいんですか? いただいちゃおうかな。ありがとう」
その後その青年は別なセットメニューを購入して再び華絵の所へ来て、彼女へ話しかけてきた。どうも、一人で来ていたとみえて、「お一人ですか?」と言い、華絵が頷くと彼女の向かいの席に座った。
彼は若い割に饒舌で、かなり女性を扱い慣れているようだった。それもそのはず、この界隈にある、クラブのホストをしていると言う。やや高級感のあるそのホストクラブの客層は、ちゃらちゃらっとした若い女性でなく、落ち着いた金持ちの主婦が多いと言う。華絵は決して『落ち着いた』という感じではなかったが、一応金持ちの主婦の仲間入りをしていた訳で、どうも華絵の持っている高級ハンドバッグや両手の指二本ずつにはめられた指輪が、ホストであるその青年の目にとまったらしい。彼は実際に話の中にハンドバックと指輪を話題に出して、華絵を誉めちぎった。注文を間違えたというのは、どうやら最初から計算されていたものに違いなかった。
青年は、兎にも角にも人恋しくて仕方がなかった華絵に巧みに話を合わせ、すっかり気分の良くなった彼女を自分の勤めるホストクラブへ連れ込んだ。




