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 執事長が合図をすると、他の執事の一人が『しゃんぷー』と書かれたケースを持ってきた。どうもたった今、紙にマジックで書いてケースに貼り付けたような感じだ。

 執事はケースから注射器を取り出した。その注射器にも慌てて書きなぐったような『しゃんぷー』と書かれた付箋が付けてあった。執事は主人の背後へ回り、後ろから首筋に注射針を立てているようだった。その瞬間主人は目を閉じて首をくたっとうなだれた。

「ちょっと。何してるんですか!?」

「瞬間麻酔薬です。命に別状はない。体に負担が掛からないように弱くしているので、二~三分しかもたない。さあでは、話の続きをしますから」


――要らないよ。この家の話なんて。興味ないもん。


 執事は話を再開した。

 主人の夫婦には子供がないので、十年前に等身大のロボット人形を特注で造らせたという。その人形はかなり精巧にできていて、平地ならば歩けるし、簡単な動きもする。自動的に最も近くにいる人間の目を検出して、そちらに視線を向けることができる。皮膚や顔などは、一見するとロボット人形には見えないほど造りに手間が掛けられたものだという。言葉に反応して会話は出来ないが、『こんにちは・いただきます・おやすみなさい』などの簡単な挨拶や『はい・いいえ』はリモコンスイッチで操作できるという。

 ところが、五年前、妻が亡くなったときに、主人の気が狂って、ロボット人形を本当の自分の息子だと思うようになってしまった、という。しかし、そのロボット人形は表情がうまくできない。喜んだ顔もみせない。子供らしさもなく、それ以前に人間らしくもない。このため、二年ほど前から主人は感情を顔に表さない無表情なロボット人形にときどき腹を立てるようになり、人形をステッキで激しく叩いたりするようになった、という。

 華絵はちょっと混乱した。そのロボット人形、自分のなかで、ピロミクンとイメージがついつい重なってしまう。しかし、ピロミクンは人間だ。執事長の話はさらに続いた。


「あまりに主人が激しく叩くためか、弘道と名付けられたそのロボット人形は回路が少し狂ってきて、昼夜を問わずときどきリモコンが指示することなしに家の外へ歩いて行ってしまうようになってしまいました。ロボット人形は家を記憶していて、時間が経過し過ぎると自動的に家に戻ってくる回路が働いていて、長くても丸一日家から離れているといつも戻ってきます。ですから、敢えて捜し回ることはしていませんでした。ところが、今回は丸三日近く戻ってこなかったので、てっきりどこかで壊れているのだと思っていました」


 華絵は、背中がぞくっとするのを感じた。そして、ピロミクンの寝ている方へ向き直った。ピロミクンは掛けられていた毛布を床へ落としてその場に立っていた。その顔はピロミクンの顔に似ているが、明らかに人形だ。人間でないことだけははっきりとわかる。


――ピロミクンじゃない。すり代わってる。ピロミクンどこへ行った?


 華絵は玄関を開けて周りを伺った。暗闇にピロミクンの姿は見えない。近くにはいなさそうだ。華絵は、外に待たせていたタクシーにはっと気がついた。


――あっ、タクシーのこと忘れてた。


華絵は車に近寄り、運転手に窓越しに聞いてみた。

「ねえ。さっき運んでもらった青年、出て行かなかったですか?」

 すると運転手から意外な言葉が返ってきた。

「はあ? 青年? ああ、あの人形ですか? さっき家の中にそこのおやじさんが入れてたじゃないですか……」


――!!


 華絵は唖然として声も出なかった。


――うそだ! 絶対ロボット人形なんかじゃない。私とたくさん会話した。スタジオでも頑張ってた。夢も語っていた。映画にもエキストラで出たって喜んでた。うそだ! うそだ! 有り得ない! ピロミクン。人形でないあなたは今どこにいるの!?


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