パラクレーシスの囀り
初めて見たのは中学二年生の時。
いや、今までも見えていたけど気がつかなかっただけかも知れない。
ただ、見えたからと言って何が出来る訳でもない。
本当に見ている事しか出来ないのだから―――。
朝、登校にはまだ早い時間。空気に少し冷たさが残る四月。挨拶当番の為に早く来た学校の校門前。すでに来ている何人かが集まって何かを覗きこんでいた。
『あげます』
味気なくパソコンで大きく打たれた文字がセロハンテープでベッタリと貼られ、ダンボール箱が一つ置いてある。
覗くと中には鳥カゴに入った青いセキセイインコが一本しかない止まりの上、寒そうに静かに羽を膨らませ、薄めた目でこちらを見ていた。
当番の皆で顔を寄せ、とりあえず先生を呼ぼうとなった。
丁度、職員室に入ってきた担任の先生に伝えると、早速見に来てくれた。
「困ったなぁ」
呟きながらも先生は寒そうなセキセイインコにポケットから取り出したカイロを持って来た毛布で包んで、鳥カゴの上にかけてあげる。
「一応警察に電話しておくから、皆教室へ戻ってて」
警察に連れて行かれちゃうのか………
少し残念に思いながら教室へ向かう。
しばらくして、今朝の出来事を友人に話していると、担任の先生がダンボールを抱えて教室に入って来た。毛布がこんもりと見える。
「先生ー。それなにー?」
めざとく見つけた1人が尋ねる。
「今朝、学校前に捨てられてたんだ、しばらく預かることになったから、このクラスでお世話したいんだけど、鳥ダメな人いたら後で言いに来て」
ダンボールから出され、毛布を取り払われたカゴの中、青いセキセイインコは一本しか無い止まり木から怯えた目でこちらをじっと見ていた。
先生の言葉にクラスはざわつく。
「えー」
「捨てられてたの?」
「ひどー」
皆、口々に喋り騒ぎだすが、莉奈はセキセイインコから………いや鳥カゴから目が離せなくなった。
青い色のセキセイインコだけだと思ってた。
目を擦りよく見る。
青いインコの横に、全身黄色―――レモン色のインコがちょこんと止まっていた。
先生が鳥カゴをそっと持ち上げ、後ろのロッカーに置きに来る。
莉奈の横を通る時。
あれ?
やっぱり一羽………?
見間違えたかなと思った。
誰も異を唱える者も無く、インコはしばらくクラスで預かる事になった。
預かっている間、呼び名をと言う事で『そら』と名付けられた。
そらちゃんのお世話は日直の仕事になった。
水と餌と下の紙換え。特にする事は無い。
たまに誰かが小松菜などあげていて、とても嬉しそうに齧っているのを見かける。
そこにレモン色の子が時折現れる。
見つめていると何か言いたげに黒い瞳がこちらを見る。
時折、鳥カゴに現れるレモン色の子。誰も気づかないようだ。名前は青い子、そらちゃんの分だけ。
今まで霊感なんて無かった。怖がりでオカルトものは苦手だ。見えた事など今まで一度もない。ないハズ。友達に言うにも、きっと信じてくれないだろう事は予想がつく。痛い人扱いだろう。中二病と言われても仕方ない。
ただ、レモン色の子はどう言う訳か莉奈には見える。
怖い感じでは無い。たまに一生懸命青い子に何か話しかけてるが、レモン色の子の声は聞こえない………
ネットで検索するも本当かどうかわからない情報だらけだ。
予想するならば、偶々波長が合う存在があるくらい。
誰にも言え無いまま、しばらく時間だけが過ぎる。
ある日、忘れ物を取りに放課後の教室に訪れた時。
ガラッと開けたドアの先、一人のクラスメイトがそらちゃんに小松菜をあげていた。
肩までのゆるやかなクセ毛がフワッと揺れ、びっくりして見開いた瞳がこちらを見、次には長いまつ毛がそっと伏せられふっと息を吐く音がする。
「ごめ〜んびっくりさせたね。そらちゃん、菜っ葉、良かったねー」
微笑みを貼り付けたぎこちない笑顔で彼女とそらちゃんになんとなく声をかけ、机に置き去りにされていた水筒を掴みカバンに放り込む。
『………チャ………ル………』
えっ?
「そらちゃん、喋った?」
莉奈はハッと振り返り、カゴを見る。
二羽がいた。
そらちゃんは今まであまり鳴かなくて、とても静かなインコだった。
「今、何か言ったね」
「うん、この間から少しずつ喋ってるみたい」
「もっと喋ってくれるかな?」
『………ズ………チャ………キ』
何か言っている。
二人顔を見合わす。
「楽しみだね!」
「うん」
彼女は少し寂しそうな笑顔で頷く。
少し気にはなったが、下駄箱で待たせてる友人が気になり、『またね』と教室を後にする。
そらちゃんの隣り、レモン色の子が一生懸命語りかけているように見える。相変わらずレモン色の子の声は聞こえない。
教室を出る時、彼女とレモン色の子は、まだそらちゃんの隣りにいた。
それから数日、掃除の時間。
雑巾でロッカーの上を拭いていると、そらちゃんが喋るのがはっきり聞こえた。
『ユズチャン』
名前?レモン色の子から教えられたのかな?
皆が振り向く。
これは皆にも聞こえたようだ。
「そらちゃん喋った?」
「ユズちゃんって」
「うん。でもユズちゃんって誰だろう?」
確かにクラスにユズのつく名前は居ない。
「捨てた人かな」
「かわいそう」
「そんな人の名前忘れた方がいいよ」
口々に騒ぎ出すクラスメイト達。
そんな中、一人固まっている彼女が目についた。
いつもこまめにお世話している彼女………
小松菜などの差し入れや、そらちゃんにイタズラしようとした男子をノートでしばいていたのは記憶に新しい。
放課後の寂しそうな笑顔が気にもなっていた。
そして、先程一瞬見せたすごく辛そうな表情が気になった。
―――どうしたんだろう?
『………スキ?』
そらちゃんは喋る。
じっと見つめる彼女の目に涙が浮かんでいる。
「みんなー!遊んでないで掃除!」
気になり、声を掛けようか悩んだところで担任の声が降ってくる。
「えーだってそらちゃん喋ったから」
「だからって手は動かす!ほら掃除!」
担任の声にブーブー言いながらも掃除をし出す。
彼女も何もなかったようにホウキでゴミを掃き出す。
鳥カゴに目を移すとレモン色の子がいた。
その黒い瞳はじっと彼女に注がれているようだった―――
「ちょっと教えてほしい事があるんだけど………」
HR後、帰ろうとしている彼女に思い切って声をかけてみる。
「どうしたの?」
同じクラスだけど、よくお喋りする程の仲では無い。水筒を取りに入った放課後の教室で話したのも偶々だった莉奈と彼女。
少し緊張した面持ちで彼女は答える。
「あのね、そらちゃんよくお世話しているからセキセイインコに詳しいのかなと思って」
ちょいちょいと指で彼女を後ろのロッカーの上にいるそらちゃんの前に誘う。
そらちゃんを見て彼女の表情が少し和らぐ。
「詳しいかはわからないけど、飼い方くらいなら」
そらちゃんは首を傾げて彼女を見つめる。
クラスの皆は、われ先にと部活や帰宅の為に廊下に飛び出していき、莉奈と彼女の部活の友達には用事があるからと先に行ってもらった。教室には二人だけになる。
「あのね、インコってお喋りみんなするの?」
緊張して乾く唇を少し気にしながら口を開く。
「みんなじゃないと思うよ。うちの子は良く………」
急に黙り込み、そらちゃんを見つめる目に涙が浮かぶ。
ふと、鳥カゴの中にレモン色の子が現れた。
つぶらな黒い瞳で彼女を見ている。
「あのね………」
レモン色の子がそらちゃんの耳元に囁くような仕草で何か呟いている。
そらちゃんは首を傾げ呟く。
『………ユズチャン、ルカチャン、ダイスキ!』
そらちゃんの声に彼女は目を見張り、耐えきれず瞼の端から涙が溢れ落ちた。
「ユズちゃん………」
ポロポロと涙を落とす彼女にレモン色の子が、音も無く飛び立ちカゴを突き抜けると、彼女の左肩に止まってそっと耳元に嘴を寄せた。
きっとそうだ―――
「ね、聞いていい?」
少し遠慮がちに呟く。
「ナニ?」
涙で濡れて少し震えた声が答える。
「あのね、黒い目のレモン色のヒヨコみたいなセキセイインコ、知ってる?」
「どうして………」
彼女は溢れ出す涙を指先で静かに拭う。
「信じてくれるかな………その子がね、そらちゃんにずっと言葉を教えていたの。今、肩に止まって、耳元で何か呟いている」
莉奈の言葉にどちらとも言ってないのにそっと左肩に触れる彼女。レモン色の子はその手に頭を寄せる。
『ルカチャン、ダイスキ』
そらちゃんが喋る。
「ユズちゃん」
レモン色の子―――ユズちゃんが彼女の指に乗り、音も無く翼を広げ羽ばたく。彼女の髪を一筋も動かさず、ふわっと飛び立つと、周りを一周して窓の方へ向かい、すぅとそのまま吸い込まれるように空へと飛び去っていった。
「ユズちゃんが………いた?」
パチリと瞬きをして、莉奈を見つめる。
涙が長いまつ毛を濡らし、溢れて頬を伝い落ちる。
「えっえーと、うん。そらちゃんの鳥カゴに一緒に………」
今、飛んで行ったとは少し言いにくい。しかし、莉奈の視線は窓の外へ彷徨う。口籠る莉奈に彼女は寂しそうに笑う。まだ涙の跡が残る頬に心が痛い。
「ユズちゃん、いたんだ」
「うん………信じてくれるの?」
「………うん。黒目のルチノーなんてあまりいないから。普通、ルチノーは全身黄色の赤目なの」
ルチノー、インコの種類なのだろう。莉奈は信じてもらえた事に少し安堵する。
莉奈の視線に飛んでいってしまったのがわかったのか、彼女も窓の外、青く晴れた空を見上げる。
「そうなんだ………」
黒い目が印象的だったユズちゃんを思い出す。
「ユズちゃんね、病気だったんだ。始業式終わって家に帰ったら………」
また思い出したのか彼女はポロポロと泣き出してしまう。
「無理に話さなくてもいいよ」
「ううん、大丈夫。ありがとう。家に帰るとね、泣いてばかりだったから………元気出せって来てくれたんだよね」
「………うん」
そうだといいな。多分そうなんだろう。
ユズちゃんは彼女を励ましたくて、そらちゃんに手伝ってもらったんだろう。
彼女は思い出したようにポケットからハンカチを出し、泣いて赤くなった目元を拭い、少し笑う。
「ね………そらちゃん、飼い主現れなかったら、私が連れて帰ってもいいかな」
「瑠花ちゃんなら大切に飼ってくれそうだし、私はいいと思うな」
二人で顔を見合わせどちらからともなく笑う。
それからしばらくして―――そらちゃんは瑠花ちゃんの家にお迎えされた。
莉奈は時々、瑠花ちゃんの家に遊びに行く。
『ムカシムカシ、ユズチャン、アルトコロニ………ルカチャン、ダイスキ、ソラチャンモ!』
無口だったそらちゃんは、お喋りが大好きなインコになっていた。




