悪役令嬢だった兄嫁が、病弱な兄と辺境で幸せになると思ったら、息子が次期国王に!? 家族で田舎暮らしを守るため、私は奮闘します!
目が覚めたら私は乙女ゲームの世界にいた。それも、よりによってヒロインをいじめる悪役令嬢の取り巻きの一人、エルシー・フィルーヌに。
しかも、すでに悪役令嬢が追放される直前という物語のクライマックス。
「よりによって、こんなタイミングで転生なんて」
知っているゲームのストーリーでは、悪役令嬢のケレナは追放後。病弱な養子である、フレデリック兄様の元へ嫁がされることになっていた。
兄様はすぐに亡くなり、ケレナは別の男性と結ばれる。でもまさか、その病弱な兄の妹として現場に立ち会うなんて。
断罪済みが馬車に揺られること数日。着いたのは、埃っぽい道と畑ばかりの想像を絶する田舎。
ぼろぼろの木造の屋敷。兄様はもともと体が弱く、屋敷で療養していたけれどまさかお嫁さんが来るとは思いもしなかった。
屋敷の扉を開けて入ってきたのは、豪華なドレスをまとった、いかにも都会のお嬢様といった雰囲気の女性。
彼女こそ今日から兄嫁になるケレナ。ゲームの中では意地悪で高慢な印象しかなかったけれど、目の前で見るとただただ憔悴しているように見えた。
兄様はいつもと変わらない穏やかな笑顔で、ケレナを迎える。
「ケレナ様、ようこそ。わざわざお越しいただきありがとうございます」
顔色は悪いけれどどこか澄んだ瞳の兄様。ゲームではほとんど語られない存在だったが、いつも優しく見守ってくれる自慢の兄。
そんな兄様の元へあの悪役令嬢が嫁に来るなんて。正直、複雑な気持ち。
翌日から始まったケレナ様の生活は、驚きの連続だった。豪華なドレスはすぐに作業着に変わり、手のひらはあっという間にマメだらけ。
水汲み、薪割り、畑仕事。見慣れない貴族のお嬢様が泥だらけになって働く姿は、村の人たちにとっても珍しかっただろう。最初は半信半疑だった。
「どうせすぐに音を上げるだろう」
「都会に帰りたがるだろう」
文句ひとつ言わず、黙々と仕事に取り組んでいった。
一度、畑で大きな石を運ぼうとしてケレナがふらつく。駆け寄ろうとするより早く、兄様が彼女の手を取り、石を運び終えていた。
兄様の顔にはいつもの穏やかな笑顔。ケレナ様は少し恥ずかしそうに微笑んで、兄様に頭を下げていた。
兄様は、何も言わずにケレナ様を見守る。彼女が失敗すればそっと手伝い、困っていれば優しく助言する。
兄様の優しさに触れるたび、ケレナ様の表情は少しずつ柔らかくなっていったように思う。
ある日には兄様が熱を出して倒れてしまった。必死に看病してもなかなか熱が下がらない時、ケレナ様が夜通し看病してくれて。
不慣れなはずなのに一晩中兄様のそばに寄り添い、額の汗を拭い続けていたのだ。
優しさを見た時、心にあったわだかまりがすっと消えていく。
兄様が熱を下げて目を覚ました時、ケレナ様は真剣な顔で何かを話しながら兄様の手を握っていた。兄様は驚いたように目を見開き、ゆっくりと微笑んだ。
今まで見たことのないくらい、幸せそうだった。それからの生活は本当に穏やかなものに。ケレナ様はもう他者視点の、高慢な悪役令嬢ではなかった。
兄様の妻としてこの土地で、一緒に生きていくことを選んでくれたのだ。
たまに、都会の話をしてくれるケレナ様の顔は少し寂しそうに見えることもある。
でも、星が輝く夜空の下、隣で静かに本を読む兄様の横顔を見ているとケレナ様がこの場所に来てくれて本当によかったと、心から思う。
兄嫁は、悪役令嬢だったらしい。でも、今は自慢の兄嫁だ。
あれから数年以上の月日が流れ、悪役令嬢だったお義姉さんのケレナ様と兄のフレデリックは、田舎で穏やかに暮らしている。
二人の間にはかわいい甥のクノンが生まれた。賢く、このまま平穏に育っていくと誰もが信じて疑わなかった。
数年前、都から届いたのは病に倒れた国王の後を継ぐ次期国王候補の一人に、クノンが選ばれたという知らせ。
ケレナ様は青ざめていた。令嬢として都の貴族社会でつらい思いをした彼女にとって、愛する息子が同じような世界に引きずり込まれるのは耐え難いことだっただろう。
クノンは都へと旅立った。そこでの生活は彼にとって、想像を絶するストレスだったようだ。
王子の教育は過酷を極め、常に周りから注目され自由な時間は一切ない。幼いながらも重い責任を背負わされ、期待に応えようと必死に努力した結果。徐々に心を病んでいった。
数か月前、クノンが一時的に帰省した時のこと。痩せこけ、目の下には濃いクマができていた。昔はいつも楽しそうに話してくれた本の話も難しい政治の話も、もう彼の口から出ることはない。
ただ、虚ろな目で遠くを見つめ、時折、怯えたように周りをうかがう。
ケレナ様はそんなクノンの姿を見て、一人でひそかに涙を流していた。
フレデリック兄様も何も言わずにただ、静かにクノンの手を握るだけ。
私も胸が締め付けられる思いだった。あんなに聡明で元気だったクノンがこんなにも変わってしまったなんて。
ケレナ様と二人きりになった。悪役令嬢の面影など少しもなく、息子を心配する母親の顔をしている。
「あの子があんなに追い詰められていたなんて。私がもっと早く気づいてあげられれば」
ケレナ様は、自分を責めていた。かける言葉が見つからない。
都の王宮という場所はかつて、ケレナ様を苦しめた場所。その場所に今度はクノンが苦しめられている。
歴史は繰り返すのかと、絶望的な気持ちになった。
翌日、ケレナ様はフレデリック兄様と話し合い、ある決断を下す。
「クノンを、連れ戻しましょう。たとえ王位を辞退することになっても、子の心を守ることの方が大切です」
フレデリック兄様も静かにうなずいたし心の中で、決断を支持した。
都との交渉は一筋縄ではいかないだろう、と。
王族としての責任や期待、政治的な思惑が絡み合い、簡単には手放してくれない。
慌ただしい日々の中、自身にも占める別の想いがあった。村の青年、レンへの淡い恋心。彼はいつも穏やかで困っているとすぐに気づいて手伝ってくれる。
クノンのことで落ち込む私をさりげなく気遣ってくれるのも、彼だった。レンはクノンが都に旅立ってから、より頻繁に家に顔を出すようになった。
ケレナ様やフレデリック兄様が都との交渉で忙しい間、畑の手伝いや家の修理など、何かと世話を焼いてくれる。誠実な人柄にどんどん惹かれていった。
夕暮れ時、クノンの部屋から聞こえるか細い声に心を痛めていた。レンがこちらへそっと、寄り添ってくれる。
「大丈夫だよ、エルシー。クノン様は、きっと良くなるさ」
肩に置かれた大きな手に思わず涙があふれた。レンは何も言わずに背中を優しくさする。
家族は一丸となって、甥をこの田舎に呼び戻した。医者の診断書をたくさん用意して。
みるみるうちに回復していくクノンの様子に、あの時の判断は間違っていなかったと皆が安堵。
家族全員で、クノンを苦しめた人たちを糾弾した。怖気づいて、周りは慌てふためいている。
追い詰めていくと、田舎であるが兄嫁の高すぎる地位を使ってこちらからちくちくと攻撃を仕掛けていく。二度と、関与してこないように。
そうすると、王子候補を追い詰めた王家と民から誹りを受け出す。
家族達はそれみたことかと、笑い合った。
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