癌細胞の増殖
「ウチの学校の若い女の数学教師は聞いたら何でも答えてくれた」
ウチが高校3年になった時に担任が若い女教師になったんよ。
特別やり取りをするでもないまま時間が経って秋ぐらいかな?
進路を決めるための三者面談をする機会があってね。
ウチは大学進学のために受験勉強が必要な時期。
その面談で
「分からない問題とか解説して欲しい問題があったら遠慮なく持ってきてね。サポートするから。」
って言ってくれたのをウチは素直に受け止めてね。
アホなウチは純粋に数学の分からない問題を聞きに行ってたんだけど、
図形問題だろうが、文章題だろうが、入試問題だろうが、その先生は解説しつつ即答するんよね。
たぶん初見のはずの問題なんやけど…
それからちょっとずつ会話が増えて、
色々としょうもない質問にも何故か全部答えてくれて…
昨日の夜ご飯とか、彼氏これまで何人いたのとか、初めての彼氏はいつとか。
普通の先生って言えば答えをはぐらかして注意してくるものじゃん?
でもその先生は全部真摯に受けとめて答えてくれるんよ。
「質問や問いに1度でも答えなかったら、教師としてというか人としての私の力や魅力が失われちゃう気がするの」
意地悪な質問、例えば今日のパンツの色を聞いたりしたけど、
さらっと「青よ」って答えてくれるから、
聞いたこっちが逆に恥ずかしくなったりね。
一度ネットで調べた数学の未解決問題を尋ねてみたことあったけど、
ばーーーっ!て話し始めてね。
いやいや、、、
ウチには合ってるかの検証できないから。
途中で止めても聞いてくれない。
でも最後まで言わないとダメなんだって。
10分くらい話し続けてたし。
…きっとほんとに解決しちゃってんだろうね。
「賞金付きのヤツ(未解決問題)を解いて一生遊んで暮らせばいいじゃん?」
って言ってみても、先生は
「高校で数学教師になるのが夢だったからもう夢は叶ってるのよ」
なーんて言うし。
「それにね、担当教科の数学の質問に対しては解答を伝えながら理解できているけど、
基本的に質問に対する答えは降ってくるだけだから…」
先生は幼少から数学に囲まれた生活をし続ける事で、
自ら思考することなく真理を提示できる能力を得たんだって。
「インドの数学のラマヌジャンっているでしょ?
私はその人の上位互換。
バージョンアップしたのが私よ」
へ、、へー。ラマヌ・・・じゃん?
でも、、、先生は何か違う気がする。
今日私が履いてるパンツの色とか、食べた朝ご飯も当ててくるんだよ?
明日の天気とか、夕方に半額シールが張られる弁当の種類と数とかも100%当ててるから、
もう超能力とか予知能力じゃん?
占い師とかになったら超人気が出るんだろうけど…、
あ!
でもそーしたらウチとなんか接点無くなるしな~。
先生ってこんな偏差値が50いかない高校で教師やってて良いのかな?
年明け頃からは毎日休み時間とか昼休み、
放課後に先生んとこに行ってて下らないことを沢山話したなぁ。
先生も「忙しんだけど」って言いながら一緒に笑って話してたから
楽しんでくれてたんだと思う。
「未解決問題を含めた数学の証明は使える場面が局所的過ぎるのよ。
その割には長年の謎が解き明かされたと担ぎ上げられるのが恥ずかしすぎるわ」
物理法則程は狭い訳では無いんだけど、数学の証明って宇宙全体からすると局地的過ぎるんだって。
「田舎の小学生の内輪で考えた謎ルール【ダンス鬼ごっこ】を声高に全国区に広めようとするような恥ずかしさかな…伝わる?」
とか先生言ってたね。
規模と功績が違うから良く分かんなかったけど。
この宇宙はとある生物の細胞分裂によって発生したんだって。
でも本当は5億年程で成長が止まって消えるはずだったんだけど、
ずっと大きくなりながら分裂を繰り返してるガン細胞的なものの一つで、
ウチらが生き物として存在を許されてるのはこの宇宙が異常だったからみたい。
しかもいずれこの宇宙の拡大に栄養をくれてる宿主となる生物を殺しちゃうんだってさ。
私達人間が絶滅してからそれこそ途方もないうーーーんと後の時間の話みたい。
その超々々々巨大生物ヤバくない!?
って言ったら
「ううん。その生物は人間の子供よりも小さい生物なのよ。」
何だか意味フなんだけど、時間の大きさは物理的な大きさにも結び付いてて
淡くなる…だとか何とか…
…綿あめの話かな?
でもまぁ別に生き物が1体が死んじゃうだけだし、
生き物がそれぞれ寿命が違うことなんて当たり前。
ウチらも知ってる訳じゃん。
死は100%訪れるってのはいつの時代でもどこにでもある話。
…その先生?
ウチが大学入学してたった2カ月くらい、
6月に地元の友人から連絡あってね、
浴室で自殺したんだって。
それが自死にせよ、
他殺にせよ、
先生のことだから自分の生と死に関しては分かってた…
というか自身で受け入れた結末だと思う。
生徒はいたずらに生きるって書くけど、
先を生きる先生はどうだったんだろう?
どちらにも生の字が入っているのは皮肉よね。
先って前という言葉と同じで手前、奥。過去、未来の両方…ともとれるよね。
でもそういう流れや立ち位置に逆らわず運命だと受け入れて誰にも言わず死んだことも
ウチがあの先生のいっちばん好きだったとこだったんだよね。
先生もこの地球ではイレギュラーな個体だったということかな。
自殺なり他殺なり事故死なり、
いずれにせよ死を受け入れたことは
きっと人類では届かない海よりも深い理由がきっとあったはずよ。
え?
ウチは今何してるって?
ウチも今は教育者の道を志してるよ。
馬鹿なりに試行錯誤しながら毎日たくさんの子供達に教えてるの。
ウチは先生のようになれないけど、
先生のような天才を生み出すノウハウは先生自身から聞いてるからね。
世の中の真理を、そして先生が何で死んじゃったかを知るために
先生のような天才達を培養してるんだー。
この世界の寿命を早めることは分かってるんだけど、
ウチはそれでも先生というものを取り戻したいんよね。