5話:それ、助けたんじゃなくて転んだだけです
今回は街での朝からスタート。
夢オチなんてこともなく、結局また誤解が加速していきます。
少しずつ新キャラも登場し、物語が動き出す一話です。
天を裂くように光の柱が立ち上った。
その残光がまだ消えぬうちに、冷えた空気の中、五つの影が、静かに集った。
「──来たな。予言、ってやつの通りにさ」
皮肉めいた声が、静寂を割った。肩をすくめ、わざとらしく鼻を鳴らす。
「派手にやってくれるじゃねえか。ま、どう転ぶか見ものだな」
ふざけた調子で呟く者がいれば、無感情に事実だけを告げる声もあった。
「──災厄の可能性、排除できない」
「いずれにせよ、見極める必要があるわ」
柔らかな声が、毒を含むように微笑んだ。指先でグラスを回しながら。
その声色には、どこか甘やかな響きがあった。
「──神々の戯れ。
選択が下るまでは、静観も一興」
苛立ちを隠さない者が、机を小さく叩いた。
「……遊びで済めばいいがな」
「力を、持ってる。あれは。ただの流れ者とはわけが違うぞ」
冷えた声が、事実だけを突きつける。
そして。
「失われた力を再び呼び戻す希望か。それとも、世界を蝕む新たな火種か」
誰とも知れぬ声が、静かに言った。
会議の空気は、さらに冷え込む。
「焦るな。答えを急ぐ理由はない」
最後に放たれたその一言で、全員が、無言のまま頷いた。
静かに、密かに。
嵐の胎動だけが、確かにそこにあった。
やがて、影たちは一人、また一人と立ち上がり、闇に溶けていった。
静かに、だが確実に。
何かが動き始めたことだけは、
誰も否定できなかった。
――朝。
ユウは、静かな光と共に目を覚ました。
まるで“異世界転移”なんて全部夢だったかのような、そんな穏やかな時間。
(……あれ? なんか久々に、ちゃんと寝たかも)
布団はふかふか。枕の硬さもちょうどいい。
昨日の疲労も少し抜けた気がした。
だが――
「おはようございます、神の使い様」
目を開けた先には、
完璧な寝癖ゼロ&フル装備のリリィが微笑んでいた。
(……やっぱ夢じゃなかったあああああ)
食堂に降りると、店主らしきおばちゃんが深々と頭を下げてくる。
「神の使い様、朝食をご用意しております……! どうか粗相のないよう……!」
「いや、そんな気を遣わなくていいから! 普通でいいの! 普通にパンとスープでいいの!」
けれど出てきた朝食は――
皿に薔薇の花弁が添えられ、スープには金箔らしき何かが浮かび、パンが微妙にハート型だった。
宿屋の朝食とは到底思えない豪華な内容だ。
(いや、どこから情報流れてんの!?)
周囲の客たちは神妙な顔でユウを見ている。
会釈をしてくる者、手を合わせる者、さらには娘の頭を無理やり下げさせる者まで。
(ちょっと……静かに朝飯食わせてぇ……)
リリィはというと、
「この神殿級の配膳……さすがです」と感心していた。
食後、ユウはようやく宿の外へ。
アルセイアの街は、朝になると活気を取り戻す。
市場では商人たちが元気に声を張り上げ、冒険者たちは眠そうにギルドへ向かう。
住人のほとんどは“あの光の柱”を見ていないらしく、
久遠ユウの姿を見ても――不思議そうな顔をする者はいても、拝んだりはしなかった。
(……よし、やっと普通の視線だ)
昨日まで「神の使い」と崇められていたユウは、
ようやく“貴族っぽい格好した謎の青年”くらいに落ち着いた扱いを受けるようになっていた。
けれども――
どこかでチラ見されたり、
ヒソヒソ話されている感覚がやけに強い。
「……あの人よ」
「昨日の……ほら、光の柱」
「見ちゃったの? マジで? あの瞬間の……?」
そんな断片的な声が、空気に混じっていた。
(やっぱり、まだ引きずってるんだな……)
「はあああ……やっと解放された……」
「では、本日はどうなされますか?」
「……情報が欲しい。
ここがどこで、何が起きてて、俺がなんで“測定不能”なのか……
そういうのが分かる場所、ある?」
リリィは数秒、考え込んだ末――
「――神託の時は来た。
知の門を越え、真理の扉を叩くお方の御足に、光は集まる……」
「ナレーションすんな!!」
「失礼しました。“図書院”にお連れいたします」
「とりあえず図書館で、ちょっとでも世界の構造が分かれば……」
「はい。“選ばれし者にのみ開かれる文庫”もあると聞き及びます」
「いや、そういう特殊ルートはいいから……普通に開館時間と利用規定を教えて……」
その日の午前。
俺はリリィとともに、街をのんびりと歩いていた。
「ユウ様、ついでにアルセイアの街をご案内しても?」
「おっ、いいね。こういう観光ってテンション上がる」
「……かんこう?」
「いや、気にしないで」
石畳の道には露店が並び、道端では大道芸人がパフォーマンスをしていた。
石造りの塔や、水路に沿った風景――異世界ファンタジーらしさ全開で、俺はちょっとワクワクしていた。
「こちらは“知の区画”。学者や記録者が集まる一帯です」
「へぇ……なんか本とかもありそうだな」
「ええ。あちらに見えるのが“王立図書院”――国家のあらゆる知識と歴史が収められている場です」
図書館――もとい「図書院」は、
街の中央部に鎮座する大理石造りの建物だった。
前に立ってすぐ、ユウは悟った。
これはもう“公立図書館”とかそういう次元じゃない。
門には衛兵。
入り口には貴族風の人間が列をなし、身分証明書らしき物を提示していた。
「……ダメだこりゃ。
俺、あの金貨っていうのすら持ってないのに、こんなとこ入れるわけないだろ」
「やはり、“高位権限者”か“王都連結許可者”でないと閲覧は困難かと……」
「え、その説明もっと早くくれてもよかったのでは……?」
「失礼しました。“お導きの意思”があれば、門は自ずと開かれると……」
「そのスタンス、割としんどいからやめて!!」
そんなやり取りの最中だった。
通りの向こう、馬の嘶きと叫び声が重なる。
「キャアアアッ!!」
見ると、暴走した馬車が通行人をなぎ倒すように走っていた。
(やべぇ……あれ、マジでヤバいやつじゃん!!)
しかも、その進行方向にいたのは――
まだあどけなさの残る少女だった。
「馬車が暴れたぞ!」
「あの子……、ガルデン伯爵家のご息女だ!」
肩までの栗色の髪、上等な刺繍が施されたドレス、
明らかに“普通じゃない”雰囲気。
制御を失った馬と御者の悲鳴。
周囲の人が悲鳴を上げて逃げていく中――
(避けろ……っ! 避けてくれっ!!)
だが、少女は混乱して足をもつれさせ、尻餅をついたまま立ち上がれずにいた。
(……っ!)
次の瞬間、ユウの体は勝手に動いていた。
「立ち止まるな!!」
咄嗟に少女の腕を引き、横へ転がろうとする。
しかし、偶然、道端の石に躓いてバランスを崩し、前に倒れ込むような形で馬車の前に出てしまった。
(うわ!? 死んだ!?)
迫る馬車を引く暴れ馬。
「あ、終わった……」
ガコンッ!
だが間一髪、俺の前に飛び出した通行人(たまたま避け損ねた酔っぱらい)と馬車がぶつかって、進路がそれる。
馬車が土煙を巻き上げ、壁に激突する音が響く。
(あっぶねーえ、運良く助かった…)
数秒の沈黙の後――
周囲が安堵と歓声に包まれた。
「お嬢様……っ!」
護衛らしき騎士たちが駆け寄る。
少女は震える唇で、ユウを見上げ、懸命に礼を述べた。
「わ、私、レミリア・フォン・ガルデンと申します……!
このご恩は、一生忘れません……!」
「いや、そこまでじゃ……とりあえず、無事でよかったです」
「お名前を……教えて、いただけますか……?」
「そんな名乗るような者でもないよ。気にしないで。」
「ですが…お礼をしたいのですが……」
少女――後に判明するところによると、ガルデン伯爵の一人娘・レミリア嬢は、何度もそう言って頭を下げてきた。
俺は、あくまで偶然だし助けたつもりもなかったので、手を軽く振ってごまかす。
「本当に大丈夫です。何もしてないですし……じゃ、では、これで!」
ユウはそそくさと立ち上がり、
まだぽかんとしている少女に軽く頭を下げる。
「ほんと、気にしないで。
危なそうだったから、勝手に動いただけだし」
助けようとしたのは事実だが、結果としてはただ眼の前でコケただけだ。
(恥ずかしすぎるっ!!)
そして、背を向けて歩き出す。
そのまま逃げるように立ち去ろうとした俺の背中を、レミリアの視線が強く射抜いていた。
ここから先、誤解に拍車がかかりながらも、
ユウが世界の謎に少しずつ触れていきます。
次回も引き続き、お付き合い頂ければ嬉しいです。