1話:世界が終わった日(プロローグ/読み飛ばしてもOKです)
はじめまして。
本作は「転移直後から神扱いされてしまった平凡な高校生」が、誤解と勘違いとSFっぽい何かに巻き込まれていく物語です。
軽めのノリから始まりますが、後半は少しずつ世界の真相に迫っていきます。
まずはゆるくお付き合いいただければ幸いです。
基本各話の文字数は4千文字程度にしようと思っています。
──なぜ、こんなことをっ……!
震える声が、耳を打った。
視界は、ぼやけていた。
砂埃のような光が舞う中で、一人の少女が、俺に剣を突きつけていた。
長い髪が、風に乱れている。
その瞳からは、大粒の涙が、次々と零れていた。
「あなたを……信じていたのに……」
途切れ途切れに絞り出す声。
どこか、壊れたような、悲しみの色を帯びた声だった。
俺は──ただ、困惑するしかなかった。
彼女が誰なのか、分からない。
何が起きたのか、なぜ剣を向けられているのか、理解できなかった。
それなのに。
その顔を見た瞬間。
胸の奥が、ぎりりと、痛んだ。
締め付けられるような、息ができなくなるような、そんな痛み。
(……誰だ……?)
問いかけても、答えはない。
ただ、少女は剣を握りしめ、涙に濡れた瞳で、俺を見つめていた。
剣先が微かに震えている。
迷っている──それでも、引けない何かを、その瞳が訴えていた。
その揺らぎに、なぜか“既視感”があった。
──赦すように。
──拒絶するように。
矛盾した感情が、視線の中に、交錯していた。
目覚まし時計が鳴るより早く、目が覚めた。
理由は簡単。鳴らすと妹に「うるさい」と怒られるから。
…まあ、妹なんていないけどな。
「一人暮らしの妄想家かよ…」
寝ぼけた頭で自分にツッコミを入れながら、ベッドからのろりと這い出る。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、ほんのりと部屋を明るくする。今日も“いつも通り”の一日が始まる。
布団の中でひとつ大きく伸びをして、やがて俺は身体を起こす。机の上には昨日放り出したままの教科書。
壁にはカレンダーと、もらったまま貼りっぱなしの古いアニメのポスター。そのキャラの名前すら思い出せないほど、日常に溶けていた。
なんてことのない、平凡な学生の部屋。
「はぁ……また月曜か……」
毎週繰り返されるため息。それが、俺の“平和”の象徴だった。
朝。
それは全人類に平等に訪れる最大の裏切り。
「おい、お前寝てただろ」
「寝てない。まばたきが長かっただけだ」
「じゃあさっきのいびきは?」
「リズム呼吸法」
教室の一角。
朝のホームルームからすでに始まっていた、俺とカズヤの“くだらない会話選手権”。
「はいそこ、うるさい。静かにしなさい」
担任が無表情で注意してくる。
我がクラスは静かに始まり、静かに眠る。それが伝統。
「本日の社会科学では“汚染環境と適応進化”について学びます」
四月。
窓の外には、春を告げるように淡い桜が舞っていた。
久遠ユウは、教室の後ろの席で頬杖をつきながら、それをぼんやりと眺めていた。
「久遠ー、前見ろー」
教師の声が飛んできて、ユウは小さく返事をする。
「はーい……」
モニターに映し出された今日のテーマは「21世紀後半の環境対策と人口管理」だった。
「さて、では先週の続き。
海洋汚染のピークは2070年代とされていて、そこから劇的な改善が見られたのは、いわゆる“環境管理AI”の導入によるものです。
特に人類は当時、食糧危機を遺伝子改良作物と合成肉で克服しようとして――」
「なんか眠くなるよな、この辺の話」
隣の田島が小声でつぶやく。ユウは苦笑いで返す。
くだらないやり取り。でも、そんな日常がちょっと心地よかった。
教室には程よいざわめきと、春の風が入り込んでいる。
どこかの女子が新しく買った香水の匂いを漂わせていて、なんとも“始まり”の季節という感じがした。
「次に、人口最適化プロジェクトの一環で、人類の適応性向上を目的とした“遺伝子適応実験”について。
これは一部で非倫理的との批判もありましたが、結果的には気候変動や汚染に対する耐性をもたらし……」
「はい、では教科書十二ページ。ここから先は、“汚染環境における生物適応の歴史”だ」
午前中最初の授業、科学社会。
眠気と戦いながら、教師の声を聞く。
「二十一世紀以降、急速な都市化と産業排出によって、人類の環境耐性が深刻な課題となった。特に大気中粒子状物質、遺伝子組み換え作物の常食化が……」
後ろの席から小さな欠伸。
前の席では女子がこっそりスマホを覗いてる。
そんな中、教師は静かに板書を続けていた。
ふと、俺はその黒板に書かれた一文に目を留めた。
「後世、特定種族の“適応進化”が人為的に進められていたとする仮説も存在する」
今日のテーマはなんかSFっぽい。
遺伝子改造とか、ナノテクノロジーとか。厨二病的な単語が並ぶ。
カズヤがこっそり俺のノートに“メカエルフ爆誕”って書き込んできた。
やめろ。そういうの好きだけどやめろ。
昼休み。
購買ダッシュに失敗し、残されたのは謎パン“メロンサラダロール”。
「メロンとサラダって…… まあ、メロンはウリ科だし野菜といえば野菜か?」
購買で買ったメロンサラダロールと、缶コーヒー。
俺にとっては、至高の組み合わせ。
「お前さ、またパンだけ? 栄養偏ってるぞ」
向かいの席のカズヤが笑いながら弁当箱を開く。
たしか家庭科部所属、家庭的な男。女子からの人気も高い。
……うらやましい限り。
「炭水化物に糖分とカフェイン。最高の集中ドーピングってやつだ」
「言ってることやばいぞお前」
くだらない会話。
でも、嫌いじゃない。
飢えと友情が交差する昼休み。
――つまり、平和だ。
「さて、そろそろ部活の時間かな〜って雰囲気出してきたわけだけど、どうする?」
田島が軽く伸びをしながら言った。
「お前、帰宅部じゃなかった?」
「いや今日は違う。なぜなら──女子バスケ部の練習が見学できる日だからな!」
「最低だな」
「敬意を持って眺めるって言ってんだよ! やましい目では見ない。ほんと、感動しに行くだけ!」
「そっちのほうが余計に怪しいわ」
そんなやり取りを交わしながら、ユウは中庭を通る。
途中ですれ違った後輩女子から、突然声をかけられた。
「久遠先輩! 昨日はありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げてくる。
「えっ、あ、うん……何が?」
「傘、貸してくれたじゃないですか! あの日のおかげで風邪ひかずに済みました!」
「あ、ああ、あれね……(貸したっけ……?)」
曖昧に笑い返しながら、俺は脳内で必死に“昨日”を探る。
(……傘? 俺、昨日この子と話したっけ?そもそも昨日は雨だったか?)
……いや、確か昨日は曇りだった気がする。
でも、記憶の隙間に“傘を差し出す自分”の姿が差し込んでくる。
映像として──あまりに“鮮明すぎる”それに、逆に違和感を覚えた。
田島がすかさず耳打ちしてくる。
「さすが……ユウ、無自覚にヒーローやってるの、ずるいわ」
映像のように昨日の帰り道を再生する。
校門、曇り空、誰もいない歩道……。
(……いや、いた? いなかった?)
一瞬、脳裏に“傘を差し出す自分”の姿が浮かぶ。
でもそれは、まるで誰かに後から埋め込まれた記憶のようで――
ふと、周囲の喧騒がリセットされたかのように消える。
瞬間、
“ガクッ”と一瞬だけ、現実がズレたような感覚が走った。
「……あれ? いや、なんでもない。うん」
足元に感じた揺れも、教室から聞こえる笑い声も、
何事もなかったように日常へと溶け込んでいく。
(寝不足か? それとも、軽い立ちくらみ?)
俺は何もなかったかのように、中庭をあとにした。
「俺は帰るわ。島田も変態行為は程々にな。」
そう言い残し俺は帰路につく。
平凡な日常。それが一番だと、何度も思ってきた。
……けど、どこかで、そんな“何も起きない自分”にうんざりしていたのも事実だ。
放課後。
俺は帰り道の途中でふらっと本屋に立ち寄った。
電子書籍全盛の今、紙の本はレアモノ扱い。
でも俺はこの、古びた本棚の埃っぽい匂いが、なんとなく落ち着く。
「お、珍しいね。こっちの“音声化前文献”コーナー見る子って」
レジの姉ちゃんが声をかけてきた。
一冊手に取った文庫には、今では読める人も少なくなってきた旧言語――つまり日本語の文字が並んでる。
「読めるんだ、それ」
「……まあ、趣味です」
なぜ読めるのかなんて、考えたこともない。
勉強した覚えもないけど、なんか読める。
……って、なんか主人公っぽくて嫌だなこの展開。
お読みいただきありがとうございました!
第1話は“転送イベント”までを描きました。
次回からいよいよ異世界編に突入します。
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