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ブラッド・ラッド商会




「あら、ラグナス家のお嬢様。随分とお早いご到着ですこと」



ギルドに調査依頼をしてから三日目の朝。


営業時間開始と同時に中に入ると、受付に立っていた黒髪スレンダー美人のお姉さんが、私の姿を見るやいなや妖しく微笑んできた。


「……あの、調査の方はどうでした?」


まるで全てを見透かされているような視線に私はたじろぎながら、おずおずと尋ねる。


すると、お姉さんは浮かない顔で肩を小さく落とした。


「残念ながら、このブラッド・ラッド商会に辿り着く有力な情報は掴めなかったわ。唯一手掛かりがあるとしたら、ここかしら」


そう言って差し出された一枚の紙切れ。

一体何が書かれているのか捲ってみると、そこには住所と全く聞いたことがない市場の名前が書かれていた。


「そこは週に一回開かれる限られた人間しか行くことが出来ない闇市場よ。どうやら、そこで妙な噂が流れているみたいなの」


「……妙な噂って?」


調査が空振りに終わってしまったことは非常に残念だけど、とても気になる話に、私は淡い期待を込めた眼差しを向ける。


「不定期で黒いフードの男が現れ、短期間働ける労働者を探しているとか。しかも報酬は平均賃金の倍以上で、かなり割高らしいわよ」


しかし、予想していたのとは全然違う返答に、私は目が点になった。


「それがブラッド・ラッド商会とどう関係が?」


「関係があるかは分からないわ。ただ、ここまで情報がないのも引っ掛かって。そもそも、そんな商会は存在しないのか。もしくは、そのフード男の背景にある“何か”が関係しているのか。いずれにせよ、危険な匂いしかしないわね」


そう断言するお姉さんの目はとても真剣で。

言わずもがな、私に警告していることがよく伝わってくる。


けど、ここで引く訳には行かない。


これで諦めてしまっては、また同じ悲劇が繰り返されるだけ。


それに、一筋縄ではいかないのは百も承知だから。





「………………あの。その市場に行きたいです。どうすれば私も入れますか?」



少し間を置いてから、私は意を決して懇願してみると、そこから再び沈黙が流れる。



「そう言うと思ったわ」


そして、暫くしてからお姉さんの深いため息が響き、今度は訝しげな眼差しをこちらに向けてきた。


「始めから疑問に思っていたけど、お嬢さんの身に一体何が起きてるの?普段は人の事情に踏み込んだりはしないけど、その追い詰められているような目がどうも気になって」


すると、ずばり心境を言い当てられてしまったことに、私は思わず眉を顰めてしまう。


「すみません。気に掛けて頂いてるのは有り難いですが、詳しいことはお話出来なくて……」



ここで誰かに話せばどんなに気が楽か。



でも、こんな話をしたって誰も信じてくれない。

それに、ネックレスの存在を明かしてはいけない以上、詳しい説明が出来ないから話したところで意味がない。

お母様も一応信じてくれたけど、まだ何処かで疑っているふしがある。



だから、ここは私一人で何とかしなければ。


あの鮮烈な光景を覚えているのも。

身が千切れる程の痛みと苦しみを味わっているのも。

お姉様の裏の顔を知っているのも。


この世界では私しかいないから。




「…………まあ、いいわ。それじゃあ、あなたに護衛をつけてあげる。闇市場はその者が案内するから。その代わり追加料金はきっちり貰うわよ」


それから暫くお姉さんは私の顔をじっと見つめた後、小さくほくそ笑み、新たな提案をしてきた。


「勿論です。是非お願いします」


それを断る理由はないので、私は快く首を縦に振る。


「あと、闇市場に行くなら絶対に顔を明かさないこと。ラグナス家の公爵令嬢だと知られたら多分無事ではいられないわよ。あそこはそういう場所だってことを念頭に置きなさい」


すると、今度は神妙な面持ちで忠告された言葉がずしんと重くのしかかってきて、背中がぞくりと震えた。


一度死の恐怖を経験したから怖いものなんて何もないと思っていたけど、やっぱり危険な目に遭うのは二度とごめんだ。


だから、お姉さんの忠告はしっかり守らなければと。

そう自分に言い聞かせて、私は徐に頷いた。


「それなら丁度明日が市場の日よ。お嬢ちゃんの都合が良ければ早速手配するけど、いいかしら?」


「は、はい!よろしくお願いします!」


怖い気持ちはあるけど、なるべくデビュタントの日までに情報を揃えておきたかったので、ベストなタイミングについ声に力が入ってしまう。



こうして新たに依頼申請をした後、集合時間と場所を確認してから私はギルドを後にした。



闇市場というだけあり、出掛けると言うにはあまりにも遅い時間帯。


お母様にこのことを話したら絶対に止められるだろうし、お父様やお姉様にも絶対に知られてはいけない。


そうなると、闇市場に行くよりも集合場所に辿り着くまでが一番の難関なような……。



でも、失敗は許されない。


とにかく、明日までに綿密な計画を立てようと、私は拳を強く握り締めて意気込むと、急足で帰路についた。





◇◇◇




【ギルド側視点】





「フィオ姉。今のが例の子?」


ラグナス家のお嬢ちゃんを見送った直後。

突如背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには柱に寄りかかりながらジト目で扉を見据えているリリスが立っていた。


「そう。相変わらず謎なのよね。とても十八の公爵令嬢には見えないわ」


私は受理した依頼書を早速彼女に渡すと、リリスは訝し気な表情で内容に目を通し始める。


「ラグナス家なんて一番皇族に近い貴族じゃん。何もしなくたって順風満帆な生活を送れるのに。あの子の身に一体何が起きてるのやら。それに、“ブラッド・ラッド”とかいうふざけた名前の商会が本当に実在するのか甚だ疑問だわ」


そして、小さく溜息を吐くと、手に持っていた依頼書を丸めてポケットに突っ込んだ。


「とりあえず、あの市場はこの王都内でも一番危険な場所だからしっかり護衛を頼むわ。それと、その怪しい商会のことも引き続き調査をお願い。うちが把握出来ていないなんて……もし本当に実在しているのだとしたら、相当闇深いだろうから。あと、あの子のことも何か分かったら教えて」


何よりも一番気になるのはそこだ。


これまでギルドの受付を長いことしてきたけど、ここまで奇妙に感じたことはない。


ここへ来る人間は様々で、大抵いわくつきが多いけど、名だたる公爵令嬢がまるで誰かに殺されるような目をして来るのは私が知る限り初めてのこと。


だから、余計に引っ掛かる。



「本当にフィオ姉ってお節介だよねー。まあ、報酬積んでくれるならやるけど、あまり期待しないでねー」


そう言い残すと、リリスは全くやる気がない様子でさっさとこの部屋から出て行ってしまった。



相変わらず素っ気ない子。


幼少時代から孤児院育ちのせいか、あまり人に対して関心を示さないのは致し方ないけど。

年齢が近いのだから、もう少し気にかけてあげてもいいのに。



でも、複雑な仕事を任すには彼女が一番だ。


余計な感情がない分、確かな腕と迅速で的確に物事を処理してくれるから、このギルド内では一、二を争うくらいの実力者。


だから、リリスはああ言っているけど、今回もまたいい結果を出してくれることを期待している。




「……ラグナス公爵家か……」



確か、あの家の姉妹は腹違いだったはず。


でも、仲はとても良いと評判だし、家族仲も良いというし、身の危険を感じるような要素はどこにもなさそうなのに……。


それとも、表沙汰になっていない裏事情があるのか。



いずれにせよ、この不可解な依頼を早急に片さねばと。

私は優先事項案件として手続きを進めることにした。





◇◇◇

 



【クレス視点】




うーん、どうしよう。


夜に抜け出すと言っても、夜間は警備が厳重だし、仮に屋敷から出れたとしても、どうやって外に出ればいいのか。




ギルドから帰ってきて早々。

私は屋敷の敷地内をぐるぐる周りながら何処かに抜け道はないか探索してみるも。

どこもかしこも高い塀に囲まれ、どの出入り口にも騎士が立っていた。


これではどうしたって誰かの目についてしまう。


何か隠し通路的なものがあればいいのだけど、生憎そんな話は聞いたことない。


けど、大きな屋敷だし、何かしら抜け道はあるような気がするけど……。




「クレス」


暫く考えに耽っていると、突然背後から響いてきた声に、足の動きがピタリと止まる。


「こんな所にいたのね。探したわよ」


振り向くと、そこには浮かない顔をしてこちらの方に歩み寄って来るお姉様の姿が見え、思わず体をこわばらせてしまう。


「朝から出掛けたって聞いたけど、あなた最近よく一人で外出するわね。今までは一緒に行動することが多かったのに、何かあったの?」


すると、痛い所を突かれてしまい、私は何て返答すればいいのか言葉に苦しむ。



いずれはそんな質問が来るだろうと思っていた。


お姉様と違ってインドア派の私は、普段ここまで積極的に外出はしない。


だから、大概お姉様の後をくっ付いていたので、いつかはそれを指摘されるかもしれないと予想はしていたけど…………。



「いえ。特に何があるってわけではなくて、私ももう大人ですし、いつまでも家に閉じこもってはダメだなって思ったんです。だから、心配しないで下さい」


とりあえず、当たり障りのない言い訳を思い付いた私は、すぐさま笑顔をつくり体裁を取り繕う。


「それなら良いけど…………心なしか、あなたに避けられているような気がして。最近あまり顔を合わせなくなったし、私あなたに何か嫌なことでもしたかしら?」


すると、安心したのも束の間。

今度は一番触れられたくない部分を指摘されてしまい、つい眉間に皺を寄せてしまった。



嫌なことですって?


あなたは私を殺そうとしてるのに、よくもまあ白々しくそんなことが言えたものだわ。




そうはっきり口に出来たら、どんなに気が楽か。


こんな場面はこれまで幾度となくあったけど、こうして積み重なると、そろそろ我慢の限界を迎えそうになる。


だから、お姉様とは極力関わりたくなくて、つい自然と拒否反応が出てしまった。


でも、それを繰り返すと裏目に出そうで、今後は行動を改めなければと思い直す。



「まさか。素敵なドレスをプレゼントしてくれたばかりだというのに、そんなことあるわけないじゃないですか。お姉様は私にとって掛け替えのない存在なんですから!」


そして、少しオーバー気味にリアクションをしてみると、不安気なお姉様の表情が段々と明るくなり、いつもの笑顔に戻った。



嘘でもそんな台詞が言えた自分を褒めてあげたい。


とりあえず、これからお姉様と接する時は余計な感情を捨てて無心になろう。

そうすれば、上辺だけの言葉も出やすくなる。



そう自分に言い聞かせると、私もお姉様に負けないくらいの偽りの笑顔をみせた。




「そういえば、あなたに見せたいものがあるの。ちょっと付いてきてくれるかしら」


そう言うと、突然お姉様は私の腕を掴み、少し強引に引っ張って屋敷の中へと歩き出して行く。


先程とは打って変わり、まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせていて、そんな姿を見るのは久しぶりだなと。


そんなことをぼんやりと考えながら、言われるがままついて行くと、辿り着いた場所は地下にある食品庫前。


一体こんな場所に来て何があるのか。

私は頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、お姉様は楽しそうに倉庫の中へと入っていった。



「ねえ、クレスこっちに来てよく見て」


私を手招きした後、お姉様は食品棚の脇に積み重なっている木箱をどかすと、何やら金色の丸い印が付いた部分を指で押す。


その瞬間、突然地響きと共に部屋が揺れだし、私は軽いパニック状態に陥っていると、何もない壁が扉のように動き、そこから薄暗い通路が現れた。


まるでスパイ映画のような光景に衝撃を受け、空いた口が塞がらない。



「驚いたでしょ。どうやら、これは非常通路みたいで私も最近知ったの。このまま行けば直接外に出れるようだけど、なんだかワクワクしない?この気持ちを早くあなたと共有したくて」


嬉しそうにはしゃぐお姉様とは裏腹に。

私は未だ状況を飲み込めず、暫くその場で呆然と立ち尽くしてしまった。





こんな偶然あるだろうか。


まさか、このタイミングで隠し通路を教えられるなんて、いくら何でも出来過ぎているような気がする。


まるで私の行動を全て見透かされているような。


でも、本当に偶然だとしたら、こんな幸運なことはない。




「…………どうしたのクレス?もしかして怖い?」



すると、暫く反応がない私にお姉様はおずおずと尋ねてきて、そこではたと我に返る。



果たして喜ぶべきなのか甚だ疑問だけど、今は手段を選んでいる場合ではない。


例え罠かもしれないけど、時間は限られているのでこれを使う他ないと。



私は小さく深呼吸をしてから意を決すると、勢いよく首を横に振る。



「いいえ。ごめんなさい。あまりにも予想外過ぎて固まってしまっただけです。すごいですお姉様!よくこんな場所を見つけましたね」


そして、すぐさま体裁を整えてお姉様の期待通りの反応を示すと、そこから通路を知った経緯を意気揚々と話し始め、私は静かに彼女の話に耳を傾けたのだった。


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