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城内偵察




__運命のデビュタントまで残りあと一週間。



悲しいかな。

時間はあっという間に過ぎ去っていき、なんだか生前よりもその速さは更に加速しているような気がする。



とりあえず、お姉様には何も悟られないよう普段と変わらない態度を心掛けるも。


顔を合わせる度に牢獄で見たお姉様の歪んだ表情が脳裏に蘇り、やっぱり何処かぎこちなくなってしまう。


優しくされればされる程、裏切られた悲しみと憎しみが増幅して、危うく何度も感情が爆発しそうになった。




「……早く証拠を集めないと……」



薄暗い倉庫の中で一際異彩を放つ赤いドレスを見つめながら、思わず小さな溜息が漏れる。



ここはヘリオス家屋敷の地下倉庫。

つまり、お母様の実家だ。


ドレスを何処に隠せばいいかお母様と相談した結果、一番お姉様の目に付かない場所といったらここしかなかった。


ここは使用人も滅多に入って来ないし、お姉様単独で来ることはありえない。


だから、一番安心ではあるけど、このドレスがここにある以上最悪な状況であることは変わらない。


出来ることなら一刻でも早く王妃様にお返ししたいのに、私達が犯人ではない証拠を揃えなければ、また同じ過ちを繰り返してしまう。



そもそも、お城の警備はとても厳重なのに、窃盗団は一体どうやってこのドレスを盗むことが出来たのだろうか……。



……もしかして、城内関係者が裏で手を回しているとか?



仮にそうだとしたら、そこまでして私達を陥れようとする目的は一体なんなのか。



考えれば考える程不安と恐怖が押し寄せてきて、私は無理矢理思考を停止させた。




兎にも角にもドレスがここにある以上、表沙汰にはされていないけど、間違いなく王室内は騒ぎになっているはず。


その様子を少しでも探れればいいのだけど、生憎城内関係者とそこまで親密には………




「………………リオス様」



その時、ふと脳裏に浮かんできた彼の顔。


確かにリオス様なら昔から知っている仲なので、城内の人間では一番私の話を聞いてくれるかもしれない。


処刑される時は彼に弁解する余地を与えられず、望みなんて何も無かったけど、今は違う。


真剣に話せば、心優しいリオス様ならきっと少しは理解してくれるはず。



…………でも、なんて切り出そう。



単刀直入にドレスのことは触れられないし、真実を話すことはまだ出来ない。


そもそも、リオス様はお姉様と恋仲関係にあるから、私が少しでも怪しい動きをすれば全て筒抜けになってしまう恐れがある。



やっぱり、ここは慎重に行動しなければ。



それから、色々考えた結果。

まずは城内の様子だけでも探ってみようと。


私は誕生日プレゼントのお返しを渡すという名目で、リオス様に会いに行く計画を立てることにした。





__翌日。





「……ふう。こんなものかしら」



普段よりもかなり早く起きて別棟にある小さな厨房へと赴き、ある程度作業を終えたところで私は一息つく。


テーブルには焼き立てのクッキーがずらりと並べられ、朝からこの空間は砂糖とバターの匂いで満ちている。



リオス様は甘い物が好きだから、少し砂糖を多めにして作った大きめのチョコチップクッキー。


久々のお菓子作りに始めは不安だったけど、昔のレシピを思い出しながら、辿々しい手付きで何とか形にすることが出来た。



果たして彼は喜んでくれるだろうか。


というか、事前に会う約束をしていないので、今日行ったところで渡せる確証がない。


なにせ、これらのことは全てお姉さまには内密なので、思うように動けず、結局は運任せ。


それでも訪問する口実さえあれば、あとは適当に理由をつけて城内を軽く偵察することは出来る。


だから、行動あるのみと。

そう自分を奮い立たせ、私は数あるクッキーの中で形が良いものを何枚か厳選すると、用意したラッピング袋に詰め込み、早速出掛ける支度をするため自室へと戻った。






それから、お姉様には嘘の用事を伝えてお城へ向かうと、どうやらリオス様は現在会議中らしく。


不在ではないことに安堵すると、私は終わるまで時間を潰しているという口実の下、手始めに渦中である王妃の間付近を偵察することにした。


城内は閑散としていて人の動きも少なく、普段と特に変った様子はない。


やっぱり、ただ歩いているだけでは何も分からず。

誰かに話を聞ければいいけど、一体どうやって聞けばいいのかと。

あれこれ思考を巡らせながら、通路の突き当たりを曲がろうとした時だった。



「「きゃっ!」」



突然何かに勢いよくぶつかり、体が後ろによろけ、危うく倒れそうになったところ。


目の前で思いっきり尻餅をついた女性に、私は慌てて手を差し伸べた。


「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」


考え事をしていたせいで、前をよく見ていなかったことに反省しながら、私は不安気に彼女の顔を覗き込む。


「は、はい。私の方こそ前方不注意で…………って、ああ!クレス様!これはご無礼を働き申し訳ございませんでした!」


すると、私の顔を見た途端、彼女の動きが一時的に停止した後。目を大きく見開いて急いで立ち上がり、深々とお辞儀をしてきた。



見たところ同い年ぐらいだろうか。

身なりは整っていて、質素な服装ではあるが、ただの使用人ては控えめな華やかさがある。


それに、胸元にさり気なく飾られた百合の花のコサージュ。



もしかして、この方は……



「失礼ですが王妃様の侍女でいらっしゃいますか?」


「……あ、はい。そうですけど……」



やっぱり。

まさかこのタイミングで出会すとは、何て運が良いんだろう。


私は絶好のチャンスを与えて下さった神様に心から感謝すると、この機会を無駄にしないよう短時間で頭をフル回転させる。



「あの。急にこんな事を聞くなんて可笑しな話かもしれませんが、王妃様の体調は大丈夫ですか?最近よくない噂を耳にしてしまって……」


「噂ってなんですか?」



そして、妙案を思いつき、試しに鎌を掛けてみると案の定。

侍女は食い気味に反応してきて、私は心の中でほくそ笑む。



「なにやら、とても大切なものを失って悲しみに暮れているとか……」


それから、一か八かの賭けではったりをかますと、侍女の表情はみるみる青ざめてきて、その様子に確信めいたものを感じた。


「えと……どうかご心配なさらず。王妃様はこれまでと何も変わった様子はありませんので」


やはり、詳細を話すわけにはいかないようで。

予想通りの返答に、私は次なる手を打つ。


「それなら良かったです。実はこの近くで空き巣に入られたって話を聞いたので、まさかと思ったのですが……」


これが何処までの効果を発揮するか分からないけど、少なくとも核心は付いているので、何かしらのボロが出ないか密かに期待をしていた時だった。



「お話中のところ失礼ですが、それは一体何処でお聞きになったのですか?」



突如背後から聞こえた低い声に、肩がびくりと小さく跳ね上がる。


そして、恐る恐る振り返った瞬間、視界に飛び込んできた威厳漂う男性に思わず表情が固まってしまった。



こ、この人は……!?



同時に蘇ってくる恐ろしい記憶。


平常心を保たなければいけないのに、不意打ちの如く現れた《あの男》に自然と声が震えてしまう。



忘れもしない。

この人はデビュタントの時に私を連行して問い詰めた大臣。


まさか、ここで現れるなんて。

もしかして、何処かで監視されているのだろうか。 



そう思ってしまう程の絶妙なタイミングに平静を装うとするも。

あの時のように射抜くような鋭い視線を向けられ、心臓が激しく脈打ち、恐怖で体の震えが抑えられない。



「あの……使用人達が噂していたことなので、それ以上のことはよく分からなくて……」



ここは堂々としなければ余計怪しまれてしまうのに。

威圧的な態度に体が言う事を聞かず、私はつい目を逸らしてしまう。



「そうですか。では、もし他にも怪しい噂を耳にすることがあれば遠慮なく教えてください」



けど、男はそれ以上追求することはなく。

あっさり身を引くと、黙礼してさっさとこの場を後にした。



その後姿を見送った途端、体の力が一気に抜け出し、思わず後ろによろけてしまう。


「クレス様大丈夫ですか!?」


「……は、はい。ちょっと眩暈がしただけですので」


倒れそうになるところを支えてくれた侍女に感謝をして、平常心を装うも。

動揺する心は未だ鎮まることはなく、激しく脈打つ心臓は今にも飛び出しそうになる。




「クレス大丈夫!?」


その時、今度は脇からリオス様の声が聞こえ、私は咄嗟に背筋をピンと伸ばす。


「……あ、リオス様。ごきげんよう」


度重なる偶然に内心驚きながらも、すぐさま挨拶を交わして恭しくお辞儀をする。


ここで彼に会えたことは凄く嬉しいけど、あまり見られたくない状況を目撃されてしまい、後ろめたさに若干笑顔が引き攣ってしまった。


「俺に用があるって聞いたけど、とりあえず場所を変えよう。顔色があまり良くないから」


すると、リオス様に優しく肩を抱かれ、反射的に心臓が大きく跳ね上がる。


ただの介抱だと分かってはいるけど、胸の高鳴りはどうにも抑えることが出来ず。


私はリオス様の優しさに甘えたくて、ここは敢えて誤解を解くことはせず、されるがまま彼の隣を歩いた。




◇◇◇



「リオス様ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました」


それから小さな客間に案内され、用意された温かいお茶を飲みながらほっと一息つく。


余計な心配をさせてしまったのは大変申し訳ないけど、お陰で動揺していた心はすっかり落ち着き、私は自然と笑みが溢れた。


「もしかして、モルザに何か言われた?」


すると、核心付くリオス様の質問に、ぎくりと肩が震える。


まさか、そこまで見られていたとは。

ここは正直に話した方がいいのか。

それとも、とぼけるべきか。


でも、ここで誤魔化すと後から自分の首を絞めることになりそうで。

それに、盗品の話をする糸口を掴むのは今しかないような気がして。


私は覚悟を決めると、小さく深呼吸をしてこれまでの経緯をぽつりぽつりと話し始めた。




「……そうか。すまない。君を怖がらせてしまったようだね。後でモルザにはキツく言っとくから」


そして、全てを話し終えると、これまで黙って耳を傾けていたリオス様は、いつものように私の頭を優しく撫でてくれた。


「あの、王妃様の噂は本当なんですか?侍女の方は心配ないと言ってましたが、モルザ大臣の様子を見た限りだと、とてもデマだとは思えなくて……」


まるで大切なものを扱うように、ゆっくり手を滑らすリオス様の温もりを一心に感じながら、私はここぞとばかりに踏み込んでみる。


すると、リオス様の手がピタリと止まり、段々と表情に影が掛かると、深い溜息を一つ吐いた。



「そうだね。君だから話すけど、一週間くらい前に母上のドレスがある日突然何者かに盗まれたんだ。外部から侵入した形跡はなくて内部犯を疑ってはいるけど、痕跡が全くないから捜査が難航してて……」


そこまで話すと、リオス様は再び深い溜息を吐き、肩を小さく落とした。


「モルザは犯人捜索の指揮を任されているから、何も進展がないことに焦っているんだと思う。だから、君に無礼を働いた事を許してくれないかな?」


「そんな許すなんて。私があの場で軽率な事を口にしたのがいけないのですから。……それより、盗まれたドレスというのは一体どんなものなのですか?」



そもそも、あのドレスが王妃にとって一体どれ程に大切なものなのか。


その価値を全く分かっていないのもどうかと思い、私は恐る恐るリオス様に尋ねてみる。


「あれは母上の誕生日と結婚二十周年のお祝いを兼ねて父上が用意した特注品なんだ。制作時間に相当月日が掛かるみたいで、数年前から発注していたらしい。だから、そんな父上の想いを踏み躙る奴は誰であろうと俺は許さないし、これは立派な侮辱罪だ」


すると、これまで穏やかだったリオス様の表情は段々と険しいものへと変わり、拳を強く握りしめた。


「皇族に対する窃盗罪は死刑だなんて、やり過ぎだとは思っていたけど、今回ばかりは俺もそれに賛同せざるを得ないかな」


そして、眉間に皺を寄せて怒りを露わにしながら断言する姿に、思わず生唾を飲み込んでしまう。



これでよく分かったドレスの重要性。


オリエンスお姉様は、なんていう代物に手を出したのだろう。


もし、ドレスの意味を分かっていて目をつけたのだとしたなら、それはあまりにも非道極まりない。


改めてお姉様の人間性に絶望した私は、腹の底から込み上げてくる怒りに思わず歯を食いしばる。




「……ところで、俺に用ってなに?」   


「へ?」


その時、突然本題に触れられ、意表を突かれた私はつい腑抜けた声を発してしまった。


「あ……えと、誕生日プレゼントのお返しにクッキーを焼いてきました。拙い物ですが受け取って下さると嬉しいです」


それから、慌てて体裁を整えると、ようやく本来の目的を果たすことが出来、私は満面の笑みでラッピングした袋を手渡した。


「そこまで気を遣わなくていいのに。でも、君の手作りが食べれるのは凄く嬉しいよ。ありがとうクレス」


少し躊躇った表情を見せるも、快く受け取ってくれたリオス様。


これが恋仲関係だったら、どんな甘いひと時になるのだろう。


そんなことを頭の片隅で想像すると、私は浮き立つ心を無理矢理抑えつけ、現実に目を向ける。


「あの、リオス様。このことはお姉様には秘密にしてくれませんか?私がリオス様に手作りのものをプレゼントしたなんて知ったら、きっと嫉妬で苦しんでしまうかもしれないので……」


そして、真剣な眼差しでお願いすると、リオス様の頬が一気に赤く染まった。


「分かった。それじゃあ、ここだけの話ということで」


それから、少し照れくさそうに微笑む表情は、普段の大人びた表情とは打って変わり、少年時代のあどけなさが残っていて。


そんな彼の仕草が全て愛おしいと、心からそう感じているのに。


今リオス様の頭の中はお姉様で満たされていると思うと、この上なく悔しくて、悲しい。



例えどんなにアプローチしても、好意を見せたとしても、結局私は彼にとって“妹”以上にはなれないんだと。


改めてそう痛感し、何だか体の中に冷たくて大きな鉛が沈み込むような感覚に襲われた。






それから、リオス様と少しだけ雑談した後、まだ仕事が残っている彼を見送り、私は部屋を後にした。


とりあえず、リオス様とも盗品のことで情報が入れば伝えると約束したから、これで幾分かは話がしやすくなったと思う。


それに、明日はギルドに依頼してから丁度三日目。

ブラッド・ラッド商会のことが分かれば、そこから調査を広げられるかもしれない。


そして、裏で手を引くお姉様を炙り出すことが出来れば…………



…………けど、もしそうなったら。

お姉様が犯人だと知ったら、リオス様は一体どんな行動に出るのだろう。


心から愛する人を処刑するなんて、優しいリオス様にそんなことが出来るのだろうか……。



先程もお姉様が嫉妬すると聞いただけで、あんな嬉しそうにしてたのに。

もしかしたら、お姉様に情状酌量の余地を与えるかもしれない。



その可能性を否定できない事に、気持ちが再び沈んでいく。


確かに、お姉様が犯人だと知らしめることが出来たとしても、リオス様の心がお姉様から完全に離れるとは言い切れない。


そうなると、この復讐は不完全燃焼で終わってしまうのだろうか。


そんな不安に駆られながら、階段を降りようとした時だった。

 


「きゃっ」


考えに耽るあまり足を踏み外し、ぐらりと体のバランスが崩れる。


「危ない!」


すると、咄嗟に飛び出してきた長い手が私を受け止めてくれたお陰で転落を免れることが出来、ほっと胸を撫で下ろした。


「大丈夫ですか?ここは滑りやすいのでご注意下さい」


そう優しく話し掛けるのは、肩まで伸びた長い艶やかな銀髪を一つに結えている若い男性。


年齢的には二十代前半くらいの長身で、女性顔負けの美しい顔立ちとビー玉のように透き通った大きな碧眼に、思わず目が釘付けとなってしまう。


「……あ、あの、申し訳ございません。私の不注意で。以後気をつけます」


暫くしてはたと我に返った私は、慌てて彼の元から離れると、勢い良く頭を下げた。


「怪我がなくて何よりです。では、失礼します」


そう言うと、男性はリオス様に負けないくらいの爽やかな笑顔を振り撒き、颯爽とこの場を離れて行った。



その一連の姿に、不覚にも再び目を奪われてしまった私。


国章の入った赤い羽織を着ていたから、おそらく重役の方だと思うけど、あんな綺麗な顔立ちの人今まで見たことがない。


もしかしたら、あまり表立つ方ではないのか。


そんなことをぼんやりと考えながら、私は気を取り直して帰路についた。



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