捜査開始!
「まあ、リオス様が!?嬉しいわ。支度してすぐ向かうと伝えて頂戴」
彼のことを報告した途端、心底嬉しそうに目を輝かせて支度に取り掛かるお姉様。
その姿に胸がキリキリと痛みだし、表情が崩れてしまいそうになるのを何とか必死で堪える。
出来ることなら、お姉様は不在ということにして、私が代わりにリオス様と出掛けたかった。
けど、これはお姉様の部屋に侵入出来る絶好のチャンス。
この隙だらけの機会を逃したら、次はないような気がして、私はお姉様が出掛けるのを今か今かと待ち侘びた。
__そして、十数分後。
仲睦まじく市街へと出掛けていく二人の姿を窓の外から見送ると、私は周囲に人がいないことを確認して、早速お姉様の部屋へと入った。
幼い頃はよくお互いの部屋に行き来していたけど、成長してからは殆ど立ち寄らなくなったので、家具の配置などが所々変わっている。
けど、私と一緒で物をあまり持たないのは相変わらずで、何かを収納出来る場所といえば、机の引き出しか本棚か一つの小さなシェルフくらい。
他にもベッドの下やソファーの裏など考え出したらキリがないけど、まさか誰かに捜索されるなんて思っていないだろうから、そんな捻くれた場所にはないはず。
とりあえず、手始めに引き出しから探ってみようと。
私はお姉様の机の前で立ち止まると、徐に一段目の引き出しを開けた。
中に入っていたのは、ペンと便箋と小物とアクセサリー。
そして、手紙の束があったので期待を込めて手に取ってみると、それは全部リオス様との文通だった。
…………見なきゃよかった。
そんな後悔がどっと押し寄せてきて、私はそのまま手紙を元の場所に戻し、何事もなかったように引き出しを閉める。
それから、二段目、三段目、四段目と中を確認してみるも領収書らしきものは一切見当たらず。
続けて本棚やシェルフをくまなく探してみたけど、お目当てのものは何もなかった。
それならばと。
始めは否定したけど、可能性は全て潰したいので、私はベッドやソファーやクローゼットや時計の裏など。少しでも紙が収まりそうなスペースを見つけては隅々までチェックした。
けど、いくら探しても見つからない。
まるで、本当の窃盗犯になったような気持ちになりながら、ありとあらゆる場所を見てみたけど領収書らしきものは何もなかった。
…………そうなると、後残る可能性はただ一つ。
出来ることならそれは避けたかった。
けど、こうなっては仕方がない。
昨日の出来事であれば、おそらくまだ回収はされていないはずだから。
そう確信すると、私は気合を入れるため小さく深呼吸する。
そして、ゴミ漁りに適した格好に着替えるため、一旦自室へと戻ることにした。
……ああ。
まさか私の人生の中で、ここへ赴くことになるとは。
汚れてもいいようにラフな服装に着替えた後、私は覚悟を決めてゴミ置き場の扉を開いた途端。
むせかえるような悪臭が一気に押し寄せてきて、思わず咳き込んでしまった。
確か最後にゴミを回収されたのは三日前。
故に溜まりに溜まった屋敷中のゴミ袋達が天井高く積み上げられ、果たしてここからたった一枚の紙を見つけれるのか自信が全くない。
けど、ここで突っ立っていても仕方がないので、先ずは近くのゴミ袋から手をつけることにした。
生憎袋は真っ黒なので、中を開けなければ確認出来ない。
だから、なるべく作業を減らすためにゴミ袋の匂いを嗅いでみる。
「うっ、臭い。間違いなく生ごみだわ……」
これはすぐ分かる。
だから、手をつけることは絶対にしない。
「……軽い」
そして、無臭であり尚且つ重さがないものは可能性あり。
なので、少し空いているスペースにそれをよけると、次のゴミ袋に手をつける。
こうして、ある程度分別して、まとめて確認した方が効率がいい気がして。
段々とゴミの匂いに慣れてきた私は作業スピードが上がり、可能性のあるゴミ袋を手早く分けていた時だった。
「き、きゃああああああああ!」
少し大きめの袋を手にした瞬間、袋の隙間から勢いよく駆け抜けてきた黒い物体に、思わず叫び声を上げて私は外へと飛び出した。
つ、ついに出会してしまった!
時間の問題だろうとは思っていたけど、いざ目の当たりにすると怖過ぎるっ!
しかも一匹ではなく、飛び出してきたのは数匹だった。
未だかつて生きてきた中で、こんな数のゴキ◯リを見たのは初めてかもしれない。
……となると、この中にはまだまだ敵が潜んでいる可能性は大いにある。
嫌だ!
もう入りたくない!
全てを放棄して早くお風呂に入りたいっ!
でも、ここで諦めてしまったら、重要な手掛かりをみすみす逃すことになるかもしれない。
自分とお母様の命とゴ◯ブリの群勢。
どっちを取るのか、よく考えなければ!
こうして葛藤することかれこれ数分間。
ようやく意思が固まると、私は震える足を堪え、捨て身の思いで再び戦場へと向かった。
◇◇◇
※
「………あ、あった!」
悪臭と戦い、害虫達と戦い。
人に見つかるといけないから、叫びたいところを何度も必死に堪え、ようやく手にすることが出来たお目当てのもの。
粗方仕分けが終わり、可能性のあるゴミ袋をいくつもいくつも漁り、最後の一袋に望みを掛けて開いてみたら、奥底にあったくしゃくしゃの領収書。
これまで、欲しかったものが手に入った瞬間は何度かあった。
けど、ここまで嬉しいと思ったことはないかもしれない。
下手したら、リオス様から頂いた髪飾りと同じくらい。
兎にも角にも、一刻も早くここから離脱しようと外へ出ると、いつの間にやら空は真っ暗になっていた。
それから、街灯がある場所まで移動し、改めて領収書を確認すると、そこにはドレスを購入した金額が大きく中心に書かれ、右端の方には小さく商社名が書かれていた。
”ブラッド・ラッド商会”
……これは言葉遊びだろうか。
センスも何もない、ヘンテコなこの名前は、やはり帳簿に書いてあったものとは全く違くて。
けど、この胡散臭さがより信憑性を増し、私は領収書をポケットにしまった。
とりあえず、お風呂に入ろう。
今後のことはそれから考えればいい。
兎に角、この纏わりつく悪臭から一刻も早く解放されたい。
それに、まだ夕飯前だけど、ありとあらゆるゴミと害虫を見たせいで食欲が一気に失せてしまった。
私は心身共に疲労した体を引き摺りながら、屋敷の中に戻ろうとした矢先。
突如背後から二つの笑い声が響き、反射的に身を潜める。
「今日はとても楽しかったです。お誘い頂きありがとうございました」
「こちらこそ、貴重な時間を俺に使ってくれて嬉しかった。また誘ってもいいかな?」
「勿論です。リオス様とお出掛けだなんて、光栄過ぎて夢みたいですわ」
物陰に隠れながら、恐る恐る様子を確認してみると、そこには心底嬉しそうに会話をしているオリエンスお姉様とリオス様。
側から見れば恋人同士にしか見えない。
というか、公言はしていないけど、もうそうなのかもしれない。
お姉様から彼を奪うと決めたものの。
私の入る隙なんて何処にもないくらい、お互い好きだという気持ちが表情で伝わってくる。
なんだろう。
この不公平感は。
私はお姉様に殺されない為に全身悪臭まみれになりながらゴミを漁り、一方で私を殺そうとしているお姉様は、憧れのリオス様と順調にお付き合いを進めている。
この格差が悔しくて、私はこれ以上ここに居るのが辛くなり、二人に見つからないよう、こっそりと自室へと戻った。
もう最悪だ。
リオス様から髪飾りを付けてもらった事も、領収書が見つかった事も、先程見た光景のせいで喜びが全て台無しになってしまった。
こうなったら、何がなんでも盗品を売り付けた商人を見つけるしかない。
この名前だけでどこまで辿り着けるか分からないけど、この絶望感と屈辱を晴らすためにも、絶対に探し出しなくては。
この煮えたぎる思いを何とか落ち着かせる為に、私は瞳を閉じてゆっくりと深呼吸をする。
そして、冷静に物事を考えるためにも、私は自室から着替えを取りに行き、急いで浴室へと駆け込んだのだった。