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全ての真実

__話は遡ること一日前。





「はっ?なにその話?超怪し過ぎるんですけど」



生誕祭を無事に終えた翌日、早速ギルドに赴いて地下資料庫の話をすると、リリスさんは思いっきり顔を歪ませてきた。


「私も、こんなにあっさり教えてくれるなんて少し驚きました。でも、そこに行けば私達の求めている答えがあると思うんです。例えば、リリスさんのご両親のこととか……」


そこまで話すと、リリスさんの眉がピクリと吊り上がる。


「確かにそうかもしれないけど、そのシルヴィって男どうにもきな臭いわね。歴史が知りたいからって、大事な国家機密情報を簡単に見せてくれるもん?私は十中八九罠だと思うんだけど」


そして、最もな指摘をされてしまい、私は言葉に詰まった。



リリスさんの言っていることはよく分かるし、私も薄々そんな気はする。


シルヴィ様は国政に深く携わっている立場だし、気付けばドレスの犯人探しも彼が指揮を取っている。


王宮に行けばよく彼に会うし、何かと私の近くにいることが多い気がするし、今思うと怪しいところはいくつかある。


それに、リオス様は何故かシルヴィ様を警戒している。


それが何を意味しているのか全く分からないけれど、彼らの間に《何か》が隠されているのは間違いなさそう。




「そんなに気になるなら、行けばいいんじゃない?」


暫く考え込んでいると、隣で話を聞いていたフィオさんに軽い口調で言われ、思考が停止した。


「いやいや。そこのお店気になるなら、行けばいいんじゃない的なノリで言わないでよ。死ぬかもしれないんだよ?」


すると、すかさずリリスさんの鋭いツッコミが入り、私は彼女に同調して大きく頷く。


「丸腰で行くわけじゃないんだし、それなりの準備をすればいいじゃない。それに、護衛するのは私達以外にもいるんでしょ?てか、この話聞かれていいの?」


そう言うと、フィオさんは先程から背後霊のごとく私の後ろに立っている騎士に怪訝な目を向けた。


「えと、おそらく大丈夫だと思います。この方はヘリオス家直属の騎士団なので、ネックレスの調査に関することなら粗方許してくれ…………ますよね?」


「…………」


説明してて段々と不安になってきた私は、念の為騎士に確認してみると、案の定何も返事はこなかった。



オルファナから帰ってきて以降、宣告通り監視されることになった私は、こうして屋敷を出れば四六時中護衛に見張られている。


だけど、唯一救いだったのが、護衛騎士を選定してくれたのがお母様であること。


それはネックレスの調査を容認する意味も込めて、ラグナス家ではなく敢えてヘリオス家の騎士を指定してくれた。


だから、大抵のことは許されるのだろうと思ってはいるのだけれど……。


なにせ私と全く会話をしてくれないので、何を考えているのか全然分からない。


「まあ、いいわ。存在がいちいちウザイけど、何も言わないってことはいいんでしょ」


一方、リリスさんはあまり気に留めることなく、失礼なことを平然と言ってのける。けれど、騎士の方は表情ひとつ変えず、石像のようにその場で微動だにしない。




「それにしても、リリスさんが無事に帰ってきてくれて本当に良かったです。あれから、ずっと心配だったので……」


今日もここへ来るまでは、どうなのか不安だったけれど、ギルドの扉を開いた瞬間彼女の姿を目にしてホッとした。


「アルトは悪い奴じゃないからね。……まあ、色々説明したら一応は納得してくれたかな」


すると、何故か最後には視線を逸らしてきたリリスさん。

心なしか目が泳いでいるようにも見えて、何だか少し様子がおかしい。


ああは言っていくれているけど、やっぱり彼との間に何かあったような気がして、再び不安が襲ってくる。



「それで、ラグナスのお嬢さんはどうしたいの?その地下資料庫に行きたいのであれば、正式に依頼を受けるけど」


更に探りを入れてみようか迷ったけれど、本題に戻されたので、この話はここで終了。


「そうですね……。もし、これが罠だとしたら、黒幕の正体がはっきりすると思います。いずれにせよ、ここまで踏み込まなければ、いつまでも答えに辿り着けない気がするんです。だから、是非お願いします」


そして、少し考えた結果、忠告をしてくれたリリスさんには申し訳ないけれど、行くという選択肢をとった私。


そもそも、ここに足を運んでいる時点で答えはもう決まっている。



「まったく、相変わらず強情なんだから。どうなっても知らないからね」


そんな私を、リリスさんは心底呆れたような目で見てくる。

でも、なんだかんだ言って助けてくれるので、その優しさに甘え過ぎるのもどうかなと。今更ながらに少し罪悪感が湧いてくる。



「それで、清掃業者とか地下資料庫の情報はあるの?」


「はい。シルヴィ様から色々と教えて頂きました」


フィオさんの質問に対して大きく頷くと、私はポケットから四つ折りにした見取り図を取り出し、カウンターの上に広げた。


「地下資料庫はかなり広大な敷地らしく、清掃員は百人近くいるそうです。全員日雇いで、従業員管理はシルヴィ様が行っているので、私達が混じってもそれなりの格好をすればバレることはないだろうと言ってくれました」


そこまで説明すると、見取り図の一番上に記された赤いバツ印を指差す。


「今回の最終目的地は地下資料庫の最奥にある部屋で、そこにはかなり古い史書が保管されているそうです。普段は施錠されているのですが、清掃の時だけは一部の部屋を除いて大体が解錠されるみたいです」


そして、聞いた情報をそのまま伝えると、リリスさんは渋い顔をして考え込んでしまった。


「随分と手厚いね。まるで、鼠取りに餌をチラつかせているみたい。そのシルヴィって男、本当に大丈夫なの?」


それから、再び鋭いところを突かれてしまい、私はどう返答すればいいのか言葉に迷う。


確かに、少しの不自然さは否めない。

でも、シルヴィ様はこれまで何かと私を助けてくれるし、今回もただの親切心からということであって欲しい。


でも、これまでの経験上そんな単純な話で済んだことは一度もなかったので、やっぱりここは裏があると思った方が正しいのかもしれない。


「真意は分かりませんが、フィオさんが言うように、怪しいと踏んでいるならこちらも十分備えていけば何とかなると思います。それに、大分色褪せてしまいましたが、壊れてはいないので、このネックレスの力はまだ残っているはずです。無謀過ぎるのはよく分かっていますが、私は持てる力を全部出し切ってでも、今回の作戦に賭けてみたいんです」


そして、これが全ての終止符となるように。

そんな願いを込めて、私はリリスさんの目をまっすぐと見つめた。



「…………まあ、あんたの強情さは今に始まったことじゃないけど」


暫く口を閉ざしていたリリスさんは、小さく溜息を吐くと、険しかった表情が少しだけ緩んだ。


「クレスがそれだけ覚悟しているのなら、私も応えるしかないよね。あんたを守るって言葉、嘘で終わらせたくないし」


それから、改めて私と向き合うと、リリスさんは右手を差し出してきた。


「それに、私もクレスみたいに保身は捨てることにした。だから、その話に乗るよ」


そして、やんわりと微笑むリリスさんから発せられた“保身”という単語に、私はハッとする。


オルファナの時、自分は逃げていると悲観していた彼女のその言葉には、どれ程の想いが込められているのか。


この揺るがない瞳を見れば、それは自ずと伝わってくる。


「ありがとうございます。それでは、改めてまたよろしくお願いします」


再び危険なことに巻き込んでしまう申し訳なさはあるけれど、今はリリスさんの気持ちが純粋に嬉しいと思えて。私も満面の笑みで彼女の手を握った。





こうして、ここから綿密な計画が立てられ、最終的に潜入する人数は私含めて七人に決まった。


うち二人は夜の市でお世話になったギルドの人達で、若干の不安はあるけれど、やっぱり実力は申し分ないと言うので今回もお願いすることに。

残る一人は後で選出することになり、そこはフィオさんに全てお任せした。それから、もう二人はヘリオス家の騎士団。


そして、潜入する際は皆清掃員の格好に扮し、最前線・先発・後発の三つのチームに分かれる。

まずは、ヘリオス家の騎士二名には最前線に立ってもらい、資料庫内を偵察して、先発チームの安全を確保してもらう。

私はリリスさんと先発チームに入り、万が一そこで何かあったら、後発組にフォローしてもらう。


こうして三つの護衛を付ければ、いくら罠だとしても大分心強いと思う。






__そして迎えた当日。





「……ねえ、毎回思うんだけどさ。クレスって本当に貴族なの?」


打ち合わせ通り、真っ白い頭巾と黒縁メガネをかけ、薄汚れた黒いワンピースを着て現地に向かったら、なぜか真顔でリリスさんにとても失礼なことを言われた。


「酷いです。こう見えて第二公女なんですけど」


「だって、私と会う時いつも町民の格好しかしていないじゃん」


露骨に疑いの目を向けられたのが悔しくて反論してみたら、最もな指摘をされてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった。


それならば、この作戦が無事に終わった暁に、盛大なお茶会を開こうと密かに目論む私。勿論、リリスさんにはフリフリのドレスを着させて。



それはさておき、既に他のギルドメンバー達も到着しているそうだけど、皆上手く紛れ込んでいるので、どこに誰がいるのか全く分からない。


とりあえず、先発組である私達は前列の方へとまわり、雇用人の指示に耳を傾けた。


清掃工程は、まず一年分の埃をとった後、棚や保管庫の床などを水拭きするという至ってシンプルな内容。

だけど、何せ面積が広いので、かなり重労働になるのだとか。


そして、資料庫内に照明はあるけれど、窓がない分中は薄暗いので、全員にランタンを渡された。


こうして一通り説明を受けると、早速作業が開始され、私達は地下資料庫の入り口まで向かう。


地下というだけあり、建物は地面に埋め込まれているので、外からではどれぐらいの広さなのか全く予測が出来ない。


地上にあるとしたら、一般民家程の大きさの石壁で出来た管理棟で、そこには関係者しか入れないように警備隊が何人も配置されていた。


まずは最前線組であるヘリオス家の騎士二人が雇用人達の後に続き、倉庫の中に潜入する。


果たして警備隊の横を無事に通過出来るのか、少し緊張しながら遠目で見守っていると、変装が良かったのか。全く警戒されることなくあっさりと関門を突破していったので、私は胸を撫で下ろした。


それから、その数分後に私達先発組が清掃道具を持って資料庫の中に潜入する。


最前線組同様、警備隊に止められることはなく、私達は資料庫に続く長い階段をゆっくりと降りていった。


中は説明の通りとても薄暗く、通路脇には等間隔に照明が設置されているけれど、足元は非常に見えづらく、少しでも目を離すと足を踏み外しそうで、私は慎重に階段を降りる。


そして、ようやく地下に到達すると、目の前には地上では想像出来ない程の果てしなく長い通路が四方に伸びていた。


確かに、これだけ広いと、多いと思っていた清掃員百人という数は妥当なのかもしれない。


それに、保管庫の数は無数にあるので、これなら少し怪しい動きをしても誰にも気付かれないと思う。



清掃エリアはある程度定められているけれど、細かい所までは指定されていないので、どの保管庫を清掃するかは早い者順。

なので、騎士達には最北端の部屋を真っ先に確保してもらい、私達は遅れて合流した。



ここまでは計画通り。


なんの障害もなく目的地にあっさりと辿り着いたので、気を張っていた分、何だか少し拍子抜けしてしまう。


ひとまず、騎士達には怪しまれないよう真面目に清掃してもらい、私とリリスさんは史書のある保管庫を探すことにした。


部屋はそこそこの広さで、二十人くらいは余裕で入れるような大きさ。

日が当たらないので湿気が酷く、滅多に人が立ち入らないせいか、カビ臭くて空気が埃っぽい。


そして、全長二メートルはある保管庫が等間隔にずらりと立ち並び、果たしてここから探し物を見つけることが出来るのか、段々と不安になってきた。


「あ、クレス。ここに案内板があるよ」


すると、小さな黒い石盤の前で手招きしているリリスさんの下へ行ってみると、そこには保管している資料の大まかな内容が記載されていて、数字別に分類されていた。


財務・国政・国内情報・外国情報など正しく国の大事な情報が詰まっていて、こんな所に民間人が簡単に入っていいものか甚だ疑問に感じる。

ただ、開放されている部屋は全て過去の資料しか保管されていないので、万が一人の目に付いても大丈夫だとシルヴィさんは言っていた。


そして、案内板の中に”歴史”という文字を見つけ、その隣には”352”という数字が記載されている。


もしかして、これは保管されている棚の管理番号なのか。

そう思い、私はランタンを棚に近付けて隅々まで確認してみると、側板の中心部に三桁の数字が掘られているのを見つけた。


それから、リリスさんと手分けして”352”という数字を探していると、部屋の最奥にある棚に辿り着く。


なんとか史書がある棚を特定出来たのは良かったものの。段数が多い上に、横幅が五メートル近くある中、ここから一冊の本を探し出すのは至難の業な気がしてきた。


「これ、清掃中に終わる?そもそも、本のタイトル知らないし、中身見ながら探すんじゃ日が暮れそうじゃない?」


聳え立つ大きな本棚を前に茫然と立ち尽くすリリスさん。

確かに、タイトルを知らないで探すとなると、かなり手間と時間がかかる。

だけど、ここまで来た以上はやるしかない。


そう気合を入れた矢先だった。


「あれ?あそこにある本、なんか少しだけ飛び出てませんか?」


ふと視線を本棚の上に向けると、視界の片隅で捉えた違和感。

まるで、ついさっきまで誰かが見ていたかのように、綺麗に整頓されている中、その本だけが少し乱れた状態で置いてあった。


「なんか滅茶苦茶怪しい気がするけど、とりあえず見てみる?」


リリスさんの提案に私は頷くと、近くにあった梯子を使って、上から三段目にある古びた本を取り出す。


そして、目次のページを開いてざっと目を通してみたけれど、そこには一般常識が書いてあるだけで、私達が欲しい情報は特に何も記載れていなかった。


「何これ?これで空振りって意味分かんない。絶対何かあるでしょ!」


それがよっぽど悔しかったようで、リリスさんは本を投げ捨てると、梯子を登り、灯りを照らしながら本が置いてあった場所をくまなく調べた。


「……やっぱり。ここにあった」


すると、本棚の奥に何かを見つけたのか。

リリスさんは意気揚々とある場所を指差し、私はもう一つの梯子を持ってきて中を除いてみると、そこには小指の先よりも小さい金具がくっ付いていた。


「昔、隠し財産を見つけて欲しいって依頼を受けたことがあって、その時の棚と造りが似てるなーって思ったんだよね。それで、ここにはカラクリがあって……」


そこまで話すと、リリスさんは飛び出た金具を指先で摘み手前に引くと、小さな扉が開き、そこから手のひらサイズの冊子が現れた。


「リリスさん、これって……」


「おそらく、これが私達の探しているもので間違いないと思う」


私の問い掛けに対してリリスさんは自信満々に答えると、冊子を手に取り、梯子を降りてから中を開くと、そこには切り貼りしたメモが沢山並んでいた。





“・レーテ大司教暗殺計画の流れ

◯月×日、午後八時。オルファナの大聖堂内にて実行。

殺害方法は刺殺が推奨。なるべく防御創を目立たせるように。

殺害後はネックレスを回収し、カラニアにあるダミーの教会に隠す。

そして、内乱を起こさせるように、ネックレスはレーテ教徒が奪ったと嘘の噂を流すこと。(噂の流れが悪ければ、更なる争いを促進させるために、他のレーテ教徒を殺することも厭わない)



・暗殺後のエーデル国内レーテ教徒割合。

エーデル国統合から比べて三分の二数に減少。

経過は良好。引き続き、動向を監視するように。



・ネックレス紛失事案

◯月×日、カラニアに保管されているネックレスが何者かに奪われた。

犯人は内部犯か、或いはレーテ教徒か。

とにかく、ネックレスの力は強大であるため、一刻でも早く見つけるために国の最優先事項として調査部隊を作ること。“





「……これって、アルトが言ってた通りのやつじゃん」


最初のページを開いた途端、真っ先に飛び込んできた文面に私達は唖然とする。


そこには求めていた情報が綺麗に整理されていて、まるで私達のために用意された代物ではと錯覚してしまうほど。


それから続けてページをめくると、そこから先は暫く調査関係の資料が貼られてあり、冊子の大半はそれで占めていた。


一体どれ程の年月をかけて調査していたのかは分からないけれど、この資料の数を見た限りだと、相当苦戦していたのかもしれない。


そして、残り数ページにしてようやく違う内容のメモが貼れてあり、それを見た瞬間、私達は絶句した。



“◯月×日ようやく窃盗犯を突き止めた。

名前はレーテ教の重役であるコルラッド・ブラウン。

年齢は七十代前後の男。

どうやら大司教殺害に疑問を抱いていたようで、王宮内に偵察員を送り込んでいたらしい。

偵察員は拘束し、尋問後、男の居場所が判明。

調査隊を送り込ませて詰問したが、ネックレスは既に誰かに渡しており回収出来ず。コルラッドについては拷問に耐えられず後に死亡したので、振り出しに戻ってしまった。

引き続きネックレスの行方について調査を続ける。“




「コルラッド・ブラウンって……。もしかして……」


まさかとは思うけれど、この男の姓がリリスさんと同じであることと、レーテ教の重役であるということは、おそらくリリスさんの親族で間違いないような気がする。


それを確かめようと恐る恐る彼女の顔色を伺うと、リリスさんは表情が固まったまま微動だにしない。


その時、冊子からヒラリと二枚の紙切れが落ち、拾い上げてみてみると、一枚目は古びた広報誌の切り抜きで、二枚目は報告書の写しだった。


広報誌の内容は十年前の処刑リストであり、そこにはリリスさんの両親の名前が書かれている。

そして、二枚目には目は細かい文字がびっしりと並んでいて、そこにはこう書かれていた。



“【調査報告書】


長きに渡り調査した結果、コルラッドの末裔がオルファナにいることが判明。しかし、こちらの動向に気付いたのか、王都に逃げられる。

その後、居場所をつきとめ、調査隊を送りブラウン夫妻とその子供を拘束。子供を使って脅しをかけたら、自宅にコルラッドの日記が保管されていることを吐いたので、当日記を回収。

その日記の概要は以下の通りである。


・コルラッドの逃亡先は王都からかなり離れた、紛争があった土地。

・その土地はヘリオス侯爵家の領地。

・コルラッドが追手に勘付き、再び逃亡しようとしたところ、偶然当主と知り合い、密かにネックレスを渡す。その際に、ネックレスのことは絶対に公言するなと警告した。


日記については数十年前のものであり、現在ヘリオス家にはクレスという小さな娘が一人いる。

しかし、ヘリオス侯爵は後に病死。他の兄弟も短命一族なのか、若い頃に病死。ヘリオス侯爵位は、妻であるフロリアに受け継がれるも、政には不慣れなのか勢力は衰退。その数年後、フロリアはラグナス公爵と再婚し、妻と子はラグナスの人間となる。


おそらく、ネックレスの所有者はクレスかフロリアである可能性が高い。

しかし、皇族に最も近い公爵令嬢と夫人を過去の罪で拘束するのはほぼ不可能。

よって、新たな罪を作って拘束することが得策であると考える。“




そこまで読み終わると、私は怒りで体が徐々に震えてきて、気付けば報告書を握る手に力が入り、紙にシワが出来てしまった。



これでようやく全貌が明らかになった。


そして、この国の正体も。


一体このネックレスがエーデル国にとってどれ程の脅威になるのか分からないけれど、決して他人を殺害していい理由にはならない。


これでは、ならず者と何も変わらない。

しかも、それが国を挙げてのことだから余計タチが悪い。



アルトさん達の話を聞いた時は、エーデル国の名にかけて何かの間違いであって欲しいと願っていた。


けど、その願いも今となっては呆気なく砕け散り、残ったのは深い失望と怒りと、悲しみ。


しかも、この報告書の宛名には現在の国王陛下の名前が記載されており、右下には国印が押されているので、おそらく本物で間違いない。


そうなると、次期国王となるリオス様もこの件は全て把握済みなのだろうか。



嘘だと思いたいのに。

彼を信じようと決めたのに。

この報告書がその意思を邪魔しようとする。



あまりのショックに視界が段々とぐらついていく。


そして、胸が締め付けられるような感覚が襲ってきて、次第に呼吸が上手く出来なくなり始めた時だ。



「クレス、口を塞いで!なんだかこの部屋、変な匂いがする!」


突如緊迫したリリスさんの叫び声が響き、私はふと我に返る。


気付けば、いつの間にか周りの空気が澱んでいて、リリスさんの言う通り、部屋中薬品のような匂いが充満していた。




まさか、この眩暈はショックのせいじゃなくて、罠!?




__そう思った次の瞬間。




「ぐっ!」



部屋の入り口辺りから、金属音がぶつかる音と共に騎士達の呻き声が聞こえ、私達は慌てて駆け出す。


すると、いつの間に侵入していたのか。そこには他の清掃員男三人が刃物を持って騎士達に襲い掛かっていて、うち一人の腰には蓋が空いているガラス瓶がぶら下がっている。

おそらくこの臭いの源はあのビンからで、あれをなんとかしないとこっちがやられてしまう。


「毒ガス使うなんて、超卑怯じゃん!マジで許さない!」


敵のやり口に怒り心頭のリリスさんは、清掃用で首に掛けていた白いナプキンを口元まで引き上げ、両脇に隠し持っていた二つのナイフを手に取って、騎士達の応戦に向かう。

すると、少しだけ敵の動きが鈍り始めた。


流石はリリスさん。

騎士達も戦い慣れているのかもしれないけれど、それ以上にリリスさんの動きが上回り、騎士達よりも素早く攻撃を防いで反撃を仕掛けていく。


だけど、敵も負けじとリリスさん達の動きに付いてきて、隙を狙っては刃物を振りかざす。


両者共に負けじ劣らずの戦い。

リリスさん達は何とかビンを奪おうとしても、上手く交わされてしまい、なかなか毒ガスを止めることが出来ない。


私が応戦できれば状況は変わっていたかもしれないけれど、生憎この部屋には武器になるようなものは何も置いてなく、もどかしさに苛立ちが募る。


次第に充満している薬品の臭いは益々強くなっていき、体内に毒が回り始めているのか。眩暈はどんどん酷くなり、視界に黒いモヤが掛かっていく。



その時、刃物が地面に放り出されると同時に、騎士達の体が後ろに倒れた。

そして、リリスさんの動きも始めに比べて勢いが急激に鈍くなり、毒ガスの影響が顕著に出始めている。


敵はちゃっかりガスマスクを付けているので、何ら影響はなく。

一方、リリスさん達は布切れ一枚なので、激しく動けばそれもあまり意味をなさない。

むしろ、その状態であそこまで動けることが心底凄いと思う。


けど、そんな悠長なことを言っている場合ではない。


遂に戦闘力がなくなってきたリリスさん達は、敵の攻撃を防ぐことで手一杯になってきた時だった。


「ぐっ!」


突然敵の一人が苦しそうに背中を抑え、何事かと視線を向けると、男の背には長い矢が突き刺さっていた。


すると、今度は次々と矢がどこからともなく飛んできて、優勢だった男達の体に容赦なく突き刺さっていく。


そして、ものの一分もしないうちに、まるで麻酔銃にでも撃たれたかのように、呆気なく意識を失ってしまった。



「大丈夫か!?」


その時、クロスボウを手にしたアルトさんが勢いよく部屋の中に入ってきて、思わぬ人物が現れたことに、私は一瞬呆気にとられてしまった。


「あ、アルトさん?なぜここに?」


確か、彼は王都に行くことを頑なに拒否していた。

それに、身分がバレた時、私に対して思いっきり敵視していたのに。



「話は後だ。とりあえず、こいつらをさっさと外に出すぞ」


そう言うと、アルトさんに続いて後発組のギルドメンバー達も部屋の中に入ってきて、敵が持っていた所持品と一緒に資料庫の入口へと戻っていった。




それから、アルトさん達は入口に立っていた資料庫の警備隊に侵入者がいたと通報し、男三人はそのまま何処かへ連行された。


そして、毒ガスが充満している部屋は立ち入り禁止となり、侵入者が出たということで清掃は急遽中断され、日を改めて実施することになった。




こうして、地下資料庫の外に出た私達は、まずはリリスさん達を休ませるために管理棟の脇にある木陰スペースに移動した。


あまり人数が多いと目立つので、リリスさんとアルトさんと護衛騎士一人を残して、他のメンバーはここで解散してもらうことに。


私はお礼も兼ねて三人を見送ると、小走りでリリスさん達の方に戻った。



「それにしても、まさか、アルトさんが応援に来てくれるなんて、本当に驚きました。あの時、完全に見放されたと思っていましたので。また助けてくださって本当にありがとうございます」


どんな事情があったのか分からないけれど、こうして来てくれたことが凄く嬉しくて。

私は改めてアルトさんの方に向き直すと、深々と頭を下げる。


「いや、こっちもちゃんと話を聞かなくて悪かった。リリスからあんたのことを聞いたよ。あと、女神のネックレスについても」


「え?」


すると、思いがけないアルトさんの返答に、私はリリスさんの方に勢いよく視線を向けた。


「あー……ごめん。こいつがあまりにもしつこかったから、クレスの状況話しちゃった。それに、あんたが勘違いされるの、私は耐えられなかったし」



なるほど。


だからリリスさんは私から目を逸らしたんだ。



ふと昨日のギルド内でのやり取りを思い出し、納得した私は小さく頷く。



「謝るのは私の方です。私がしっかりとアルトさん達に話せばよかったのに……。気を遣わせて申し訳ないです」


やっぱり、何事にも目を背けてはダメだと。

身をもって痛感した私は深く反省すると、首に下げているネックレスを外してアルトさんの前に差し出した。


「これがその問題となっているネックレスです。ただ、既に力を二回も使っているので、始めの頃の神々しさは失ってしまいましたが……」


この色を見て、アルトさんはどう思うのか。私は緊張しながら彼の反応を待っていると、アルトさんはネックレスを手に取りまじまじと見た後、すぐ私に返してきた。


「正直、俺には神力なんてないから、これにどれ程の力が込められているのかよく分からない。でも、一目見てみたいと思っていたから、それが叶って良かった」


そして、険しかった表情が少しだけ和らぎ、私の緊張の糸も少しだけ緩んだ。


ネックレスを独占していたことに対して、責められるのではと覚悟していたけれど。それは全くの杞憂だったことがここでよく分かり、こんなことなら、もっと早く見せればよかったと今更ながら後悔してきた。



「それで、何か情報は掴めたのか?」


それから本題に戻ると、リリスさんは突然不敵に笑い出し、懐からある物を取り出した。


「リリスさん、それって……」


「うん。持ち出してきた。だって、あんな罠仕掛けてきやがったんだから、これぐらいの対価は当然でしょ」  


そう鼻高々に話す彼女の神経の太さには、相変わらず圧倒させられる。


そして、おそらくバレたら即死刑ものになりそうなので、念の為周囲に人がいないか確認した。





◇◇◇





「……なるほどな……」



暫くの間、黙々と冊子に貼られているメモと報告書を読んでいたアルトさんは、溜息を吐いた後、それをリリスさんに返した。


「それで、地下資料庫での襲撃か……。つまり、犯人はそのシルヴィという男の可能性が高いということか?」


そして、核心突く質問に、私は小さく頷く。


「そうですね。ただ、その報告書は国王陛下宛てなので、シルヴィさんだけの話ではないかもしれません。もしかしたら……」


そこまで話すと、再び脳裏に愛しい人の顔が浮かび上がってきたので、それを掻き消すために思いっきり頭を振る。 


 

嫌だ。

考えたくない。

例え、彼の可能性が否定出来なくなったとしても、私は最後まで信じていたい。



理想と現実がぶつかり合って、頭と心がぐちゃぐちゃになる。


でも、ここでしっかりと見極めなければ、大事なことを見落としてしまうかもしれない。



「リリスさん。その冊子ちょっと見せてください」


あの時は薄暗い部屋だったし、メモを読むのに必死で全然気にならなかったけれど、この明るい太陽の下で見た時、ある違和感を感じた。


その違和感を確かめるために、渡された冊子の表紙をまじまじと眺める。


「どうしたの?なにかあった?」


「いや……。貼られている資料はかなり古いのに、この冊子の紙質がやけに新しいなと思って」


まるで、この時のためだけに用意してくれたような。

そもそも、この資料が貼られている配置から見てもそんな感じはした。それに、見つけやすいように本の位置も少しずれていた。


「なんか、さっきから腑に落ちないんだよな。悪質な罠は仕掛けられたけど、そんな大事な情報を餌にするなら、もっと大掛かりに仕掛けてもいいと思うんだが……」


すると、渋い顔をしながら指摘してきたアルトさんの話に、私も引っ掛かるものを感じ、顎に手を充てて考えてみる。


確かに、ドレスの時といい、夜の市の時といい、これまで仕掛けられた罠は巧妙で、こちらが避けるような余地は何もなかった。

だけど、今回はこんなにあっさりと制圧出来てしまった。


それだけ準備が良かったというならそれまでだけど、果たして本当にそれでいいのか段々と不安になってくる。



「あ、いたいた。君達ちょっといい?」


その時、遠くから雇用人の声が聞こえ、私は慌てて冊子を懐に隠した。


「さっきの不審者なんだけど、警備隊が襲われた時の状況や人相について詳しく知りたいらしんだ。向こうで話聞かせてもらってもいいかな?」


そう言われて断る理由は何もないので、私達は大人しく使用人の後に続き、管理棟へと引き返す。



すると、ふと視界の隅である人影を捉え、私は思わずその場で立ち止まり、後ろを振り返った。


「クレス?どうしたの?」


突然立ち止まったことに、リリスさんはきょとんとした目を向けてきたけれど、私は構わず管理棟とは逆方向へと走り出す。


「すみません、ちょっと確かめたい事があって!すぐ戻るので、先に行っててください!」


もしかしたら、ただの気のせいかもしれない。

ほんの一瞬見えただけだから、むしろその可能性が高いと思う。


だけど、背格好と僅かに見えた銀髪がどうにも引っ掛かり、私は消えた女性の後を追いかける。



まさか、お姉様がここに来ている?


そんなことはあり得ないと思うけれど、なんだか妙な胸騒ぎがして、走る速度がどんどん早くなっていく。


そして、人気のない路地に差し掛かった瞬間、その疑念は確信へと変わった。




「オリエンスお姉様!」



女性の姿がはっきりと確認出来た時、私は大声でその名を叫ぶ。



「クレス?なんであんたがここに……?」


その声に、勢いよく振り向いたのは、紛れもなくオリエンスお姉様。


「それは、こっちの台詞です!オリエンスお姉様、ずっと探しましたよ!」


どんな由縁があってこの場所にいるか分からないけれど、ようやくお姉様の姿を捉えることが出来、怒りと安堵の感情が交差する。


「私も、あんたにずっと会いたかったわ。本当に、この時をどれだけ待っていたことか……」


すると、お姉様は不気味に微笑むと、突然脇からナイフを取り出してきて、私は思わずのその場で立ち止まった。


一体お姉様は何処に身を隠していたのだろう。

身なりにかなり気を遣う人なのに、髪の毛や服が酷く乱れ、顔や体が少しだけ汚れている。


まるで地下牢にでも閉じ込められていたような。

でも、行方をくらませてから二週間以上経過しているので、その割には比較的綺麗だ。



そんなことよりも。

今私達の周りには誰もいない。


私は武器を持っていないし、ここでお姉様に襲われると、圧倒的に不利になる。



やっぱりここは、慎重に行動するべきだったか。


だけど、今となっては後の祭り。


でも、ここで取り逃すわけにはいかない。



私は首元にあるネックレスを握ると、躊躇う気持ちを振り切り、意を決してお姉様の方へ歩み寄る。




__すると、次の瞬間。



突如背後に人の気配を感じた途端、誰かに体を押さえつけられ、同時に口元を布らしき物で覆われた。



これは、まさか……!



この状況に既視感を覚えた私は、慌てて腕を振り解こうとするも。屈強な男性なのか、全くびくともせず、次第に強い睡魔が襲ってくる。



「ナイスタイミングね。そのままこの女を…………って、きゃあっ!」


その光景を満足気に眺めていたオリエンスお姉様の背後には、いつの間にか黒いフードの男が立っていて、私と同じようにお姉様の体を拘束し、手に持っていたナイフを軽々と奪い取った。


「ちょっと!今度は何!?こんなの聞いていない……」


それから、お姉さまは激しく抵抗しようとした矢先。

フード男も布でお姉様の口元を塞ぎ、そこからお姉様の動きがどんどん鈍くなっていく。




黒いフードの男って……


まさか、闇市場に出没していた……!?




そう思った瞬間、辛うじて保っていた意識がプツリと途絶え。まるでシャッターが降りたように、目の前が真っ暗になったと同時に、記憶もそこで止まった。

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