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逃亡生活〜オリエンス視点①〜


「ちょっと、玄関がまだ汚れてるわよ!ちゃんと掃除したの!?住み込みで働かせてあげてるんだから、もっときっちり仕事しなさい!」


「……はい。申し訳ございませんでした」



くそっ、この醜いデブ女が!

公爵令嬢の私に説教するなんていい度胸だわ。

いつかラグナス家に戻ったら、あんたみたいな田舎の下級貴族なんて速攻潰してやる!



私は喉まで出かかった言葉を何とか飲み込むと、鬱憤を晴らすため水に濡らした雑巾を力の限り絞り上げた。




__ラグナス家から逃亡して早一週間以上が経過。



最低限の資金だけでどこまで凌げるのか始めは不安だったけれど、今はこの集落の男爵家に住み込みで働いているので、何とか衣食住は確保出来ている。


それもこれも、全部この美貌のおかげだ。


そもそもとして、逃亡先をカラニアにしたのは、ただの思い付きだった。


王都から結構離れているので、辺境の地に行けば貴族でも私を知る人間は殆どいないし、過去に何度か来たことがあるので少しは土地勘がある。


それに、万が一野宿になったとしても暖かい地方なので、真夏じゃない限り比較的過ごしやすい。


だから、迷わずこの場所を選んだけれど、問題は移動がかなり大変ということ。


鉄道を使えば二時間ちょっとで辿り着くけど、そこには警備隊が彷徨いているので下手に潜入することが出来ない。

それ故、移動手段は馬車しかなく、最低でも二、三日はかかるので、目的地に到着した時は体がかなり衰弱してしまった。


それから、休憩するために誰もいない海岸に向かったら、丁度ここの主に声を掛けられ今に至る。


主は優しく「介抱する」と言ってくれたけれど、下心は見え見えだった。


それから、不当に借金を背負わされ、借金取りから逃げてきたと適当に話を作り、悲劇のヒロインみたいな雰囲気を醸し出せば、あとはこちらの思う壺。


今でも主は私の話を信じ込み、使用人の立場ではあるけれど、下心を利用した成果が実り、裏では密かに寵愛を受けている。


その状況に薄々勘づいているのか。男爵夫人はことあるごとに私を目の敵にし、こうして色々といちゃもんを付けてくる。


聞くところによると子供には恵まれず、夫婦関係はあまり良好ではないみたいだから、余計なのかもしれないけど。それでも、年齢が四十以上も離れている女に色目を使うなんて、この主も相当ロリコン気質で気持ちが悪い。




……ああ、早くリオス様に会いたい。



毎日毎日太ったロリコン男ばかり見ていると、そのうち目が腐りそうになる。


私を好きに触れていいのは、見目麗しいリオス様だけ。


体の芯まで溶かされる透き通った綺麗な眼差しに、心地良い美声。

細くて長い指に、ぷっくり膨れた魅惑的な唇。

それら全部を独り占め出来るのは、この私だけなのに。


彼に疑いの目を向けられて以降、それが狂ってしまった。


だけど、彼が私を心から愛していたのは確かだ。

だから、そう簡単に私を忘れることは出来ないはず。


いつか地位を取り戻したら、またあの手この手でリオス様を取り戻す。

間違ってもクレスだけには絶対に渡さない。



あの女の顔が脳裏に浮かんだ瞬間、再び燃え上がる復讐心。


後から来た余所者のくせに、直系の私が屋敷に入れないなんて、こんな状況絶対にあってはならないのに。



クレスは一体何者なの?

あのフード男は一度死んだと言っていた。

それは今でも信じ難い話だけど、もし本当に蘇っているとしたら、ただの化け物じゃない。


そんな得体の知れない女は一刻も早くあの家から追い出さなければいけないのに、生憎今は身動きが取れない。


だけど、あの男の言うことが嘘でなければ、遅かれ早かれいつかはクレスを葬り去ってくれるはず。


そして、所定の場所に行けば、私を罪から解放するとも言っていた。


それもかなり胡散臭い話だけど、この状況を打開するには、その胡散臭さに縋り付くしかない。


ここに着いてからお父様にこっそり手紙を送ったけれど、未だ返事が来ないということは、あまり良い結果ではないかもしれないし、最悪、通報されてしまう可能性もある。


でも、あと数日後には約束の日を迎えるし、万が一調査団が来ても上手いことまた逃げれば何とかなるかもしれない。




「そういえば、明日は生誕祭か……」


ふと何気なく近くにあったカレンダーに目を向けると、明日の日付に赤い印が付いてあり、思わず独り言が漏れ出る。


これまで色々あり過ぎてすっかり忘れていたけれど、生誕祭は一年の中で一番私が輝ける日だ。


貴族令嬢最大の名誉である、開催式で献花を運ぶ役。

そして、令嬢達の前でリオス様との仲を見せびらかす。


その時の優越感ときたら、今思い出すだけでも体が震えてくるくらい。


今年も例年通り、リオス様のパートナーとして彼を独占するはずだった。

だけど、あの女のせいでそれも全部覆されてしまった。


今では会うことも許されない現状が悔しくて仕方がない。

せめて、リオス様の姿を一目見ることが出来れば…………。



その時、ふとある考えが脳裏に浮かび、タイルを磨いていた手の動きがぴたりと止まる。


そうだ。

生誕祭に行こう。


その日は人が多いから警備の目も上手く誤魔化せそうだし、何より生誕祭では王宮の敷地が一般公開されるので、上手くいけばリオス様のお顔が見れる。


あのロリコン男にちょっと甘えれば、きっと私を上手く王都まで送り届けて、数日分の宿代まで用意してくれるはず。


それに、フード男が指定した場所も王都なので、どのみちあと二日後には向かうのだから、一日早めたところで何ら問題はないと思う。


「そうと決まれば、善は急げね」


私は小さくほくそ笑むと、手に持っていた雑巾をバケツに放り込み、足早に自室へと戻って作戦を練ることにした。




__翌日。



案の定、ロリコン男に少しだけ夜の相手をしてあげたら、私の要望を疑いもせず受け入れてくれた。


とりあえず、借金取りに追われているという設定なので、人目がつかないようにしたいとお願いしたら、変装セットを用意してくれた。


そして、音信不通になった親を探したいという理由を付けたら、あっさりと一週間分の宿代をくれた。


本当に、色事に弱い単純な男で良かった。

おかげで、列車移動も可能になり、資金もたっぷり確保出来たので、これで何の支障もなく王都に戻れる。



生誕祭の式典には全ての貴族が出席するので、男爵夫妻も王都に行くことになるけれど、私は一足お先に旅立つことにした。



優雅に列車の旅を満喫していると、気付けばあっという間に終着駅に到着し、私は颯爽と汽車を降りる。


今は茶色いショートカットヘアーのカツラと帽子を被って眼鏡まで掛けているので、身元がバレることはないはず。


それに、こういうのは変にコソコソしていると逆に目立つので、堂々としていれば大衆に溶け込みやすい。



こうして難無く改札を抜けると、久々の王都の空気を味わうために大きく息を吸う。


ここを離れてからまだ二週間くらいしか経っていないのに、なんだか一年近く経っているような気がする。


それだけ、恋しかったせいもあるのか。

やっぱり、私の在るべき場所はここしかないと改めて痛感すると、まずは宿を探す為に市街地へと向かった。



今年は生誕百周年なので、例年よりも街中の装飾が華やかだったり、たくさんの記念品が出回っていたり、珍しい屋台があったりと一際活気に溢れていた。


これまでデビュタントを迎えてから、毎年式典後は王宮での祝賀パーティーに出席していたので、街中のお祭りに行くことは殆どなくなった。


昔は家族と回ったりしていたけれど、クレス達の存在が邪魔であまり良い思い出はない。


一番記憶に残るのは、お母様が生きていた頃初めて私にリンゴ飴を買ってくれたことぐらい。


あの時の味は今でも忘れられないくらい美味しくて、いつかまた食べたいと思っていた。



せっかくだから、リンゴ飴くらいは買っていこうかな……。



そう思い周囲を見渡すと、丁度近くに屋台があったので、ポケットから小銭を取り出そうとした時だった。



「ねえ、知ってる?今回献花を運ぶ令嬢はクレス様だって」


「へー、そうなんだ。私はてっきり違う家の令嬢がするのかと思っていた。……でも、適任っちゃ適任かもね」


「オリエンス様のことがあっても、ラグナス家の地位は絶対的だしね。でも、なんか社交会は荒れそうだよね」


「確かに。まあ、貴族のいざこざなんか、別にどーでもいいけど」


脇から若い女達の話し声が耳に入り、思わずその場で動きが止まる。



そっか……。

今年はクレスが選ばれたのね。


それもそうか。

私が式典に出られない以上、ラグナス家の人間はクレスしかいないもの……。



「……は、ははは……」


改めて自分の立ち位置を認識した途端、自然と乾いた笑いが漏れ出る。


「やば。何あの人、一人で笑ってるんだけど?」


「ダメだよ指さしちゃ。いいから早く行こう」


そんな私に恐怖心を抱いたようで、若い女達は一目散に逃げ出したけれど、そんなことはどうでもいい。


それよりも、私の代わりにクレスが充てられるなんて。

まさか、このままリオス様の婚約者はクレスに変わり、私がなるはずだった次期王妃の座は、あの女に渡ってしまうのだろうか…………。



「…………そんなの、絶対に許さない!」



怒りのあまり心の声が外に漏れ出てしまい、再び通行人の視線がグサグサと突き刺さってくる。けれど、私は構うことなく、リンゴ飴は買わずにある場所へと足早に向かった。




◇◇◇




やっぱり、この変装は完璧ね。

警備隊とすれ違っても、誰も私だと気付かない。



繁華街を抜け、向かった先は王宮の城門前。

一般市民は生誕祭の時でしか城内に入れないので、入り口には沢山の人で溢れかえっていて、予想通りすんなりと門を潜り抜けることが出来た。


ただ、一般公開されているのは庭園だけなので、ここから先は関係者以外立ち入り禁止。


だけど、ここで引き返すわけにはいかない。

このまま、クレスに私のポジションを奪われるのだけは、何としてでも阻止しないといけないから。




私は警備隊の目を盗んで人気のない庭園の裏側に回ると、今は改装中のため閉鎖されている広いテラス席エリアへと向かう。


そこを出ると直ぐに王宮の裏口が見え、通常は門番が立っているけれど、交代の時だけは隙が出来るので、狙うならそのタイミング。



テラスエリアを一気に駆け抜けてから大きな柱の陰に隠れると、運良く交代の時間にあたり、門番達が駄弁っている間に私は小走りで城内へと潜り込む。



生誕祭では大規模な雑踏警備があるので、城内の警備はかなり手薄状態。


なので、普段は城番が点在しているけれど、この時だけはガラ空きとなるエリアがいくつかあり、裏口通路もそのうちの一つ。



こうして、王宮事情を駆使しながら難なくミッションをクリアすると、私はクレスを探しに急いでパーティー会場へと向かった。



見つけたら、パーティーに出席出来ない程ドレス諸共ズタズタにしてやる。


リオス様が愛しているのは、この私。

所詮妹止まりでしかないクレスが彼の隣に立つなんて、そんなことは絶対に許さない。


丁度護身用ナイフを隠し持っているし、人気のない場所で一人になったところを狙えば、警備隊にバレることはない。


それに、今は変装もしているから、声さえ発しなければクレスは私だとは気付かないはず。



こうして頭の中である程度シュミレーションすると、私は脇に隠したナイフの存在を確かめ、小さくほくそ笑む。


それから物陰に隠れて周囲を警戒しつつ、どんどん奥へと進み、突き当たりを曲がろうとした時だった。



「こんなところで何してる?」



突然背後から低い男の声が聞こえ、思わず軽い悲鳴をあげてしまった。



「……あ、あんたは……。なぜここに!?」


咄嗟に振り返ると、いつの間にか背後には黒いフード男が立っていて、少しだけ緊張の糸が緩んだ。


「お前がこそこそと城内に入っていくのが見えたから追いかけてきたんだ。……まさか、バカなことを考えているんじゃないだろうな?」


すると、思惑を見透かされてしまい、私はバツが悪くなって視線を逸らす。


なんで私だと分かったんだろう。

完璧な変装だったのに。


警備隊に見つかるよりは断然マシだけど、これじゃあ計画が実行出来ない。


そもそも、私よりも見るからに怪しいこの男が、何故平然と城内を歩けているのだろう。



__そう思った次の瞬間。



首筋にちくりとした痛みが走り、何事かと男の方に勢いよく視線を戻す。


「あんた、今私に何を……」


したのか?と問い詰めようとした矢先。

指の先が痺れ始め、次第にその痺れは全身へと回っていく。


「まったく。大人しく約束通りの時間に来ればよかったものの。本当に貴族というものは欲に塗れた愚かな人間だな。おかげで余計な手間が掛かる」


その過程を静観しているフード男は、溜め息混じりに吐き捨てると、ゆっくりとこちらに近付いてくる。


そこに身の危険を感じた私は、一刻も早くこの場から逃げようとしたけれど、思うように体が動かず、しまいには膝がガクリと折れた。


「どういうこと?あんたは……一体何を企んでるの?」


その上、段々意識が朦朧としてきて、何とか目を瞑らないよう必死に歯を食いしばり、男を睨みつける。


「余計なことは考えるな。お前はただ、我々の指示に大人しく従ってくれればいい。それで、お前の望みが叶う」


そんな私を嘲笑うかのように。最後には意味深なことを言ってのけると、男の腕が突然伸びてきたところで、意識がプツリと途絶えてしまったのだった。

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