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信じる強さ



「凄い人集り……」


「だから言ったじゃん。うかうかしているとパートナー取られるよって」


パーティー会場に戻ると、一定の場所に令嬢達が集まっていて、おそらくその先にリオス様がいると思われるけれど、なにせ人の層が厚すぎて、ここからでは様子が全く分からない。


例年はお姉様が必ずパートナーとなっていたので、誰も彼に近付くことは出来なかったけど、今年はフリーなので、令嬢達の殺気が凄まじく。出来ることならリオス様とダンスをしたかったけれど、この人集りを見たら先ず彼の元に辿り着くことが難しいような気がしてきた。


「暫く近付くのは難しそうね。私はその辺で適当に時間を潰しているから、ナディアも誰かと踊ってきたら……」



「クレア様、よかったら私と踊りませんか?」


そして、一旦この場を離れようとした矢先。

突然背後から声を掛けられ、私とナディアは一斉に振り返ると、そこには柔らかい微笑みを浮かべているシルヴィ様が立っていた。


「シルヴィ様?……は、はい。喜んで。私で良ければお願いします」


ここで彼からお誘いが来るとは思いもよらず。私は困惑の色を隠せないまま、ぎこちなく手を差し出す。


何やら隣から熱い視線をひしひしと感じるけれど、私は構うことなくナディアに目配せすると、シルヴィ様に連れられダンス会場へと向かった。



会場へと向かう道すがら、シルヴィ様もリオス様に負けじ劣らずの人気者なので、行き交う令嬢達の視線がぐさぐさと突き刺さってくる。


こうして、また一つ悪い噂が流れそうな気配がするけれど、そこは気にしないようにして。

私達は舞台の中心までいくと、静かな旋律を奏でる楽曲に合わせながら、一歩足を踏み出した。




「こんな風に誰かと踊るなんて数年ぶりです。こうしたイベントは殆ど不参加でしたので」


「そうなんですか?シルヴィ様ならお誘いが絶え間なく来そうですけど?」


「普段は全部断っています。実は、こう見えて女性が少し苦手なので」


「そ、そうだったんですね!?」


軽やかなステップを踏みながら何気ない会話を楽しんでいると、意外な彼の一面を知り、思わず声が大きくなってしまった。


何事も冷静沈着で、そつなく物事をこなし、社交性も抜群なシルヴィ様にそんな弱点があっただなんて、とても想像出来ない。


シルヴィ様を本気で狙っている人達の話はよく聞くし、日頃から女性に言い寄られているという噂も耳にしてるので、もしそれが事実だとしたら少し気の毒に感じる。



「それでは、無理に私の相手をしなくて大丈夫ですよ?」


もしかして、孤立させないように気を遣って下さったのか。


だとしたら、その気遣いはとても有難いけど、流石に申し訳なさ過ぎるので、ある程度踊ったらこちらから身を引いた方がいいかもしれない。



「いえ、ご心配には及びません。それに、クレス様と少しお話したかったので。……実は、とある噂を耳にしまして……」


すると、何やら不穏な会話の流れに不吉な予感がしてくる。


「無許可で屋敷を飛び出し、オルファナ地方に出向いたという話は本当ですか?」


そして、その予感は見事的中してしまい、頭が真っ白になった私は体の動きを止めてしまった。


「えっと……。それは……」


何故シルヴィ様がこの話を知っているのか訳が分からず、頭の中が混乱し始め、次第に冷や汗が垂れてくる。


お父様はこのことは内密にしておくと言っていたのに、一体どこから情報が漏れてしまったのだろう。


それよりも、この状況をどう乗り切るか。

シルヴィ様の前で下手な嘘を付くと、更に墓穴を掘りそうな気がして。短時間で思考を巡らせた結果、ここは素直に認めようという結論に至った。



「……はい。間違いありません。どうしても調べたいことがあって、身勝手な行動をしてしまいました」


白状してから恐る恐る彼の顔を覗くと、いつの間にかシルヴィ様から笑顔が消え、真剣な目でこちらを見据えている。


「もしかして、それはレーテ教に関することですか?」


そして、ずばり目的を言い当てられてしまい、私は躊躇いながらも無言で首を縦に振った。


「カラニアの時もやけにレーテ教について関心を示していましたね。よろしければ、そこまで拘る理由を私に教えて頂けませんか?」


それから、今度は憂いを帯びた目を向けられてしまい、ここまで追求されてしまったら、もう後には引けない。


でも、これはかえって良い機会かもしれない。


シルヴィ様はかなり博識で、聞けば大体のことは答えてくれるし、国王陛下の秘書補佐官なのでレーテ教とエーデル国の歴史については人より詳しいはず。


果たして求めている答えが返ってくるかは分からないけど、一か八かで聞いてみるのもいいかもしれない。


「実はエーデル国の歴史を深く学びたくて、色々調べていました。その中で消滅した宗教があると知って、そこから興味を持つようになりまして。諸説色々ありますが、あの時シルヴィ様が元敵国の宗教だと教えて下さり、その背景を更に知りたくなったんです」


流石に、アルトさん達が立てた仮説を表に出すことは出来ないので、適当に理由を言ってみたものの。

少し動機が弱い気がして、不安げに彼の反応を伺う。


「だから、直接オルファナに出向いたということですか?学者ならまだしも、クレス様はこの国の公爵令嬢です。単身で向かうなんて、あまりにも危険過ぎます」


「はい。それは十分反省しております」


予想に反して特に不審な目を向けられることなく、すんなり納得してくれたのは良かったけれど。ここでも耳が痛い話をされてしまい、私はしゅんと項垂れる。

 

「それで、何か分かったことはありましたか?」


すると、一番訊いて欲しかった質問に、沈んでいた気持ちが一気に上昇していった。


「オルファナ地方に初めて足を踏み入れましたが、想像以上に荒廃していて驚きました。公共施設が殆どなく、整備もされていなくて、住民達の生活水準もかなり低かったです。世界平和を謳っているエーデル国の中に、こんな場所があったなんて、正直かなりショックを受けました」


それから慎重に言葉を選んで、これまで見てきたことや感じたことを話すと、シルヴィ様は何を言うでもなく静かに耳を傾けてくれた。


「それで、ここまで放置されている土地の宗教が、何故国家統一後も存続していたのか不思議に思いまして。結果的には消滅してしまいましたが、それも何か因果があるのではないかと疑問を抱くようになりました」


果たして、ここまで話していいものなのか。

後から不安が押し寄せてくるけれど、シルヴィ様なら私の話を真剣に受け止めてくれそうで。そんな淡い期待を抱きながら、私は彼の目をじっと見つめる。



「……そうですか。まさか、クレス様がこの国の裏側にまで達していたなんて。非常に残念ではありますが、致し方ないですね。あなたの探究心には恐れ入ります」


暫く妙な沈黙が続いた後、シルヴィ様は深い溜息を一つ吐くと、小さく頭を下げてきた。


「申し訳ございませんが、私は何もお答え出来ません。ここだけの話、オルファナとレーテ教に関しての情報は王宮内でも極秘とされています。なので、クレス様の調査もここで留めた方が賢明だと思いますよ」


それは、案に警告してくれているのか。

シルヴィ様がそこまで言うということは、本当にこれ以上踏み込むのは危険な行為なのかもしれない。


だけど、それは百も承知なので、私は躊躇う気持ちを振り払い、小さく拳を握りしめる。


「私はエーデル国の公爵令嬢として自国を誇りに思い、尊敬していました。でも、この国の闇を見てからは、その気持ちに疑念を抱くようになってしまって……。世の中知らなくていい事は沢山あるのは分かっています。ですが、それで片付けるのは私の理念に反するんです」


そして、思いの丈を全て曝け出すと、そこから再び長い沈黙が流れた。



「なるほど……。そこまで言われてしまったら仕方ありませんね。それでは、ここからは私の独り言だと思って聞いてください」


そして、またもや否定的な言葉が返ってくるのかと思いきや。

私の言い分をあっさり飲み込み、しかも協力的な姿勢を見せてきたことが意外過ぎて、少しの間呆気に取られてしまう。


「実は王都の最南端に大きな地下資料庫があるんです。そこは国家の機密情報が厳重に管理されていて、貴族でも立ち入ることは出来ません。ただ、年に一度資料庫の大清掃があり、その日だけは比較的警備が緩くなるんです」


そこまで話すと、シルヴィ様はやんわりと微笑み、意味深な視線を送ってきた。


その視線から彼の言わんとすることがひしひしと伝わってきて、思わず生唾を飲み込んでしまう。


「ちなみに、その清掃はいつ行われるのですか?」


「二日後です。ちなみに、その清掃業者を選定したのはこの私です。詳しい話を知りたければ、また後日私の元を訪ねて下さればお教えしますよ」


そして、私の質問に即答してきた上に、更なるアドバイスまでしてくれるとは。とても有難いことではあるけれど、急変した彼の態度に若干の戸惑いを感じてしまう。


「あの……。そこまで話して大丈夫なんですか?」


あくまで秘書補佐官ともあろうお方なのに、地下資料庫の潜入方法を自ら教えてくれるなんて。おかげで有力な手掛かりを掴む術が見つかったのは良かったけれど、それでいいのか少しだけ不安になってくる。


「私はクレス様の国を想う気持ちにいたく感銘を受けました。なので、微力ながらお力になりたいと思った次第です。万が一何かあっても私が上手く揉み消しますので、ご安心下さい」


すると、その不安を払拭するようにシルヴィ様は満面の笑みを浮かべ、私の背中を押してくれた。


「それに、クレス様は皇族の一員となる可能性が十分あるお方です。なので、遅かれ早かれいずれは知ることになるかと。だから、お気になさらず」


そして、最後にはとんでもない事を耳元で囁かれ、体中の熱が一気に上昇する。


「も、もう!揶揄うのはやめて下さい!」


「あははは。そこまでムキにならなくても。クレス様は本当に可愛らしいお方ですね」


あまりの恥ずかしさに思いっきり反論すると、シルヴィ様は口元に手を充てて笑い出し、それが余計揶揄われているようで、私は頬を大きく膨らませた。




「君達、いつの間にそんな仲良くなったの?」



すると、脇から突然知った声が響き、勢いよく振り返ると、いつの間にそこに立っていたのか。不服そうな面持ちでこちらを眺めているリオス様と視線がかち合った。


「リオス様?ダンスのお誘いはどうしたんですか?」


先程まで令嬢達の壁に囲まれていたはずなのに。

気付けば彼の周りには誰もおらず、頭上に無数のクエスチョンマークを浮かべていると、リオス様はこちらに歩み寄ってきた。


「君と踊りたくて全部断ってきたんだ。そしたら、まさか先を越されていたなんてね」


そう言うと、リオス様の表情は益々険しくなり、鋭い視線をシルヴィ様に向ける。


「そんなに警戒しないでください。私はただクレス様と楽しくお喋りがしたかっただけですから。では、私はお邪魔なようなので、これで失礼します」


けれど、シルヴィ様はさほど気にする様子はなく、軽く会釈した後、颯爽とこの場を去って行った。



気のせいだろうか。


なんだか、この二人の間に不穏な空気が漂っていたような……。



そういえば、カラニアの時もリオス様はシルヴィ様に対して態度が少しきつかった。


普段は人に当たるような方ではないのに、彼の前だと雰囲気が変わるのは何故だろう……。


……もしかして、相性があまり良くないとか?



「あのさ。こんなこと聞くのは無粋なことだっていうのはよく分かっているけど……。さっきシルヴィと何を話していたの?」


すると、未だ表情が硬いリオス様から思わぬ質問が飛んできて、つい肩がピクリと跳ね上がってしまった。


「そ、それは……」


どうしよう。

まさか、リオス様がここまで気にするとは思わなかった。


当然ながら正直に打ち明ける事は出来ないし、かと言って嘘をつくのも何だか気が引けるし……。



「実はシルヴィ様から王都の最南端に大きな地下資料庫があるという話を聞きまして。私は今エーデル国の歴史について学んでいるのですが、そこにはたくさんの資料が置いてあるそうで、とても興味深いなって話をしていたんです」


「…………地下資料庫……だって?」



色々考えた末、とりあえず話の一部を打ち明けてみると、リオス様はポツリと呟いた後、何やら一点を見つめ、暫くの間考え込んでしまった。



もしかして、余計な事を言ってしまったかしら……。



無反応な彼の様子に段々と不安が募ってきて、今更ながらもっと慎重な行動を取るべきだったのではと後悔の波が押し寄せてくる。



「あの、リオス様。もしかして、私まずい事を聞いてしまいましたか?」

  

資料庫の清掃の話はさて置き。

これぐらいなら大丈夫だろうと軽く思っていたけれど、もしや資料庫の存在自体トップシークレットだったのか。


そうなると、かなり不味い状況な気がして、恐る恐る彼の顔色を伺うと、何故かこれまで硬かったリオス様の表情が突然緩み始めた。



「いや、そうじゃないよ。ただ、君がそこまで興味を示すなんて意外だなって思っただけ」


そして、何事もなかったように普段の柔らかい表情に戻ると、リオス様は優しく私の手を取った。


「ところでさ。さっきの俺のお誘い、受けてくれる?」


それから、滅多に見ることのない子犬顔を向けてきた上に、蕩けるような甘い声で尋ねてきて、不覚にも心臓を鷲掴みにされてしまう。


そんな彼の誘いを当然断る理由はなく。私は徐々に激しくなる鼓動を抑えながら、小さく首を縦に振った。




気付けば曲調はワルツから四拍子のゆったりした楽曲へと変わり、私は彼の肩にそっと手を置く。


「もしかして緊張してる?手が震えてるよ」


その直後、悪戯な目で言われた最後の一言に、耳の先が急激に熱くなる。


上手く誤魔化したつもりだったけれど、どうやら体の震えは完全に抑えきれなかったようで。

心境をずばり言い当てられた私は、恥ずかしくなって視線を足下に落とす。


「あの……ごめんなさい。リオス様と踊るなんて初めてで。失敗しないように気をつけますから」


とにかく、リオス様に恥をかかせないよう私はダンスに集中するため小さく深呼吸をした。



念願のリオス様のパートナー。


まさか彼の方からお願いされるなんて、少し前の自分ではとても想像出来なかった。


指を咥えて羨む令嬢達の一員にはなりたくなくて、毎年ダンスパーティーは欠席していたけれど。今こうしてリオス様の隣で堂々と踊れていることが今でも信じられない。



「いいよ。何回でも失敗して。君が楽しめれば俺はそれでいいから」



そう優しく言葉を掛けてくれる彼は、昔から何一つ変わっていなくて。


どうか、これが本心であって欲しいと。切に願いながら、私はゆっくりとリオス様の動きに合わせる。



一歩、また一歩と。

いくつもステップを踏んでいくうちに段々と緊張がほぐれてきて。いつしか流れる音楽に身を任せる余裕が出来、時折リオス様と視線を交わしては微笑み合う。


そんな私達を羨む人もいれば、後ろ指を刺す人の声も聞こえてくるけど、今この視界に映るのはリオス様ただ一人。



幼い頃からずっと憧れていた、私の永遠の王子様。


これまで紆余曲折あったけれど、やっぱりこの想いと夢は今でも輝き続けているのだと改めて実感し、少しだけ安堵する。



「……リオス様。私は、これからもあなたを信じていいですか?」


その安心を確固たるものにしたくて、気付けば頭に浮かんできた言葉を口にしていた。


「もちろん。俺はいつでも君の味方だから」


その問い掛けに迷うことなく、満面の笑みを浮かべて即座に頷いてくれたリオス様。



彼は昔から嘘が苦手だった。


それに、リオス様が私に嘘をつくことなんて今まで一度もなかった。



だから、彼の言葉を信じたい。



我ながら、本当に単純だと思う。

だけど、これまで見てきた彼の姿を否定したくはないし、不確かな疑念よりも、リオス様と過した時間の方を大切にしていきたい。


そう強く思った瞬間、何かが吹っ切れたように身体中に纏わりついていた黒い靄が一気に晴れ、頭の中が少しだけ軽くなったような感覚を覚えたのだった。



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