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血塗られたドレス



深い暗闇が果てしなく続いている。


ここが天国なのか地獄なのかは全く分からない。


何も聞こえないし、何も見えないし、空気に触れる感触すらない。


ありとあらゆる感覚が消え、ぼんやりとした意識だけが残って、今自分は生きているのか死んでるのかも分からない。




「……クレス。……クレス」



すると、何処か遠い所から私を呼ぶ声が聞こえてくる。


この声は誰だろう。


聞き覚えがあるはずなのに、上手く思考が回らず、直ぐに人物が浮かんでこない。


けど、一向に呼び掛けてくるその声は、暗闇から私を引き摺り出すように徐々に大きくなり始め、感覚が段々と研ぎ澄まされていく。



ああ、そうだ。

この声は……!



そう、思考がはっきりと動き始めた途端。

突如閃光が走り、目の前が黒から真っ白の世界へと変わった。


そして、その眩しさに目が眩んだ瞬間、まるで霧が晴れていくように白の世界は徐々に色付き始め、気付けば私はいつの間にか自分のベッドの上に寝そべっていた。






「ああ、クレス。ようやく目を覚ましたのね。揺らしてもなかなか起きなかったから心配したわ」


すると、ここが自分の部屋であると認識し始めてから直ぐに、オリエンスお姉様の顔が視界いっぱに広がり、私は思わず軽い悲鳴をあげ、勢いよくベットから体を起こした。


「ど、どうしたのクレス?そんなに驚くこと?」


私の反応に意表を突かれたお姉様は、目を見開きながら狼狽える。


けど、それ以上に、今起こっている現状が信じられなくて、お姉様の視線を無視して私は必要以上に辺りを見渡した。



つい先程私は処刑された。

それは身をもって体感したはずなのに。

刃物が首を裂く感触、体が千切れる程の悶絶する痛み。

一瞬ではあったけど、体に刻まれた鮮烈な感覚は今でもはっきりと残っている。


それなのに、何故か今私は自分の部屋にいる。

そして、私を陥れたはずのお姉様が不安げな表情で私の前に立っている。


まるで、これらの出来事なんて何もなかったかのように。



「まあ、こんなに汗をかいて。もしかして、悪夢でも見ていたの?」

  

暫く呆然としていると、お姉様はポケットから白いハンカチを取り出し、額に流れる汗を優しく拭い始めた。



……もしかして、これまでのことは全部夢?



そうじゃなきゃ、この状況がよく分からない。



……ああ。

そうか、夢か。

私はずっと悪い夢を見ていたんだ……。



そう思うと段々と肩の力が抜け落ち、私は小さく息を吐いた。


夢というにはあまりにも記憶と感覚がはっきりし過ぎて、そっちの方が信じ難いけど、現に今私は自分の部屋にいる。


だから色々疑問は残るけど、これまでのことが全て夢であるなら、お姉様のこの優しい笑顔は嘘偽りのものではないんだと。


そうであって欲しいと願いを込めて、私はこの状況を無理矢理飲み込もうとした時だった。


ふと壁に掛けられたカレンダーが視界の端で写り、思わず二度見してしまう。


私の部屋のカレンダーは日めくり式で、それは毎朝欠かすことなく使用人が変えてくれる。

だから、この日付が狂うことなんて今まで一度たりともなかったのに。


けど、そこに表示されいるのは、既に迎えたはずの私の誕生日の日付。


「……お、お姉様。今日は何の日ですか?」


まさかと思い、震える声を抑えて恐る恐る尋ねると、オリエンスお姉様はきょとんとした目で首を傾げる。


「何を言ってるの?今日はあなたのお誕生日でしょう。クレス大丈夫?もしかして熱でもあるの?」


そして、心底心配した表情で今度は私の額に手を充ててきた。


「それより、あなたに見せたいものがあるの。体調が大丈夫なら、今から私の部屋に来てくれないかしら」


それから、状況は少し違うけど、前回と全く同じことを言ってきたお姉様に、私は段々と血の気が引いてくる。


危惧していたことが具現化しそうで、出来ることならここから一歩も動きたくはなかった。


でも、確かめなければ何も分からない。

ここでじっとしていても、おそらく現状は何も変わらない。


そんな危機感が次第に襲ってきて、私は動揺する心を悟られないように無理やり笑顔を作ると、そのまま大人しくお姉様の後をついて行った。



◇◇◇




「クレス、お誕生日おめでとう。これは私からのプレゼントよ。デビュタントの時に是非来て欲しいの」



……ああ。

やっぱり同じだ。


お姉様の嬉しそうな表情、お祝いの言葉、私達以外誰もいない部屋、そして二つのドレス。


悲しくなる程に全てがあの時と一致していて、私の願いは音を立てて崩れ始める。


そして、ここでようやく確信した。


私は、処刑される前にタイムスリップをしている。


その要因となったのは、おそらく《《あのネックレス》》。


これが女神様の奇跡というならそうなのかもしれないけど、それにしてはあまりにも非現実的過ぎて未だに信じられない。


けど、この鮮血のように赤いドレスが全てを物語っていて、私は暫く声を発することが出来なかった。



「……お、お姉様。このドレスは一体何処で手に入れたのですか?」


それから、ようやく絞り出せた声は微かに震えていて、不自然さが露骨に出てしまったことを後になって後悔する。


本当なら、もっと上手い方法で聞き出すつもりだったのに。


この赤いドレスを前にしたら、平静を保つことが出来なくなり、言葉を選ぶ余裕がなくなってしまった。


でも、言ってしまったものはもう仕方ないと。

そう割り切ると、私は表情を強張らせたまま、オリエンスお姉様の目をじっと見据えた。



「これは諸外国の商人を呼んで手に入れたものよ。お母様と一緒に選んだの。二つともお母様はとても喜んで下さったわ」


しかし、お姉様は私の視線をものともせず、何とも白々しい様子で嬉しそうに応えた。

その裏ではとんでもない思惑を抱えているというのに。


出来ることなら、今すぐにでもここでお姉様に問いただしたい。


これは王妃から盗んだ物だと、声を大にして叫びたい。


けど、迂闊に下手なことを言ったら足元を掬われそうで、ここは慎重になろうと。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。



「…………クレスどうしたの?そんな浮かない顔をして。もしかして、ドレス気に入らなかったかしら」


すると、お姉様の不安気な声でふと我に帰ると、私は慌てて体裁を整えた。


「そ、そうではありません!あまりにも綺麗なドレスなので驚いてしまって」


そして、どう誤魔化そうか頭をフル回転させた後、精一杯の作り笑いをしてみせる。


「そう、ならいいのだけど……。でも、あなたが少し怯えているように見えるのは、私の気のせいかしら?」


それで上手く交わせたと思っていた。


けど、どうやらそれは私の思い違いだったようで、口元は笑っているのに、目は全然笑っていないお姉様の表情を見た途端、危うく軽い悲鳴をあげそうになった。


「あの……実はあまり自信がなくて。せっかくお姉様が選んで下さったのに、果たしてこんな大人っぽくて立派なドレスを着こなせるのか不安になってしまって……」


とにかく、何も悟られないようこの場を切り抜けねばと。

徐々に早まる鼓動を抑えて、私は咄嗟に思いついた嘘を精一杯の演技と共に並べる。


「まあ、そんな謙遜するなんて。クレス、あなたは私の自慢の妹よ。だから、何も恐れる必要はないわ。このドレスはきっとデビュタントに相応しい衣装となるわよ」


それが功をなしたようで。

お姉様の表情は一気に晴れ、疑いの色が消えた時、密かに胸を撫で下ろした。


「分かりました。お姉様がそこまで言うのなら間違いないのでしょう。それでは、赤いドレスはデビュタントまでのお楽しみということで。ピンクのドレスもありがとうごさいます。とっても素敵なプレゼントに感動しました」


そして、今度は言葉を慎重に選びながら、私は若干オーバー気味に喜びを表現すると、お姉様は満足気に微笑み、部屋を後にした。






…………こ、怖かった。



部屋の扉が閉まった途端、私は全身の力が一気に抜け落ち、思わずその場でしゃがみ込んでしまった。


今でも脳裏に残る、地下牢で見たお姉様の無機質な冷たい笑いと、深い闇が沈んでいる澱んだ瞳。


その記憶を呼び起こすくらい、先程の垣間見えた表情は何処か殺伐としていて、一歩間違えたらあっという間に狩られてしまいそうな恐怖を覚えた。


私は未だ脈打つ鼓動を落ち着かせるために深呼吸を何度かした後、もう一度ドレスに目を向ける。


何も知らなかった時は、随分と精巧な作りをした綺麗なドレスだなとしか思っていなかったけど、これが王妃の物と分かると、この刺繍の意味が大いに理解できる。


白鳥は国鳥であり、百合の花は国花だ。

そして、右胸にはよく見るとさり気なく国の紋章が刻まれている。


このエーデル国家を象徴するようなドレスは、見る人によっては直ぐに皇族のものだと分かるかもしれない。

それを平然と着ていたなんて。


知らなかったとはいえ、なんて恐ろしいことをしてしまったんだと、今更になって血の気が引いてくる。


そもそも、このドレスを一体どうやって盗んだのか。

王宮の警備はかなり厳重だから、外部から侵入するなんてほぼ不可能な気がするのだけど……。


それを解明するには証拠を集めなくてはいけない。

その為には、先ずは入手先の情報から集めないと。

確か、商人はお姉様が招いたとお母様は言っていた。

おそらく、そこに手掛かりがあるはず。



大丈夫、時間はまだある。

それに、お姉様にはああ言ったけど、デビュタント本番は別のドレスを着ればいい。


そして、ここにドレスがある以上圧倒的不利なので、これはお姉様の目の届かない場所に隠さなくては。


とりあえず、一つ一つ頭の中で整理をしながら考えた結果、最初にすべきことはお母様に全てを打ち明けるという結論に至り、私は急いで部屋を飛び出したのだった。


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