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旅の始まり



「はあ?今度は元オルファナ国の首都に行きたいって?あんたバカ?」


「……リリスさん。相変わらず言葉がキツいです」



カラニアから帰ってきた次の日。

早々にギルドを訪れて目的を話したら、リリスさんに容赦なく辛辣なツッコミをされてしまった。


「あそこは治安最悪だし、未だにエーデル国民に対して恨みを持っている輩が多いから、あんたみたいなのが行ったら即狩られるよ」


確かに、リリスさんの言うことはごもっとも。

エーデル国家が設立してからもう百年以上は経過しているのに、植民地だった元オルファナ国との溝は根深く残っている。


それに加えて、気性が荒い国民性でもある為、よっぽどのことがない限りエーデル国民は近付かない場所。


私も、出来ることなら行きたくはないけど、事情が事情なだけにここで折れるわけにはいかない。


「無理を承知でお願いします。そこに行っても何か情報を得られる確証は全くないですけど、他に手掛かりが何もなくて」


もしかしたら、無駄足になってしまうかもしれないけど、それは行ってみないと分からない。

だから、私はリリスさんの忠告を蹴って必死に頼み込んだ。


「まあ、いいんじゃない?オルファナ方面を管轄しているギルドにも応援要請しとくから、行ってくれば」


すると、私達のやりとりを側で聞いていたフィオさんの一声により、尚も反論しようとしたリリスさんは一瞬大人しくなった。


「嫌だ!だってあそこの料理、香辛料のクセが強くて口に合わないんだもん!それに遠いし、空気悪いし、良いところなんてほぼないじゃん!」


けど、すぐにまた抗議が始まり、フィオさんは呆れたように小さくため息を吐く。


「あんたねえ。旅行じゃないんだから、職務全うしなさい。遠征費出すから」


「じゃあ、しょうがない」


お金の話になった途端、掌を返したように首を縦に振るリリスさん。


この人は相変わらず現金な人だなと思いながらも、彼女が同行してくれることにほっと胸を撫で下ろす。


「だけど、今回ばかりは両親に黙って行くのは難しいんじゃない?オルファナ方面に行くだけで一日がかりだし、最低でも三日以上はかかるでしょ」


しかし、安心したのも束の間。

耳の痛い話に、私は眉間に皺を寄せて肩を落とした。


「そうなんです。なので、この件についてはお姉様の捜索ということで話を通すつもりですが……。そうなると、必ず護衛を付けられるので、そこが厄介なんです」


オルファナ方面に行くことがバレれば、おそらく強制的に連れ戻されてしまう。


なので、お母様に協力を仰げば、もしかしたら上手くお父様の目を誤魔化せるかもしれない。


ただ、お母様がそれを許してくれるかどうかが、また問題になってくるのだけど……。



「そういえば、結局お姉さんの行方はどうなったの?」


すると、何気なく尋ねられたリリスさんの質問に、私は思考を一旦止めた。


「それは今でも分からず終いです。ただ、逃げた方面の目星はついたので、引き続き捜索活動は行われているのですが……」


結局、あれからお姉様の姿を見つけ出すことが出来ず、一部の調査員を残して私達は王都へと引き上げた。


あそこまで大々的に捜索したのに見つからないなんて、本当にお姉様はどこに身を隠しているのか。


もしかしたら、窮地に追い込まれて自ら命を絶ったのかという説も浮上したけど、お姉様の性格上それはありえないと思う。


いずれにせよ、悪あがきはさっさとやめて、早く自首して罪を償って欲しい。


そんな想いが日に日に増していき、私は沸々と湧き上がる怒りを無理矢理押し込めた。



とりあえず、お姉様の捜索が難航している以上は何も出来ない。だから、今は余計なことは考えず、黒幕に繋がる情報を集めることに専念しようと頭を切り替える。


それから、オルファナ偵察についてはこちらの手筈が整ってからということになり、私はお母様に相談するため急足で屋敷へと戻った。



◇◇◇




「ダメです。いくらなんでも危険過ぎます。それならギルドの者に全部任せればいいでしょう。なにも、あなた自ら行くことはないわ。公爵令嬢としての立場をわきまえなさい」



屋敷に戻ってから早速お母様に相談したところ、有無を言わさず、厳しい表情で一刀両断されてしまった。



やっぱり、思っていたとおりの反応。

真っ向から素直に話せば、普通は許してもらえるわけがない。


だけど、ここで引き下がるような私じゃない。


というか、もう今更の話。

これまで危険以上のことを何度も経験してきた。 


これが良いのか悪いのか。おそらく後者だと思うけど、その経験から、今ではちょっとやそっとのことでは動じなくなった。



だから…………。





「…………は?両親に黙って抜け出してきたと?」



数日後。オルファナ方面行きの船着場でリリスさんと落ち合い、ここに来るまでの経緯を正直に話したら、少し間が空いた後、冷ややかな目を向けられてしまった。


「はい。他に上手い言い訳が見つからなかったので……」


以前のように一日外出するくらいなら幾らでも誤魔化せるけど、流石に数日間空けるとなると、そう簡単にはいかない。


なので、ここはもう強行手段に出るしかないと。

そう結論に至った私は、数日分の荷物を持って今朝早くに屋敷を出た。



「そんなことしたら、あんたも捜索されることになるでしょ。私誘拐犯とか嫌だからね。昔色々やんちゃしたことあるけど、流石に前科はないから」


「置き手紙したので多分大丈夫だと思います。何かあったら私が全力でフォローしますので!」


結局リリスさんにも事情を隠して今日を迎えたことは本当に申し訳ないと思うけど、こうでもしないと目的は果たせない。


なので、私は深く頭を下げた後、必死で彼女に懇願した。



「嬢ちゃん達、もう出航するけど乗るの?乗らないの?」


すると、いつの間にやら出航の時間を迎えたようで、突然脇から少し苛立ったおじさんの声が飛んできて、私達はびくりと肩を震わせる。


「まったく、あんたもとんだ不良少女になったね。一体誰に似たんだか。とりあえず、ここまで来たらしょうがないし、さっさと行くよ!」


これは何かのフリなのか。

ついツッコミそうになったけど、そこは敢えて何も触れずに私もリリスさんに続き、急いで船の中へと駆け込んだ。



そんなこんなで、始まった初の遠征。

遠距離なので普通の客船よりも大きめで、そこまで揺れがなく、比較的乗り心地は良い。


天候はここ最近ずっと晴れ続きで、空と海が織りなす青一色の世界に囲まれている景色がとても幻想的。


そして、頬を掠める少しひんやりとした潮風がとても心地良く、私は暫くデッキに立って景観を楽しんだ。



「ゔゔゔゔ、ぎもぢわるいぃぃぃ……」


一方、その隣では今にも死にそうな表情で、リリスさんは手摺りにもたれ掛かっていた。


「大丈夫ですか?お水持ってきましょうか?」


「いや、いい。何も要らない。とにかく構わないで、放っておいて。私を空気だと思って」


どうやら、かなり限界まで来ているようで。

顔を真っ青にしながら虚な目で水平線を見ている姿が、とても気の毒に思える。


まさか、リリスさんが乗り物に弱いとは。

出会った当初から逞しいイメージしかなかったので、いつも強気な彼女がこんなに弱っているのは少し新鮮に思う。


「それなら横になると楽ですよ。あのベンチでちょっと休みましょう」


何はともあれ、こうしていても状況は改善されないので、私は近くにあったベンチに腰掛け、膝に頭を乗せるようジェスチャーを送る。


「私、膝枕初めてなんだけど。どうせなら、最初は男の方が……」


「いいから、早く横になってください」


けれど、こんな状況下でも未だ反発しようとする彼女の言い分を容赦なく断ち切ると、私は半強制的にリリスさんをベンチに座らせた。




「気分はどうですか?」


「…………うん。おかげで少しマシになったかも」


暫く目を瞑っていたリリスさんの顔に段々と血色が戻り、容態を確認すると、リリスさんは小さく深呼吸をしてゆっくりと目を開いた。


「私、これまで色んな人の依頼を受けてきたけど、あんた程の変わり者は初めてかも」


すると、何やら唐突に失礼なことを言われ、私は少しだけ頬を膨らませる。


「そんなことないです。私は至って普通…………のつもりだったんですけど」


はっきり否定しようとしたけれど、二回も死を味わっている時点で全くもって普通じゃないことに気付き、少しだけ気分が落ち込む。




「そういえば、リリスさんは何でギルドに入ろうと思ったんですが?」


それから、暫くしてリリスさんの顔色がようやく正常になったので、私はこの機会に彼女について色々聞いてみることにした。


「私昔から勉強が大嫌いだったからさ。教養がなくてもそれなりに稼げる職業って言ったら、これぐらいしか思い浮かばなかったんだよねー。私、腕っぷしだけは何故か昔からあったみたいだし」


初めて聞くリリスさんの過去に興味津々になりながらも、まるで他人事のように話す姿に少しの違和感を覚える。


「もしかして、幼い頃のことあまり覚えてないんですか?」


「うーん……。断片的な記憶はあるかもしれないけど、両親のこととか生まれ故郷のことは殆ど覚えていない。身分を証明するものも何もないから、私がどこの出身なのか、両親は誰なのか、本当の年齢はいくつなのかとか、自分のことがよく分からないんだよね」



そういえば、リリスさんは確か廃墟で捨てられてたと言っていた。


両親のことや自分自身のことが分からないなんて、私なら絶対に嫌だけど、あまり興味なさそうに話す姿を見る限り、彼女にとってはそこまでではないのだろうか?


「リリスさんは自分の生い立ちについて気にならないのですか?」


「全く気にならないっていうのは違うけど、別に知ろうとは思わないかな。知ったところで、だから何?って感じだし、私を捨てた両親に文句を言うつもりもないし、今が良ければそれでいいから」


いかにもリリスさんらしい回答に、どう反応すれば良いのか分からない。


確かに、今こうしてしっかりと生計が立てられているのなら、そこまで重要なことじゃないのかもしれない。


そう割り切れる彼女の視野の広さと心の広さに感心すると、これ以上余計な質問をするのはやめた。



「それに、クレスと出会ったお陰で今はめっちゃ楽しいよ。あんたはそれどころじゃないのはよく分かってるんだけど、一人の依頼者とここまで長く居るのも初めてだからさ」


すると、無邪気な笑顔で話すリリスさんの本音が胸の奥にジーンと響く。


これまでずっと、リリスさんは私の我儘に無理矢理付き合ってくれているものだとばかり思っていたから、こうして“楽しい”と言ってくれたことが素直に嬉しくて。

それと少しの安心感に、私は自然と頬が緩んだ。


「私も、リリスさんと出会えて本当に良かったです。ここまで付いてきてくれて、本当にありがとうございます」


そして、改めて感謝の気持ちを心から伝えると、リリスさんは満足そうに微笑んでから、再び目を閉じたのだった。

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