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雑草に潜む影


教会の奥に進めば進む程雑草が生い茂っており、祭壇にも無数のツルが絡まっている。


一体どれぐらいの間放置されていたのだろう。

これだけ荒れていると、もしかしたら今の今まで誰も立ち入ることはなかったのかもしれない。


そう思いながら、私は教会の突き当たりまで行くと、壁にまで生えている蔦をむしり取った。


すると、そこにも女神様の絵が描かれており、更に蔦をむしり取ると全身像が現れ、何やら足元には小さな窪みが出来ていた。


それは直径にして十センチにも満たないくらいで、このネックレスを置くには丁度いい大きさ。


そして、窪みの脇にはよく見てみると小さな文字が書いてあり、私は目を凝らして顔を近付けた。


”太陽と月の涙”


壁にはそう書かれている。


これが一体何を意味しているのかよく分からないけど、この窪みの側に書かれているということは、やっぱり何かあるのだろうか……。



「クレス」


その時、背後からリオス様に呼び掛けられ、不意を突かれた私は肩を大きく震わせた。


「そんなところでどうしたの?何かあった?」


そして、不審な目をしてこちらに近付いて来たので、私は慌てて彼の元へと駆け寄る。


「いえ、何でもないです。色々調べていただけですから。それより、やはりここにお姉様はいませんでしたね」


それから上手く話を逸らすと、改めて周囲を見渡した。


「そうだね……。でも彼女がここまで来ているなら、俺は残って捜索を続けるよ。悪いけど君は先に……」


「私も残ります。ただの足手まといでしかないのはよく分かりますが、ラグナス家の者として協力したいので」


お姉様がこの近くにいる可能性があるなら、私だってこのまま帰るわけにはいかない。


それに、この教会についてもう少し調べておきたいので、私は食い気味に主張した。



「…………まあ、そう言うと思ったよ。それじゃあ、今日は一旦ここまでにして、明日出直そう」


すると、リオス様は一間置いてから諦めたように小さく溜息を吐くと、私の残留を渋々認めてくれた。





それから来た道を戻り、カラニアの市街地にある王宮別宅に向かうと、私は急遽外泊になったことやお姉様のことを両親に伝える為、電話を貸りた。


電話口でお父様はかなり慌てていたけど、ひとまずここは私に任せて欲しいと。少し強めの口調で説得すると、ようやく落ち着きを取り戻したので、そこで話を終わらせた。


……しかし、ああは言ったものの。

既にお姉様は私達の存在に気付いていて、どこかで監視しているとしたら。そう思うと不安でたまらない。


しかも、今回はリオス様と一緒なので、仮にそうだとしたら、このまま彼女が黙っているわけがない。


そうなると、お姉様はまた私を殺そうとするのだろうか。


今やネックレスはかなり色褪せていて、素人が見ても神力が残り僅かだというのが手に取るように分かり、もう女神様のご加護を頼ってはいけないと警鐘を鳴らしている。


だから、万が一最悪の結末を再び迎えてしまったら、今度は”本当の死”が待ち受けているかもしれない……。




「クレス。大丈夫?」


その時、背後からリオス様に声を掛けられ、暫く考えに没頭していた私はふと意識を現実に引き戻す。


「……あ、はい。両親には何とか説明出来ましたので、ご安心ください」


それから、取り巻く不安を誤魔化すように無理矢理笑顔をつくった。


「それならいいけど……。顔色が良くないし、海岸でのこともあるから、あまり君には無理をして欲しくないんだ」


すると、リオス様は憂げな表情で私を気遣ってくれて、その優しさが胸の奥にじんと響いてくる。


「お気遣い感謝します。私は大丈夫ですので、明日に備えて今日は早めに休みましょう」


特にリオス様は先程までずっと明日の捜索について王宮とやり取りをしていたので、私よりも遥かに疲労が蓄積されているはず。


なので、一刻も早く休息を取って欲しくて促したところ、何やら神妙な面持ちで顔を覗き込まれた。



「ねえ、クレス。俺に何か隠していない?」



そして、何を言われるかと思いきや。

不意に核心を突く質問をしてきて、肩が小さく反応してしまう。


「な、なんでそう思うのですか?」


そこですぐ否定すれば良かったものの。

真剣な表情をしている彼の前で嘘を付くことが出来ず、曖昧な返答をしてしまった。


「君は思っていることが顔に出やすいから直ぐ分かるよ。もし、何かあるなら遠慮なく話して欲しいな」


そんな私の考えを見透かすように、まっすぐな目で優しく語りかけられると心がぐらついてしまう。


だけど、ここで全てを打ち明けるわけにはいかない。


リリスさんの時みたく実証する機会があればいいけど、何もない以上はただの作り話にしか聞こえないし、下手すれば変な目で見られて終わるかもしれない。


せっかく今日一日でリオス様との距離が縮まったのに、ここで離れてしまうのは絶対に嫌。



「ごめんなさいリオス様。今はまだちょっと……。時が来たら必ずお話ししますから」


なので、色々考えた結果、黙秘するという結論に至った私は、良心を痛ませながら苦笑いで誤魔化した。




こうして、思わぬところでリオス様と一泊することになったけど、若干の気まずさが残ってしまい、嬉しさ半分のまま翌朝を迎えた。


そして、朝の早い時間帯にシルヴィ様達が到着し、早速お姉様の捜索が開始された。




「足跡は何故かここで途切れているし、もしかしたら、誰かに拉致された可能性は?」


「住民に聞き込み調査をしましたが、特にあやしいことはなかったそうです。ただ、海岸の端だと人目が付きにくいので、ないとも言い切れないですね」


「それなら、範囲を広げて捜索しよう。ありとあらゆる可能性はここで潰しておかないと」



それからリオス様指揮の下。捜索活動が続けられる中、私は隙を見てこっそり例の教会へと向かった。


単独行動はよくないのは分かっているけど、この機会を逃すわけにもいかず。


手始めに教会の周辺を探ってみるも、やはり蔦が酷くてなかなか有力な手掛かりが見つからない。


どこかに設立した日でも書いてあれば良かったけど、この雑草の中に埋もれているとしたら、一人で探すのはほぼ不可能。


そうなると、再び中を確認した方がいいような気がするけど、一人で行くにはかなりの勇気がいる。


ここはもう諦めてしまおうか。

そんな考えが過ぎるも、黒幕に繋がる情報が残っているかもしれないと思うと、引くに引けない。


だから、前に進まなければ。



そう自分に強く言い聞かせると、私は気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をして、恐る恐る教会の奥へと進む。


昨日粗方調べたので、危険な場所ではないのは分かっているけど、蔦や雑草のせいで光が遮断されたこの空間は、いつ来ても不気味。


仮にも神聖な場所なのに、人ならざる者が出てきそうで、先程から体の震えが止まらない。


とりあえず、これ以上余計なことを考えないようにしようと、雑念を振り払って私は調査に集中した。


もう一度壁画を調べてみたけど、謎の窪みと意味深な文字以外は特に怪しいところはなく。

何か書物でも残っていないか祭壇辺りを調べてみたけど、残念ながら紙切れ一つなかった。

あとは隠し部屋がないか壁を伝ってみたけど、そんなカラクリは存在せずで。


結局何も手掛かりを掴めずに終わり、私は諦めて引き返そうとした時だった。


祭壇の柱に小さな文字が刻まれているのを視界の片隅で捉え、私はその場で立ち止まり目を凝らしてみると、そこには“オルファナ国”と記載されていた。


オルファナって……確か、エーデル国と最後まで敵対していた国。


長きに渡る激戦の末エーデル国が勝利し、オルファナの領地を得て今の国家が設立されたと史書には記載されていた。


そうなると、このカラニア地域は元オルファナ国の領地ということになるのだろうか。




「クレス様?そんな所で一人でいると危険ですよ?」


「きゃあ!」



その時、突然背後から男性の声が聞こえ、私は軽い悲鳴を上げてしまった。



「シ、シルヴィ様……何故ここに?」


咄嗟に振り返ると、先程までリオス様と一緒だったはずのシルヴィ様が立っていて、頭の中が混乱し始める。


「あなたがここに向かうのを遠目で見まして。この辺は治安があまり良くないので単独行動はお控え下さい」


すると、厳しい口調で警告されてしまい、私は身を小さく縮こませた。


「申し訳ございません。どうしてもこの場所が気になってしまって……」


そこから先の言い訳をどうするか。次の言葉がなかなか思い浮かばず、言い淀んでしまう。


お姉様の捜索を理由にしようかと思ったけど、真っ先に調査団が確認した後なので説得力に欠ける。

かと言ってネックレスについて触れることは出来ないし、なんて答えればいいのか……



「確かに。ここは歴史的にも相当古い建物ですし、地図上にも書かれていない幻の教会ですからね。物珍しいと思う気持ちも分からなくはないです」


すると、意外にもあっさりと納得してくれたことに意表を突かれる。


しかも、何やらこの教会について精通してそうな物言いに、私は思い切って話を聞いてみようと身を乗り出した。


「あの、ここは一体いつ頃から設立されたかご存知ですか?祭壇にはオルファナ国と刻まれていたのですが……」


「申し訳ないですが、正確な情報は私も存じません。ただ、このレーテ教は元敵国だったオルファナ国発祥の宗教であるというのは何かで読んだことがあります。なので、その祭壇にオルファナと刻まれているなら、おそらくエーデル国家設立以前に建設されたものだと思いますよ」



なんと。

そんなことが許されるのだろうか。

敵国の宗教を残すなんて、万が一各地で謀反でも起こされたらどうするつもりだったのだろう。


結果的にレーテ教は内乱の末消滅してしまったから、その心配はなくなったけど……。  



「それでは、“太陽と月の涙”という言葉に聞き覚えはありませんか?それもこの教会に刻まれていたものですが」


シルヴィ様の博識に感心しつつ、果たしてここまで踏み込んでしまっていいのか若干不安に感じながらも。更に情報が引き出せないかと、期待の眼差しを向けた。


「太陽と月の涙……。それは、おそらく女神レーテのことを指していると思います。太陽神と月神の話はご存知ですか?太古の昔、太陽と月の神は二人で一つだった。しかし、禁断の果実を口にしてしまったが故に引き離されてしまったと。その現状に嘆いた二人の涙から生まれた神がレーテであり、双方の力を操れると言われています」


すると、またもや期待以上の答えが返ってきたことに驚かされる。


やっぱり、この若さで国王秘書補佐を務めているだけのことはあるのか。まるで生きた辞書のようにスラスラと解説する姿に羨望の眼差しを向ける。



つまるところ、レーテ様は太陽と月の力を操れるからタイムリープを引き起こすことが可能だというのだろうか……。


なんだか壮大過ぎる話に思考が上手く付いていかない。



「シルヴィ様、色々と教えて頂きありがとうございました」


何はともあれ、おかげで疑問に思っていたことは粗方消化され、私は深く頭を下げた。


「いえ、こんなのでよければ。それにしても、クレス様がここまでレーテ教に関心があるなんて驚きました。何かこの宗教に由縁でもあるんですか?」


すると、最後に鋭い質問をされてしまい、ぎくりと肩が震える。



やっぱり、あれこれ聞いたのがいけなかったか。

分かってはいたけど、シルヴィ様の知識量に感動して、つい調子に乗ってしまった。


どうしよう。

この場をどうやって誤魔化せばいいのやら……




「二人とも、こんな所で何してるの?」



その時、絶妙なタイミングで入口からリオス様の声が響き、天の助けと思いながら彼の方を勢いよく振り向いた。


「まったく。急に姿が見えないと思ったら、こんな場所でクレスと居るなんて。彼女を辺鄙な所に連れて行くのは止めて欲しいんだけど」


けど、安心したのも束の間。

何やらとても不機嫌そうな面持ちで疑いをかけられてしまい、私は慌てて首を横に振った。


「いいえ、リオス様!それは誤解で……」


「申し訳ございません。以後気をつけます」


それから、全力で否定しようとしたところ。

それを遮るようにシルヴィ様は私の前に立ち、深々とリオス様に頭を下げた。


まさか、この誤解をすんなりと受け入れるとは思いもよらず。

罪悪感が一気に押し寄せてきて、更に訂正しようとしたら、突然リオス様に腕を引っ張られた。


「とりあえず、君は朝から動きっぱなしなんだから、もう休まないと」


「は、はい。分かりました」


そして、恋人のようにそっと肩を抱かれ、優しく気遣う彼の振る舞いにすっかり心を奪われてしまった私は、そのまま訂正することを失念してしまった。


 

結局、誤解されたまま私はリオス様に別宅へと戻され、

それ以降は外に出ることを許してくれなかった。


普段温厚な彼がそんな強行手段に出るなんて、よっぽど私のことが心配だったか、あるいは…………



………………いや。


それは流石にない。


あのリオス様がヤキモチを焼くなんて、この状況下でそんなことは絶対に有り得ない。


あくまで私は彼にとって妹的存在であって、それ以上でもそれ以下でもない。

だから、変な期待を持つことはやめようと。


私は雑念を振り払うため、海が見える大きな窓辺に腰をかけた。



窓の隙間から吹く潮風を肌で感じ、私は呆然と海沿いの街並みを眺める。


今頃お姉様はどこで何をしているのだろう。


これだけ捜索しても未だ見つからないということは、再び違う場所へと逃げたしたか、人目のつかない場所に隠れているか、はたまた誰かに匿われているとか……。


ブラッド•ラッドの実態も掴めないままだし、お姉様を追い詰めることが出来ても、まだまだ油断は出来ない。



それに、レーテ教についても新たな疑問が生まれてしまった。


元敵国の宗教でありながら、このエーデル国家に残り続けるも、結果的には消滅したもの。


その原因がこのネックレスによる内乱だというけど、どうにも引っ掛かる。


この違和感は一体何なのかよく分からないけど、鍵となるのはオルファナ国であるというのは間違いなさそう。


仮にあの教会がネックレスが発掘された場所だとして、その所有権はオルファナ国にあった物だとしたら、黒幕もそれと何か関係があるかもしれない。


現在はオルファナに関する資料は殆ど残っていないけど、またリリスさん達に頼めば何か情報が掴めるかも……。



これまでのことを頭の中で整理した結果、次にやるべきことは再びギルドを訪れることだと結論に至った私は、早速明日にでも尋ねようと小さく拳を握り締める。


果たして、これから先の行動が最終的に実を結ぶのか不安しかないけど、これまで幾度も失敗してきたので、同じ過ちは絶対に繰り返さない。


なにせ、チャンスはもう一度あるかないかの瀬戸際。

だから、今度はより一層慎重に行動しなければ。


そう自分に強く言い聞かせると、私は気持ちを入れ替える為、窓を全開にして潮風を一気に吸い込む。



こうして、新たな目的が出来たことに対して、少しの希望が見え始め、昨日までのモヤが薄れていくような気がする。


そして、この延長線が幸せな未来に繋がるように。雲ひとつない五月空を見上げながら、私は切実にそう願ったのだった。

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