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逃避行〜オリエンス視点〜

__話は遡ること1時間前。


なんで?


なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、こうなるの?



全ては計画通りにいくはずだった。


《《あの男》》の指示通りに動けば、あの女を殺せたはずなのに。



それなのに、まるでこちらの手の内を始めから知っていたかのようにすり抜けられてしまった。



そもそもとして、なんであのドレスが盗品だって分かったの?


それに、あれが皇族の物だという情報はどこにも公開されていないのに、何故あの女は知っていたの?



何かが、おかしい。


こちらが図ろうとすることの全部を、あの女に読まれている気がする。





「はあ、はあ……」



非常用の隠し通路を出て屋敷の裏にある雑木林を走り抜けると、辿り着いた先は小さな船着場。


ここは、非常事態に備えて脱出ボートがいくつも停まってあるから、逃げるならこれを使うのが一番。


けど、ボートなんて小さい頃に一、二回漕いだことがあるくらいで、使い方なんて殆ど覚えていない。


でも、背に腹は変えられない。


ここで捕まってしまったら、私の人生は全て終わりだから。


リオス様と一生添い遂げることが出来ないのはおろか。ほぼ間違いなく処刑されることになる。


だから、何としてでもここから逃げ切らなければ。




ひとまず私は数あるボートの中で、一番端に留めてある小さなサイズを選んだ。


これなら、一艘なくなっても気付かれなさそうなので、恐る恐るそれに乗り込む。


荷物は貴重品だけで、あとは何も持ってきていない。


とりあえずお金さえあれば、日用品は逃亡先で現地調達出来るので、今はかなり身軽。



私は慣れない手つきでボートを漕ぎ、対岸へと進む。

向かう先は、王都の外れにある遠征用の馬車停留所。


長旅をするなら今は列車を使うことが主流だけど、おそらく駅では役人が張っている可能性がある。


だから、誰にも見つからずこの王都を出るには、遠回りになっても、こうして人目につかない方法で行くしかない。



どうしてこうなったんだろう。


当初はデビュタントの時に盗品のドレスを着させ、そのまま窃盗の罪で処刑させる手筈だった。


けど、クレスは私がドレスをあげた瞬間から何か勘付いている様子があり、始めは気のせいだと思った。


でも、あれから一人でよく外出するようになり、私を避けるようになり、それからあの女の行動を監視してみたら、まさかギルドにまで出向いていたなんて。


そこで危機感が湧いた私は、独断であの女を殺そうと刺客を送ったけど、忌々しいギルドの女によって失敗に終わってしまった。


それから、クレスの動向を定期的に来るフード男に報告したら、今度は違う方法を提示された。


それが、今回の夜の市案件。


あの男曰く、クレスが隠し持っているドレスを回収してくるから、それをリオス様に差し出し、あの女を犯人に仕立て上げればそれでいいと言われた。


それに加え、夜の市にクレスを誘き寄せるから、指定する場所でとどめを刺せと。



それで全てが終わるはずだった……。



それなのに。



「一体どういうこと?全部裏目に出てるじゃない。まさかあの男、味方のフリして実は私を陥れようとしている?」


ここまでくると、そうとしか考えられない。


今頃はクレスの処刑を指折り数えて、リオス様と婚約話を進めている予定だったのに。



そもそも、あのフード男は何者なんだろう。


ある日突然私の前に現れて、クレスの暗殺計画を持ち掛けてきた。


まるで、私が長年あの女に恨みを持っていたことを知っていたかのような口振りで。





__十二年前。




大好きなお母様が生きていた時は、本当に幸せだった。


一人娘の私を誰よりも愛し、常に私を褒め称え、蝶よ花よと育ててくれたお母様。


それに加え、幼い頃から容姿端麗な私は何処へ行ってもお姫様扱い。


全ての物事が私中心に動いてくれて、とても満たされて。

将来王子様と結婚して、いつか本物のお姫様になりたいと、心からそう願った。



けど、幸せはお母様が亡くなった瞬間に遠のき始めた。



その要因がクレス。



お父様が再婚したのは純粋に嬉しかったけど、あの女だけは余計だった。


当時クレスはまだ八歳だったけど、幼いながらにハッキリとした顔立ちと、天使のような美しさ。


彼女がラグナス家に来た時は、お父様を始め、使用人までもがクレスを愛でて。これまで一番だった私は、姉という立場に成り下がり、妹であるクレスの面倒を見ることになった。


それが気に入らない。


全ては私中心で回っていたのに。


ヘリオス親子が来てからは、お父様はあの二人ばっかり気にかけて、昔程私のことを見てくれなくなってしまった。


義理母も私によくしてくれるけど、クレスには敵わない。


しかも、何かあれば“お姉ちゃん、お姉ちゃん”って。


別に私は望んで姉になったわけじゃない。

それなのに、何故そこまで姉である立場を強要させられなきゃいけないの?


とりあえず、社交界で不利にならないよう体裁は取り繕ってきたけど、クレスに対する不満と恨みは日に日に増幅していった。

 


そして、極めつけなのがリオス様のこと。


  

私が彼に初めて会ったのは、ヘリオス親子と家族になった一年後。


その頃から皇族との政略結婚が決まっていて、私かクレスのどっちかが嫁ぐことになっていた。


でも、そんなの迷わずとも決まっている。


ラグナス家の直系はこの私。


だから、部外者であるクレスなんて眼中にもない。


それに、当時から眉目秀麗なリオス様に一目惚れをした私は、自分以外の人間が彼の隣に立つなんて到底考えられなかった。



けど、私が彼に近付こうとするより先に、クレスとリオス様は既に顔見知り状態で、挙げ句の果てに、リオス様はクレスに対して特別視しているところがあった。


おそらく妹のように思っているのか。何かと気に掛けては、私よりもクレスを優先している気がする。


これまで彼に振り向いてもらおうと必死に努力した甲斐あって今は恋仲まで発展できたけど、やっぱり何処かでクレスを意識しているような。


それが、何よりも一番許せない。


例えクレスに対して恋愛感情を抱いてないとしても、彼の中にあの女の存在がいるというだけで、はらわたが煮え繰り返りそうになる。


あの女さえいなければ。


私は、誰よりも愛され、輝く存在でなくてはいけないのに。





それから、本気でクレスの存在を消したくなった時だった。


まるで図ったようなタイミングであの男は私の前に現れた。


 

初めて会ったのは今から二週間前。


リオス様に会いに行こうと王宮に出向いたら生憎不在だったので、そのまま引き返そうとした時、王宮の入り口で突然声を掛けられた。


その男は口元まで覆い尽くされたフードを被り、黒いマントを羽織っていて、不審者極まりない風貌。


なんでそんな男が王宮内をうろついてるのか。怖くなった私は無視して逃げようかと思ったけど、男のある一言で足の動きが止まった。



「お前の妹を殺す手伝いをしてやる」



その言葉を耳にした瞬間、衝撃が走った。

何故この男は私の事情を知っているのか恐怖を覚えたけど、それ以上に好奇心の方が勝り、私は場所を変えて男の話を詳しく聞いた。


そして、持ち掛けられたのが皇族ドレス窃盗計画。


始めにそれを聞いた時、あまりにも逸脱した話で暫く言葉が出てこなかった。


そもそも皇族のものを盗むなんて、そんな芸当が出来るのか。


それに、もし共犯とバレたら即処刑となってしまうので、そんなハイリスクな計画に乗るつもりはなかった。


けど、男の絶対的自信と、既に盗品は用意しているから、あとは簡単な指示に従えばクレスを確実に消せると。


そんな誘い文句に釣られて、ここまで来たけど……。



結局全て失敗して今に至る。




本当にありえない。


社交界の華だと言われていた私が、罪人として追われるなんて。この責任をどうとってくれるのか。


出来るなら今直ぐにでも問い詰めたいところだけど、あの男の素性は全く分からないので、何も動けないのが悔し過ぎる。


こうなるなら身元調査でもすればよかった。


安易に話に乗ってしまったが故に、この私が破滅の道を辿るなんて。



絶対に許せない。


あの男にも同じ目に遭わせてやりたい。





それから、なんとか対岸まで辿り着くと、私は痕跡を消すためにボートを海に放流させた。


そして、あまり整備されていない真っ暗な林道へと進み、馬車の停留所を目指す。


逃亡先はまだ何も考えてない。


とりあえず、王都からかなり離れた辺境の地まで行けば、きっと素性はバレずに身を隠せるはず。


住処はそれなりの理由を言って助けを求めれば、きっと誰かしら保護してくれると思う。


なにせ、王都内で一、二を争う程の美貌を持つ私が頼み込むんだから、ほっとく人間なんているはずがない。




こうして息絶え絶えに歩き続け、人や獣に怯えながらようやく無事に林道を抜けると、王都の最南端にある街の入り口へと辿り着いた。


おそらく時刻は深夜近いのか。

辺りは誰もおらず、がらんとした街並みがとても好都合。


一先ず朝までしのげる場所はないか、私は辺りを見渡して宿を探した。



季節はとっくに春を迎えているけど、やっぱり夜は肌寒い。


それに、お昼から何も食べてないので、お腹もかなり空いた。



…………ああ。


何でこんなにも惨めなんだろう。


お母様が生きていれば、こんな目には絶対に遭わなかったのに。


本当に許せない。


何もかもが腹立たしい。


これも全部、ヘリオス親子のせいだ。



時間が経つにつれて、徐々に押し寄せてくる怒りと絶望と孤独と悲愴感。


それに飲み込まれないよう、私は何とか自分を必死に奮い立たせる。


とにかく、まずはこの場所から少しでも遠くに離れなければ。

そして、お父様に手紙を書こう。

 

きっと、心優しいお父様なら、我が子を見放すなんて絶対にしないだろうから。



そう自分に言い聞かせながら、突き当たりを曲がった瞬間だった。



「え?」



突如目の前に現れたある人物に、思わず体の動きが固まる。


それは、あまりにも唐突過ぎて。

まるで私がここに来ることを初めから知っていたかのように、フードを被った男は道を塞ぐようにして立ちはだかっていた。


「なんで…………あんたがここに?」


未だ頭の中が混乱する中、私は何とか声を絞り出して尋ねてみるも、待てど暮らせど一向に返事がなく、段々と苛立ちが募り始める。


「ちょっと言ってることが全然違うじゃない!もしかして、あんた私を陥れようとしたの!?クレスを殺すとか言っときながら、あの女と組んでたわけ!?」


何故この男がここに居るのかという疑問よりも、怒りの感情の方が遥かに上回り、私はここぞとばかりに大声で不満をぶちまける。


けど、男は相変わらずだんまりを決め込み、ついに堪忍袋の尾が切れた。


「いい加減にしなさい!人を破滅させておいて、知らないなんて言わせないわよ!」


それから、男の素顔を曝け出してやろうと、フードに手を伸ばした矢先。


男にその手を掴まれ、あろうことか、力一杯地面に放り投げられた。


「し、信じられない!女性を乱暴に扱うなんて、あなたどういう神経してるの!?」


人生初めての仕打ちに、私は歯を剥き出しにして尚も食ってかかろうとした時、男は懐から一枚の紙切れを取り出してきた。


「罪から解放されたいなら、そこに書いてある場所に来い。それが最後のチャンスだ」


そして、私の目前でその紙を落とすと、踵を返してこの場を立ち去ろうとする。


「ふざけないで!いきなりそんなこと言われて信じるわけないでしょ!これ以上あんたの指示には従わな……」


「別に来るも来ないもお前の自由だ。それと、我々はあの女と手を組んではいない。あの女が過去に遡っているんだ」

 


………………は?



一方的に話を終わらせようとするのが許せなくて、落ちた紙を投げ返そうとしたところ。最後の言葉に思考が停止する。



「あの女は、おそらく我々の計画で過去に死んでいるはずだ。それが何故か現世にいる。だから、こちらの手の内を知っているのかもしれない。いずれにせよ、我々は同志であることに変わりはない」


けど、無反応な私にはお構いなしと。背を向けたまま男はそう話すと、私の返事を待たずして足早に薄暗い路地へと消えていってしまった。



私は未だ意味が理解出来ず、その場で固まり続ける。



クレスが死んでる?


どういうこと?


そんな状況になったことなんて一度もなかったけど?



あの男は私を揶揄っているのだろうか。


けど、それならもっとマシな言い方があってもいいはず。


それに、そんな馬鹿げた冗談を言うようなタイプにも見えないし……。



つまり、あの男の話によると、過去に私達の計画が成功し、クレスは処刑された。


しかし、何かの力で蘇り、先手をとられた。


そう言いたいのだろうか…………



…………。



ありえない。



確かに、そう考えると合点がいくような点がいくつかあるけど、あまりにも話が飛び過ぎて到底信じることなんて出来ない。


でも、あの男が言った“罪から解放される”というフレーズは凄く気になる。


もし、これが本当に最後のチャンスだとしたら、私はまた地位を取り戻すことが出来るのだろうか。


そんなごく僅かな希望が見え始める中、くしゃくしゃに丸めた紙を恐る恐る広げて内容を確認する。


すると、そこには指定された日付と住所が書かれていた。


一体この場所がなんなのか全く分からないけど、ここに行くか、行かないかは私次第。


日付を見たところ、まだ数日の猶予はある。

なので、これからどうするかじっくり考えてみよう。



そう心に決め、私はポケットにメモをしまうと、漆黒の空を見上げて天国にいるお母様に祈りを捧げたのだった。

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