最悪の事態
お婆さん達が拘束され、本格的にテントの中を調査していくと、所かしこに凶器や拳銃、隠し罠がいくつも出てきて、調査員の表情が段々と険しくなっていく。
まさか、ここまで罠を仕掛けていたとは想像以上で。
今更になって身震いがしてきて、あの時自分が無事であったことに心から感謝した。
そして、ブラッド・ラッド商会の象徴である床に刻まれたネズミのシルエット。
それは調査員の目にも止まり、併せてお婆さん達の所持品を調べていくと、ブラッド・ラッドと記載された組合員証が出てきて、これでようやく実態が掴めた。
それから、拘束した男達に話を聞くと、ブラッド・ラッドとは最近出来た不特定多数の人間が集まる犯罪集団らしい。
ただ拠点はなく、不定期で闇市場に現れる“黒いフード男”が高額の仕事を持ち込んできて、司令塔となっているんだとか。
しかし、その男の正体を知る者は誰一人としておらず。
お婆さん達も一方的に指示を受け取っているだけで、男の詳細については全く知らなかった。
そして、盗品ドレスの入手については、彼らは全く関与していないという。
この期に及んで、まだしらばっくれているのかと思いきや。どうやら本当に出所を知らないらしく、この仕事を請け負った時には既に商品であるドレスがあったとのこと。
始めは”ドレスをラグナス家令嬢に売る”というだけの、単純な仕事だったそうな。
そこから更に報酬が加算され、ヘリオス家の使用人に扮して地下倉庫からドレスを持ち出し、この夜の市で私を誘き寄せるという内容が追加された。
ヘリオス家侵入の仕事は別のグループが。
夜の市での拉致はお婆さん達のグループが実行役。
ブラッド・ラッドは有象無象の集団で、お互いが初対面であり、仕事の時だけ一緒に行動しているらしい。
だから、お婆さん達は別グループのことは何も分からず。本拠地につながるような情報も持っていないので、こうして拘束したとしても大元に辿り着くのは困難であることが分かった。
それから、オリエンスお姉様の関係性について尋ねると、初めにドレスを売っただけで、それ以降は一切関わりがないと言っていた。
もしかしたら、お姉様も“黒いフード男”から一方的な指示を受けて行動していたのかもしれない。
そうなると、黒幕に辿り着くのはかなり難関な気がする。
……けど、今はそれよりも。
「ラグナス家のオリエンス嬢にドレスを売ったのは間違いないんだな?」
「だから、そうだって言ってるだろ」
「では、領収書を切ったことも?」
「ああ。あるよ」
どうやら特に口止めをされているわけでもなかったようで。シルヴィ様の尋問にも抵抗することなく答えていき、お姉様の悪事がどんどん浮き彫りになっていく。
「……そうか。それなら、ブラッド・ラッド商会は害虫駆除業者だという情報はデマだったということか……。その報告をした者を炙り出せ。後で徹底的に尋問する」
そして、ようやく私が提示した領収書が紛れもない本物であることが認められ、これで身の潔白が確立した。
それから、結局首謀者を炙り出すことが出来ないまま、粗方ブラッド・ラッドに対する尋問が終わると、お婆さん達はそのまま調査員に連行されていく。
「あの、ちょっと待って下さい!」
けど、最後に肝心なことをまだ確認していないため、私は慌てて彼女らの後を追った。
「あと一つだけ教えてください。あなたは私のことを何処まで把握しているのですか?」
毒針を防いだ時、まるでタイムリープのことを知っていたような口振りだった。
だから、てっきり黒幕と精通しているものだとばかり思っていたけど、そうじゃないとなると懸念事項は更に増えていく。
「さあ。この仕事を請け負った時に貰った情報といえば、ラグナス公爵家の娘だということと、”卓越した先見の明があるから気を付けろ”ということだけだよ。それ以外は何も知らない」
しかし、返って来た答えはそこまで心配するような内容ではなく。
特に関心も示さずに、お婆さん達は大人しく馬車の方へと歩いて行った。
とりあえず、秘密が知られていなかったことは一安心だけど、”卓越した先見の明がある”という話は凄く引っ掛かる。
おそらく、向こうは私の力に勘付いている可能性が高い。
タイムリープのことなんて書籍には何処にも載っていなかったのに、そこまで知っているということは、やっぱり黒幕はレーテ教信者で間違いなさそう。
「それじゃあ、我々もこれで引き上げます。クレス様、これまで色々とご協力して頂きありがとうございました」
こうして調査が終了し、シルヴィ様の表情にようやく笑顔が戻ると、恭しく私に一礼してきた。
「いいえ、とんでもない。こちらこそ、余計な騒ぎを起こしたのに、見逃して頂きありがとうございます」
結局リリスさん達は私の護衛だという大義名分が立ったので、会場を荒らした罪は問われなかった。
その代わり、損壊した店舗はラグナス家で弁償するということになり、夜の市騒動はここで終結した。
「そういえば、モルザ大臣はご一緒じゃなかったのですね。てっきり会場にいらっしゃるのかと思っていました」
「モルザ大臣には別の任務をお願いしました。この市場調査は秘書官補佐としても確認しておきたかったので。今王宮内は混乱しております。なので、一刻も早く首謀者を見つけ出すために、私も捜査班に加わりました」
確かに、以前リオス様も内部犯を疑っていると言っていた。
皇族のものを盗むという行為は謀反と同等。
だから、犯人捜索にはかなり力を入れているのだろうけど……。
出来ることなら、その情報をこちらにも流してもらいたい。
でも、部外者の私が関わるのは到底無理な話であって、例えリオス様にお願いしても難しいと思う。
これで、上手く真犯人が拘束されれば安泰だけど、やり口を見ている限り、これは相当捜査が難航するかもしれない。
ドレス問題は解決したけど、黒幕を探し出さなければ結局命の保証はない。
だから、これからも引き続き気を引き締めていかなければならないことに、私は小さく肩を落とす。
「……あと、クレス様。非常に申し上げにくい話ではありますが……」
すると、シルヴィ様は突然神妙な顔付きになり、その様子から彼が言わんとすることを瞬時に読み取った。
「お姉様のことですよね。それは仕方ありません。全て自業自得なのですから」
ブラッド・ラッドの証言がある以上、もう言い逃れは出来ない。
これで、お姉様は謀反に加わった一員として実刑は免れず、場合によっては処刑される可能性もある。
全て私が過去に味わってきたことを、ここでようやくお姉様に返すことが出来る。
その瞬間をずっと心待ちにしていたのに……。
なぜだろう。
いざその時が来ると、なんだか胸の奥がつっかえるような感じがする。
人を欺いて、罪のない人間を陥れて。
自分の利益のためなら人の命さえも平気で奪える。
まさに、極悪非道の極みなのに。
何故か今は達成感よりも、哀れみの気持ちの方が強いかもしれない。
プライドが高すぎる故の身の破滅。
欲を捨てて、“人の愛情”というものにもっと真摯的に向き合えば、結果は変わっていたかもしれないのに……。
それからシルヴィ様とはここで別れ、私はリリスさん達の元へと戻る。
リリスさん以外の人達は調査員の事情聴取が終わると、宣言通りさっさと帰宅していき、リリスさんだけが私の帰りを待ってくれた。
……というよりは、待ち構えていたと言った方が正しいかもしれない。
「それで、どういうこと?なんで急に奴らの潜入場所が分かったの?」
眉間に皺を寄せながら、開口一番に飛んできた予想通りの質問。
私は答えるより先に、まずはネックレスを彼女に見せようと首からそれを外す。
「リリスさんは、このネックレスについてご存知ですか?レーテ教にまつわる物なんですが……」
そして、恐る恐る尋ねてみると、最後の“レーテ教”という単語にリリスさんの眉がピクリと反応した。
「レーテ教のネックレスって……。まさか、それって教団が消滅した要因のやつ?」
「そうです。今回の一件は全てこのネックレスのお陰なんです。そして、私はこれに二度命を救われました」
それから、要点を話してみたけど、やっぱり全然ピンと来ていない様子のリリスさん。
なので、これから話すことを信じてくれるかは分からない。
けど、打ち明けるなら今しかない気がして、私は覚悟を決めて彼女の目を見据える。
「私はこれまでお姉様によって二回殺されました。一回目は窃盗犯の濡れ衣を着せられ死刑。二回目はあのテントに私達は誘き寄せられ、罠にハマってまた死刑となりました」
それから端的に説明すると、案の定。
リリスさんはぽかんとした表情のまま、暫く動かなくなってしまった。
「………………つまり、あんたはそのネックレスのお陰で二度蘇生したと。だから、奇襲が出来たってこと?」
けど、私が言わんとすることはよく理解してくれたようで。的確な彼女の返答に、私は大きく頷いた。
「それじゃあ……あの時の会話って、もしかして今回の一件と関係あるわけ?」
「あの時の会話とは?」
すると、今度は唐突に投げられた質問の意味がよく理解出来ず、首を横に傾げる。
「ごめん。実は教会でネル爺とあんたが話してたの途中から聞いてたんだよね。”レーテ教の惨劇が未だ続いてる”って辺りから。あの時は二人でなんの話をしてるのか全然分からなかったけど」
そう言われて思い返すと、確かにリリスさんが入って来たのは丁度話が終わったタイミングだった。
まさか聞かれていたとは驚きだけど、今となっては逆に好都合な気がして。私はここで全てを打ち明けようと決意を固める。
◇◇◇
「……ふーん。だから、そのネックレスはそんなウ◯コ色してるの?」
「リリスさん、言い方……。一応これ神聖なものなんですけど……」
それから経緯を全て話した後にもう一度ネックレスを見せると、まさかの汚物扱いに思わずツッコミを入れる。
「それじゃあ、あんたの世界線上ではあたしは一度死んでるってこと?」
「それは定かではないのですが、お姉様は殺したと言ってましたし、ナイフには血痕が付いてました。でも、リリスさんのご遺体は確認していないので真偽のほどは……」
けど、自分の体を平気で刺せるくらいなので、おそらくお姉様の言っていることは間違いない気がする。
「いずれにせよ、このあたしを陥れるなんて良い度胸してるわ。ていうか、目的のためなら無差別に人を殺れるって、あんたのお姉さん相当ヤバい人じゃん」
すると、意外にもリリスさんはすんなりと話を受け入れてくれて、拍子抜けした私は暫しの間呆気にとられる。
「……し、信じてくれるんですか?」
てっきり笑い飛ばされるのかと覚悟していたのに。
まさか、こんな簡単に信じてもらえるとは思っていなかったので、少しだけ不安になってくる。
「だから、あんたを信じるって言ったじゃん。それに、名だたる公爵令嬢が何でこんなにも切羽詰まっているのかずっと疑問に感じていたけど、ここでようやく謎が解けたよ」
けど、至極当然の顔で言われたことが、その不安を綺麗に払拭してくれて。一貫したリリスさんの態度に、段々と表情がほぐれていく。
「それで、黒だと確定したお姉さんはようやく拘束されるってわけ?」
「おそらく、そうなるでしょうね」
先程のシルヴィ様の様子を見た限りだと、今頃調査員の方達は我が家へと向かっているはず。
そうなると、今後のラグナス家の立ち位置は、かなり危うくなっていくだろう。
お父様達も寝耳に水な話に、暫くショックで立ち直れないかもしれない。
それでも、罪は償ってもらわないと。
例えその代償が大きくても、それは当然の報いだ。
「それじゃあ、あと残るは裏でブラッド・ラッドを動かしている奴か……」
「そうですね。今のところ皆目見当もつかないので、どうやって探し出せばいいのか全然分からないんです」
それから話が一段落ついたところで、肝心要の首謀者についてリリスさんと考えてみるも。
やっぱり有力な手掛かりが何もない以上、前に進むことが出来ず、自然と深いため息が漏れる。
「でもさ、そういう奴って案外自分の身近にいたりするんだよね。だから、あまり気を許し過ぎないように気をつけた方がいいかも」
すると、神妙な面持ちで言われたリリスさんの忠告に、私は目が点になった。
「身近な人って……」
思い当たるのは家族とギルドの人達とリオス様。
けど、どの人達も到底首謀者とは思えないので、その線はないような気がする。
「いずれにせよ、また何かあればうちに来なよ。もうあんたは常連なんだし」
「常連って……」
それは良いような、悪いような。
なんとも複雑な心境ではあるけど、頼れる先があるというのがどれ程に有難いことか。ここにきて改めて痛感したので、私は笑顔で首を縦に振った。
それから、気付けば時刻は夜の九時を回ろうとしていたので、私達もここで解散し、馬車を呼んで帰路に着く。
本当に、ここに来るまでかなり長い道のりだった。
現実世界ではたった一週間くらいしか経っていないけど、私からしてみれば半年くらいは経過しているような。
これまでのことを振り返ると、未だ憎悪が込み上げてくるけど、ここでようやく蹴りが付くと思うと肩の荷が降りる。
あとは、お姉様の行く末を見届けるだけ。
そして、もう二度と私は誰かに殺されたりなんかしない。
そう切に願いながら、窓から覗く空いっぱいに広がった眩い星を、ぼんやりと眺めていた時だった。
自宅近くまで来たところで、何やら騒然とした声が聞こえてくる。
それから門扉の前に到着すると、そこには王宮の馬車が何台も停車していて、周囲には沢山の人集りが出来ていた。
しかも、何故か皆緊迫した表情をしていて、慌ただしく動き回ったりと。
ただお姉様を拘束するにしては、何だかおかしな動きをしていて、嫌な予感がした私は急いで馬車から降りた。
「ああ、クレス!ずっと待ってたのよ!今までどこ行ってたの!?オリエンスは一緒じゃなかったの!?」
玄関先に着いて早々、私に気付いたお母様が目を真っ赤に腫らしながらこちらに駆け寄ってくる。
「クレス、これはどういうことだ!?調査団は君の通報だと言っていたが!?」
そして、お父様もかなり気が動転しているようで、詳しい経緯をすっ飛ばして断片的に問い詰めてくる。
「落ち着いてください。事情はちゃんと説明しますから」
とりあえず今の状態では、まともに話が出来なそうなので、私は二人を宥めさせるためにゆっくりと喋る。
「クレス様」
すると、人集りの中からシルヴィ様の声が聞こえ、振り返ると何やらとても深刻な表情でこちらに向かってきた。
「オリエンス様を知りませんか?どうやら、まだ家に帰 っていないそうで。思い当たるところを探してみても見つからないんです」
一体何事かと思いきや。
まさかの事態に、私は暫しの間思考が停止する。
「今調査員が夜の市周辺を捜索していますが、未だ難航しているようで。もしかしたら、あの騒動を見て逃亡した可能性があるかもしれません」
それから最悪な想定を突きつけられ、愕然とした。
確かに、あれだけの騒ぎを起こせばお姉様の目にも絶対つくはず。
けど、逃亡するなんて考えもしなかったので、まさかこうして裏目に出るとは思ってもみなかった。
「一先ず、王都内に手配をかけます。クレス様の方でも何か情報が入ったら、直ぐに我々に教えて下さい」
動揺する私とは裏腹に、シルヴィ様は終始冷静な様子で頭を軽く下げると、調査員を連れてそのまま引き上げていく。
私は未だ状況を受け入れることが出来ず、呆然と立ち尽くしながら、漆黒の空を見上げた。
ここまで来たら、大人しく罪を認めると思っていたのに。
最後まで悪足掻きをするなんて、本当にどこもでも堕ちてしまったのですね。
そして、おそらく同じ空の下に居るであろうお姉様に向かって、そう心の中で嘆いたのだった。