奇襲攻撃
「あら、ラグナスのお嬢ちゃん久しぶり。今日はやけに軽装ね」
約束の時間を迎えギルドの中に入ると、いつものように受付に立っていたお姉さんは、私の姿を見るやいなや早速身なりについて弄ってきた。
「お久しぶりです。今日は大掛かりな依頼をしてしまってすみません……」
「別に気にしないで。売上に大きく貢献してくれるお客は好きよ」
そう言って魅力的なウィンクを飛ばしてくるお姉さん。
結局夜の市には四人体制で挑むことになり、その分料金もお高め。
けど、これで相手を制圧出来るなら安いもの。
あの時は大柄な男二人に取り押さえられたけど、もしかしたら他にも潜んでいたかもしれない。
でも、あんな人が多い所で、そこまでの人数を揃えられるのか疑問だし、リリスさん並の精鋭があと三人もいれば、負けることはないと思う。
それに、今回は正式に申請をしたから、万が一何か起きたとしても直ぐに対処してくれるはず。
「あ、クレス。相変わらず時間ピッタリだね。こっちはもう準備出来てるよー」
すると、カウンターの奥からリリスさんが姿を現し、笑顔でこちらに手を振ってきた。
「では、早速行きましょう。でも、その前にお支払いを……」
「それなら、今回も後払いでいいわよ。ただの護衛になるか、制圧になるかはまだ不透明だし」
先に手続きを済ませようと鞄から財布を出したところ、受付のお姉さんにやんわりと制止され、私は大人しく手を引っ込める。
確かに、万が一相手が何も仕掛けてこなければ、リリスさん達は何も攻撃しない。
そうなると、相手の尻尾が掴めなくなるので、それはそれで非常に困るけど……その可能性はかなり低いと思う。
向こうの狙いがネックレスなら、確実に私を襲ってくる。
その現場をリリスさんにおさえてもらえれば、きっと騒ぎになるだろう。
そうなれば、王宮の調査員の目にも留まるはず。
それから、私達はギルドを出て会場へと向かう。
私の護衛についてくれるのは、大柄でよく喋るスキンヘッドの男性と色白で細身の無口な長髪男性。
あとはリリスさんと、全身タトゥーが入った金髪ポニーテールの長身女性。
全員風格があり、風貌が派手なので遠目で見てもかなり目立つ。
そんな集団の中で行動するのはいささか不安ではあるけど、全員選りすぐりの実力者ということなので、安心して身を預けられる。
あと残る懸念事項といえば、お姉様のこと。
こうして周りを固めたので、おそらく大丈夫だと思うけど、いつどこで仕掛けてくるのか分からないので油断は出来ない。
それに、結局黒幕は誰なのか最後まで分からなかった。
あれから、お姉様の行動を密かに注視していたけど、それらしい人物の名前を口にすることはなく。
誰かと連絡を取るような気配もなかったので、一体彼女はどのようにして繋がっているのか全く分からない。
ドレスの隠し場所も知らなかったし、メモ書きのことも知らなかった。
けど、私が夜の市へ行くことは知っていた。
そして、ブラッド・ラッド商会と接触することも。
もしかしたら、お姉様は断片的にしか情報を貰うことが出来ない状況なのかもしれない。
例えば、誰かに一方的に指示されているとか。
その指示さえ従っていれば上手くいく算段だったのに、それが狂ってしまった。
だから、「話が違う」とあんなに悔しがっていたのかもしれない。
そうなると、もしかしたらお姉様自信も黒幕の正体を知らない可能性が……
「ところで、あたしらは何をすればいいの?」
その時、考えに耽っていると脇からリリスさんがひょっこり顔を出してきて、ふと我に返る。
「あ……。そうですね。これからのことを皆さんにもお話ししないとですよね」
そこで、まだ計画を伝えていないことに気付き、私はリリスさん達の方へと向き直した。
「これから狙おうとしている占いの館は、ブラッド・ラッド商会の隠れ家です。そこに私がお客として一人で乗り込みます。そして、向こうは隙をついて私を襲おうとするはずです。そうなった場合には、皆さんに派手に暴れて欲しいのです」
それから、未来の出来事を迷うことなく話すと、リリスさんを始め、この場にいる全員が目を点にして固まってしまった。
「…………なにそれ?いつの間にそんな情報を仕入れたの?これまで手掛かりなんて何一つ掴めてなかったじゃん」
そして、ごもっともな質問が飛んできて、私は苦笑する。
「そうですね。私も《《今日初めて》》知りました。詳しいことは申し訳ないですが今はまだ話せません。なので皆さんは話半分に聞いて頂ければと思います」
流石に、リリスさん以外の人の前で打ち明けることは出来ず。
彼女には詳しく話したかったけど、今はこれぐらいしか伝えられないことに良心が痛む。
「まあ、これが本当かただの勘違いかは後に分かることだ。それに、金さえ貰えれば俺は別にどっちでもいいけどな」
「それなら、襲撃した方が特別手当貰えるから、やれと言われれば私はやるけど」
「…………俺はさっさと終わらせて早期退勤したいんだが」
一方、他の人達はあまり本気にしていないようで。
清々しい程に本音を曝け出され、今度はこっちが呆気にとられる番。
だけど、変に追及されるよりかは、それぐらい軽く捉えてくれた方が気が楽だと思いリリスさんの方に視線を戻すと、全然納得がいかないと言わんばかりの目で睨まれてしまった。
「ごめんなさい、リリスさん。事が終わったら、全てお話しますから」
だから、周囲の目を盗んで彼女にこっそり耳打ちすると、ようやく納得してくれたのか。眉間の皺が緩み、首を縦に振ってくれた。
こうして、私達は夜の市の会場前に到着すると、リリスさん達には少し距離を空けてから後をついてくるようにお願いした。
本当は一緒に行動したかったけど、このメンバーで動くとかなり目立つので、向こうが勘付いてしまう可能性がある。
そうなると、この計画が狂ってしまう恐れが出てくるため、ここは怖くても一人で行動するしかない。
大丈夫。
リリスさん達がしっかり守ってくれるから、堂々としなきゃ。
そう自分に言い聞かせると、私は気持ちを落ち着かせるために深呼吸を一つする。
そして、一足先に会場入りすると、目の前には前世と全く同じ光景が広がっていた。
活気ある商人達の声と笑い声。
道ゆく人達の溌剌とした表情。
陽気に包まれたこの会場の裏で、まさか人の血が流れているとは誰も想像していないだろう。
けど、それは前世の時の話で、ここから先はもう二度と同じ過ちは繰り返さない。
今回はリオス様がいないから、この人混みの中でお姉様を見つけ出すのは至難の業だけど、こっちが探さなくても、おそらく向こうから接触してくるはず。
そして、今度こそお姉様を窮地に立たせてみせる。
固い決意を胸に抱き、高鳴る鼓動を抑えて記憶を辿り市場の奥へとどんどん突き進む。
占いのテントの場所は何となく覚えている。
お婆さんに声を掛けられたのは、フルーツ飴屋さんの前で立っていた時だから、飴屋を目印に行けば辿り着くはず。
暫く進むと、お客さんが一際集まっている屋台通りに到着し、そこの一角にあるフルーツ飴屋の隣には、あの時と同じグレーのテントが張ってあった。
こっそり周囲を見渡してみると、男達の姿はなかったので、きっと何処かに隠れてこちらの様子を伺っているのかもしれない。
私はテントの前まで辿り着くと、数メートル後ろにいるリリスさん達に目配せする。
それから、彼女達が臨戦態勢に入ったところで、私は意を決してテントの中へと突入した。
「…………おや。珍しい。こんな怪しいテントにお嬢ちゃんが一人で来るなんて」
どうやら、こちらから乗り込んでくるとは想定していなかったようで。
占いのお婆さんは、私の姿を見た途端目を丸くした。
確かに、表には看板も何も立っていないので、ここに誰かが立入ることは、まずないのだろう。
相手の意表を突けたことに少しの達成感を抱きながら、私は満面の笑みを浮かべる。
「こんばんわ。実は、ここで占いをやっていると人から聞いたので、試しに伺ってみたんです」
そして、わざと匂わせるようなことを口にすると、予想通りお婆さんの表情が段々と険しくなり始めた。
「…………おかしいね。一体誰からそんな話を聞いたのかい?ここではそんなこと、《《まだ》》一度もしていないんだけどね」
そう言うと、目の奥を光らせて警戒するような視線を送ってくるお婆さん。
けど、直ぐに体制を整えると、テントの真ん中に設置された椅子に腰をかけ、にっこりと怪しく微笑んできた。
「まあ、せっかく来たんだ。今ならタダで占ってあげるからそこに座りなさい」
そこで案内されたのは、前世でリリスさんが座っていた場所。
そこから瞬時に読み取れる相手の思惑。
それを承知の上で、私は案内されるままにその椅子に座った。
「それで、一体何を占って欲しい?」
それから先程の刺々しさが消え、今度はゆったりとした口調で尋ねられたので、わざとらしく考えるふりをしてみる。
「そうですね……。私のこれからの未来でしょうか。実は私、ここに来るまで大分波瀾万丈だったんですよ」
そして、ここぞとばかりに笑顔でそう答えた。
「始まりは私のデビュタントの時です。お姉様に誕生日プレゼントで貰ったドレスが、実は盗品で。それで、濡れ衣を着せられて一度処刑されました」
「………………は?」
案の定。
突拍子もない話にお婆さんは目を点にして動かなくなってしまったけど、私はお構いなしに話を続ける。
「でも、色々あって今はこうして再びここに来ることが出来たんです。だから、占ってくれませんか?これからの行く末を……」
その時、最後まで言い終わる前に突然キラリと光るものがテーブルの下から勢いよく飛び出し、私の胸に突き刺さる。
けど、これも全て想定済みなので、服の下に隠していた鉄板が上手くそれを防ぎ、私は毒針を抜いて床に放り投げた。
「…………やはり、全てお見通しか。どうりで我々の計画が狂うわけだ」
すると、さほど驚く様子もなく、まるでこちらの状況を知っているような口振りで、お婆さんは私を睨み付ける。
「ヘリオス家の地下倉庫にメモ書きを置いたのはあなた達ですか?」
それに臆することなく、私は落ち着いた口調で、先ずはそこから攻めてみようと静かに問いかけた矢先だ。
何かが天井から落ちてきて、気付いた時には大きな網の中にいた。
驚いて咄嗟に網をどかそうとするも、網の端に重しが施され、なかなか解くことが出来ず必死にもがく。
「あ、あなた達は本当にどこまでも卑怯ですね!」
まさか、別の罠が仕掛けられていたとは思いもよらず。
まるで獲物にでもなったような気分になり、私は悔しさのあまり大声で非難した。
「それが我々のやり方だからね。罠に自ら飛び込んできたお嬢ちゃんが悪い」
そんな私を嘲笑うように、お婆さんはゆっくりこちらに近付いてきて、懐から一本の長い針を取り出す。
__その次の瞬間。
辺り一面が真っ白になった途端、吹き上げた爆風によりテントが吹っ飛ぶと、その反動で両脇に設置された露店まで被害を被り、辺りは騒然としだす。
一体何が起きたのか呆気にとられていると、気付けばお婆さんの背後にはリリスさんが立っていて、ナイフの切先を向けていた。
「あんたが派手に暴れていいって言ったからやったけど、後で責任取ってね」
そして、まるでこれから悪戯を仕掛ける子供のような表情をしながら、リリスさんはお婆さんの腕を拘束し、首を容赦なく締め付けた。
「……ぐ。まさか、始めからこれが狙いか……」
どんどんと野次馬が集まっていく中、不意をつかれたお婆さんは彼女の腕をなんとか振り解こうと必死で抵抗する。
すると、物陰からあの大男二人が現れ、リリスさん目掛けて襲いかかってきた。
その時、男達のスピードに負けないくらいの速さで、ギルドの男性陣が前に立ちはだかり、呆気なく返り討ちにする。
そして、怯んだ隙を狙い、いつの間にやら脇に立っていた金髪ポニーテールのお姉さんは、太腿から小型の拳銃を取り出すと、男達の膝目掛けて容赦なく発砲した。
「君達!そこで何をしている!?」
その音に慌てて駆け付けてきた警備員達。
そこから会場内には緊迫した空気が流れ、益々辺りが騒然としだした時だった。
「こんな所で騒ぎを起こすなんて、困りましたね」
突然背後から響いてきた、聞き覚えのある静かな男の人の声。
その声に振り返ると、視界には銀髪を靡かせながらこちらに近付いてくるシルヴィ様の姿が映り、意外な人物の登場に、私はその場で固まる。
「クレス様大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
それから呆然と立ち尽くしていると、シルヴィ様は手際良く絡み付いた網を取り除き、憂げな表情で私の顔を覗き込んできた。
「……あ、は、はい。ありがとうございます」
透き通った綺麗な碧眼に捉えられ、不覚にも頬が熱くなってしまった私は、気恥ずかしくなって視線を足下に落とす。
まさか、彼が来るとは想定外だった。
てっきりモルザ大臣が偵察しているのかとばかり思っていたから。
けど、国王秘書官の補佐であるシルヴィ様にこの状況を現認して貰えば、もう怖いものなんてない。
「シルヴィ様が来てくださって助かりました。実は、あの人達に突然襲われてたんです」
そして、ここぞとばかりに涙ぐみながら、私はブラッド・ラッドの人達を指差す。
「分かりました。あとのことは我々にお任せ下さい」
そう言うと、シルヴィ様は引き連れていた王宮調査員に指示を出し、お婆さん達は直ぐに拘束された。
それから、私とリリスさん達は事情聴取の為この場に残り、ここからブラッド・ラッド商会の実態を暴く捜査が始まったのだった。




