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二度目の断罪






「……う」



頬にひんやりとした感触がして、意識が徐々に覚醒していく。


ゆっくり瞼を開くと、ぼんやりとした視界には真っ黒な見慣れない天井が映り、私は徐に体を起き上がらせた。


辺りを見渡すと、ここは何かの倉庫なのか。

狭い部屋に大きな木箱がいくつも積まれていて、カビ臭い匂いが鼻を掠める。



私はどれぐらい気を失っていたのだろう。


それよりも、リリスさんはどこに連れられてしまったのか。


この部屋は完全個室のため入り口は一つしかなく、扉を開けようとしても鍵が掛かって外に出れない。


ダメ元でドアを強く叩いて叫んでも、人が来るような気配は全くなかった。




そもそも、向こうは私がブラッド・ラッド商会を探していたことを何故知っていたのだろう。


ドレスの出所を探しているのならまだしも、そこまで把握される要素が思いつかない。


領収書を探していた時はお姉様は出掛けていたし、闇市場で聞き込みしていた時は“謎のフード男”のことしか口にしていない。


あとは唯一誰かに話したとしたら、リオス様に領収書を渡した時ぐらいだけど……。



もしかして、そのやり取りを誰か見ていたのだろうか……。



それとも……




「…………モルザ大臣?」



ふと脳裏に浮かんだ闇市場での光景。

そして、モルザ大臣は窃盗事件を捜査する側の人。

なので、領収書のことについては当然把握しているはず。


もし、彼が真の黒幕だとしたら。

ここまで私の行動が筒抜け状態なのも合点がいく。



「まさか、そんな……」



これもただの決めつけでしかないけど、絶対ないとも言い切れない。


仮にそうだとしたら。

もしかして、私はとんでもないミスを犯してしまったのだろうか……




その時、突然倉庫の扉が勢いよく開き、私は期待を込めて振り向くと、そこには思いがけない人物が立っていて、その希望は一気に打ち砕かれる。


「お姉様……?」  


目の前に立っているのは、先程までリオス様とデートしていたはずのオリエンスお姉様。


ここが一体どこなのか分からないけど、彼女が何故今目の前にいるのか状況が理解出来ず、暫しの間固まってしまった。



「あなたって単純な子ね。まさか本当にここまで来るなんて」


そんな私を嘲笑うかのように、お姉様は蔑んだ目を向けながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。



「……あのメモ書きはお姉様の仕業だったんですね?」


筆跡が違かったので半信半疑ではあったけど、あの時の嫌な予感はやはり間違いなかったんだと。

改めてそう思いながら、お姉様に問い詰める。



「メモ書き?何のとこ?」


すると、予想とは違う反応が返ってきて、私は一瞬呆気にとられた。


「とぼけないで下さい。ヘリオス家の倉庫からドレスを持ち出して、ここの場所と時間を書いたメモを置きましたよね?」


白々しい態度に段々と苛立ちを感じ始め、口調が徐々に荒くなっていく。



「ああ、なるほど。あなた、あのドレスをそんな所に隠したのね」


しかし、お姉様の反応は相変わらず鈍く。まるで、これらのことを初めて知ったような口振りに、私は混乱し始めた。



どういうこと?

もしかして、この一件についてお姉様は本当に何も関与していない?



未だ全くピンときていない様子を見た限りだと、どうやら嘘をついているようにも思えない。


もしそうだとしたら。

ヘリオス家の人間は一体誰と繋がっているというのだろうか。




「それはそうと。クレス、あなたはあのドレスが王妃様の物だと何故分かったの?あなたが知るような隙はどこにもなかったはずなのに」


すると、暫く考えに耽っていると、お姉様の不機嫌な声ではたと我に返る。

  

「その理由を知りたいなら、お姉様の背後に誰が居るのか教えて下さい」


そして、交換条件を突き付けると、お姉様は軽い舌打ちをして私から視線を逸らした。


「そこまで把握しているのね。ギルドの人間とも手を組んで。あなたこそ一体誰の入れ知恵かしら?本当に忌々しいわね」



それから、吐き捨てるように放った最後の言葉には、憎悪の念がたっぷりと込められていて。


悔しがるお姉様の表情に、少しの達成感が湧いてきたけど……



それよりも。




「お姉様、リリスさんは一体どこですか?」



何より一番気掛かりなのは彼女の安否。


致命的な傷を負ってはいるけど、せめて無事であって欲しいと心から切に願っていた時だった。



「ああ。あの女なら気絶しているうちにさっさと殺したわよ」



オリエンスお姉様の心無い一言に、私は目の前が真っ暗になる。



「まさか……嘘……」


「当たり前でしょ。あんな厄介な女を生かす理由なんてどこにもないじゃない」


至極当然のような表情であまりにもあっさり答えるので、いまいち信憑性を疑う。


けど、逆にそれが真実味を帯びていて、段々と血の気が引いてきた私は徐々に体が震えだしてきた。




「……いや、この目で直接確認するまで、私は信じません!」



絶望感で心が押し潰されそうになった手前。

私は負の思考に囚われてはいけないと持ち直す。


これまで何度も騙されてきたのだから、彼女の言うことをそのまま鵜呑みにするのは自殺行為だ。


だから、最後まで望みを捨てない意思をはっきりと主張した途端、お姉様は突然お腹を抱えて笑い出した。



「そんなのどっちでもいいじゃない。どのみち、あなたも同じ末路を辿るのだから」


すると、不敵な笑みを浮かべた直後。

お姉様の懐からキラリと光る鋭利な刃物が飛び出してきて、私は咄嗟に身構える。


よく見ると、刃物の持ち手にうっすらと血の跡が付いていて、それに気付いた瞬間どっと恐怖が押し寄せてきた。



「まさか、それで本当にリリスさんを……」


「だから言ってるじゃない。安心して。あなたも一思いに殺してあげるから」



そう答えるお姉様の表情は、まるで少女のようなあどけない笑顔を浮かべていて。


この状況を心から楽しんでいる様子に、私は背筋が凍り付いた。



狂ってる。


私が想像している以上に、この人は相当イカれてる。



改めて認識したお姉様の本性。   


この人には何を言っても無駄だと。直感的に悟った私は、太腿に忍ばせた護身用ナイフを取り出そうと手を伸ばした時だった。


不意をついて勢い良く刃物を振り翳してきたお姉様。


すんでのところで彼女の両手首を掴み、私は力一杯抵抗するも、お姉様の力の方が強く、徐々に切先が顔へと迫ってくる。



「全部あなたのせいよ。あなたが、私の愛するものを全て奪おうとするから」



そして、いつぞやの時のように酷く歪んだ表情で私を見下ろしながら、お姉様は吐き捨てるようにそう言い放った。



「一体私が何を奪ったと言うのですか!?私は、ただお姉様のことを本当の姉のように慕っていただけなのに……」



ここで理由を問いただすのは二回目。


一回目の時はまともに答えてくれなかったけど、今回は納得するまでとことん追求しようと、私は握る手に力を込め、お姉様の腕を押し返す。



「私は家族に寵愛されていた。……それなのに、あなた達が現れた途端、お父様の目はあなたと義母(おかあさま)に向くようになったわ」 



すると、お姉様は憎悪に塗れた目を向けながら、ぽつりぽつりと理由を話し始めた。



「あなた達が現れるまでは、周りの人間の意識は全て私のものだったのに……。けど、あなたは私のテリトリーに土足で踏み込んできて、私を一番から引き摺り下ろそうとした。だから、殺すまでよ」


そう断言するお姉様の言っている意味が、いまいちよく分からない。


私はそこまでの人間じゃないのに、お姉様は一体私の何に嫉妬しているというのだろうか。



それよりも、そんな理由で殺したい程に憎まれるなんて。


これまで培ってきた信頼関係は一体何なんだったのかと。


更なる絶望感に苛まれ、少しだけ手の力が緩んだ矢先だった。



お姉様は突然手に持っていた刃物を何処かに放り投げ、私の太腿に収められた護身用ナイフを取り出す。




__そして、次の瞬間。




不意に手首を強く引っ張られ、無理矢理護身ナイフを握らされた途端、あろうことか。お姉様はそのまま自分の脇腹にナイフを突き刺したのだ。


「お、お姉様!?」


あまりの衝撃的な光景に私は一瞬頭が真っ白になり、体が石像のように固まる。


それをいいことに、お姉様は刺したナイフをどんどん自分の体に食い込ませ、溢れる血が私の手首まで滴ってくる。



「いやあああ!離して下さいっ!」



これまでに見たことがない程の大量な人の血に絶叫し、危うく気絶しそうになる手前。


それを何とか踏み止まり、一刻でも早くこの手を引っこ抜こうと必死で抵抗するも。致命的な傷を負っているにも関わらず、手の力を緩めることのないお姉様のせいで、ナイフはびくとも動かなかった。



「始めはどうなるかと思ったけど、やっぱりクレスはクレスで安心したわ。結局は全て私の思惑通りに動いてくれるもの」


それから、深傷を負っているというのに、呻き声一つもあげず平静を保ち続けるお姉様。


それどころか、とても満足した表情で口元を緩ます姿は恐ろしいくらい不気味で、この世の者とは思えない程の恐怖が襲ってくる。





「オリエンスっ!」



その時、血相を変えて倉庫に飛び込んできたリオス様に、私は度肝を抜かされる。


その瞬間、お姉様の手が離れ、私は慌てて彼女から勢い良く身を引いた。



「クレス!?君は一体なんてことを……!」



その光景を見たリオス様は顔を真っ青にしながらお姉様の側まで駆け寄り、すぐさま刺さったナイフを引っこ抜く。



「……ごめんなさいリオス様。私が油断したばっかりに、こんなことになってしまって……」


すると、つい先程までは平然とした顔をしていたのに。気付けば今にも死にそうな表情をしながら、お姉様は負傷した脇腹を抑えてリオス様の腕にしがみつく。


「盗品のドレスについてクレスに問い詰めたんです。そしたら、彼女が逆上して……」


そして、なんとも白々しい嘘を並べて、弱々しい目を彼に向けた。



「何を言ってるんですか!?ドレスを盗んだのは全部お姉様の仕業なのに!その傷だってお姉様が自ら……」



「もう止めるんだ、クレス!」



その姿に腑が煮え繰り返り、私は怒りに震えながら歯を剥き出しにして反論しようとした矢先。


それを制するようにリオス様が突然大声を出し、肩が思いっきり震えた。



「ドレスは見つかったよ。君と別れた後に彼女が差し出してくれたんだ」



そして、耳を疑うような話に、私は返す言葉も忘れてその場で唖然とする。



「それから、君がくれた領収書は偽物だってことも分かったよ。ブラッド・ラッド商会は害虫駆除業者だ。だから、衣類なんて一切扱っていない」


それから、更に驚く話に空いた口が塞がらない。


「まさか……そんなはずは!それに、ブラッド・ラッド商会は夜の市で占いの館をしていました。私はそこで襲われて、今ここにいる居るんです!」


あれだけ商会の実態を探っていたというのに。

まさか、こうもあっさりと見つかるなんて全然納得がいかない。


だから、ここは負けじと事実を主張しなければと、身を乗り出して更に反論しようとした時だった。



「その血塗られた手で一体何を信じろと言うんだ?」



これまでに聞いたことがない程の冷めた声で言われた一言に、はっと息を呑む。



「リオス様!ご無事ですか!?」


すると、後から続々と騎士達が倉庫の中に入ってきて、状況は益々悪くなっていった。



「俺は大丈夫だから、早くオリエンスの治療を!彼女を絶対に死なせるな!」



もはや、リオス様の目にはお姉様しか映っていない。 



それもそうか。


彼の言う通り、この手では私は何も証明することが出来ないし、何も救えないのだから……。




圧倒的不利な立場に戦意喪失した私は、呆然と立ち尽くしていると、その隙に騎士達が私を拘束する。



そこから連想されるこの後のこと。


状況は違えど、あの時と全く同じ光景にもう絶望の色しか見えない。



だだ、唯一違うことと言えば……





「クレス、君には失望したよ」




まるで親の仇を見るような目で放たれたリオス様の一言。



それは、まるでこの復讐の結末を言い渡されたようで。



彼の言葉は、最期の最期まで脳裏にこびり付いて離れなかった。





それから、再び牢獄に入れられた私は寝る間も与えられず尋問の日々が続いた。



結局、お姉さまが犯人であるという有力な証拠は何も用意することが出来ず。

それどころか、知らず知らずのうちに私が犯人であるように仕立てられていて、誰も私の言葉に耳を傾けようとはしない。



必死で探した領収書は偽造だと認定され。


闇市場を捜索したのも闇業者と密会していたことにされ。


リオス様をヘリオス家に招いたのも、オリエンスお姉様を陥れようとしていたことにされ。


唯一の望みであるお母様は、私がお姉様を刺したと知らされると、掌を返したようにお姉様を擁護してきた。



一緒に処刑されるよりは百倍マシだったけど、またもや信じていた人に失望されるのは、かなり精神的に応える。



そして、最後まで不可解だった二人の夜の市デート。


その理由は、私の動向確認のため。


メモ書きのことは何も知らなかったくせに、私がここへ来ることだけは誰かに聞かされたのか。


お姉様は良いように話を捏造し、リオス様を上手く連れ出したらしい。



それから、リリスさんの行方については結局最後まで謎に包まれたままで。


今回はギルドを通さず直接リリスさんに依頼してしまった事が仇となり、私が拘束されている以上、真相は闇の中へと沈んだ。



そこから先は、思い描いていたシナリオ通り。



起訴された私は情状酌量の余地なく、死刑を宣告された。






……ああ、またもや失敗してしまった。



流石、オリエンスお姉様。


やっぱり一筋縄ではいかなかった。  



後少しで復讐が達成できそうだったのに、いつの間にか先回りをされ、背後を取られてしまった。

 


それに……。



「非常に残念だよクレス。まさか、君がそんなことをするなんて……」



死刑執行直前に見た、リオス様の悲しい顔がふと脳裏に浮かぶ。


幼い頃から知っていた仲だったのに。

これまで培ってきた私達の信頼は、お姉様の毒牙によって呆気なく崩れ落ち、今では私の言葉なんて一切信じてもらえない。


それもこれも、私の爪が甘かったから。

お姉様のずる賢さを侮ってしまったから……。



でも、これでよく分かった。

今の私じゃ到底太刀打ちなんて出来ないことを。


だから、次こそは絶対に成功してみせる。

あの悪夢をもう二度と味合わないためにも。


そのためなら、このまま悪人として堕ちてもいい。

例え最愛の人に見捨てられても構わない。


どんな手段を使ってでも、この命が尽きるまで私は絶対に諦めない。



そう強く心の中で誓い、再び訪れる奇跡を信じて私は空を仰いだのだった。


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