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光と影





一刻一刻と迫ってくるメモに書かれた謎の時間。


今回は罠かもしれないので、闇市場の時よりもより慎重にいかなければいけない。


服装はいざって時のために動き易いよう数年ぶりにズボンを履いて、走りやすいブーツを履いて、顔が隠れるようにフードまでして。極めつけに、初めて護身ナイフという物を持った。


リリスさんも、いつも以上に隠し武器を携えて、私達は厳戒態勢で挑んだ。





__それなのに。






「……ねえ、住所ここで合ってる?」


「はい。確かに」


「なんか、あたしら凄い場違いじゃない?」


「そうですね……」


「…………一旦出直す?」




目的地に辿り着いた途端、想像していたものとは180度違う光景が目の前に広がり、路頭に迷う私達。



それもそのはず。



だって、ここは……。





「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!今なら根菜セットがたったの500ナラだよ!」


「タイムセール実施中でーす。ドレス二着買うと一着半額になりまーす」


「当店は只今会員様募集しております。入会特典としてオリジナルパールネックレスを無料で配布しておりますよー」



そこかしこに飛び交う威勢のいい声。

我先にと商品を奪い合う町人達。


ここは、一年に二、三回程開催される大規模夜の市会場。



始めに住所を確認した時は、だだっ広い更地だったので、一体何が待ち受けているのかと思いきや。


王都内の行事には全くもって関心がない私達は、今日が夜の市だということなんて知る由もなく。気合を入れて行ってみたら、思いっきり空振り状態となってしまった。



「それ、本当にただのメモだったんじゃない?もうこの際だからあたし達も買い物してく?」


「あ……ごめんなさい。私お金持ってません」



警戒態勢を緩めたリリスさんは小さく肩を落とし、若干投げやりな態度で提案してくるも。

買い物するなんて微塵も頭になかった私は、苦笑いを浮かべて首を横に振った。



もしかしたら、ただの思い過ごしかもしれないと思ってはいたけど……まさか本当に思い過ごしだったとは。



先走るのは止めようと自制しときながら、結局思いっきり先走っていた自分が恥ずかしくなり、私は見を縮こませる。



「とりあえずさ。せっかく来たんだから、せめて一通り見て回ろっか」


すると、今度は期待に満ちた眼差しを向けてきたリリスさんは、私の返事を待たずして足早に市場の奥へと突き進んで行った。







「え?卵めっちゃ安。2パック200ナラなんて破格もいいとこでしょ」


「お嬢ちゃん達綺麗だから、揚げたての唐揚げもオマケするよ」


「……ありがとうございます」




歩き回ること早数分。

リリスさんは既に場の雰囲気に馴染んでいる中、私は未だ戸惑いが抜けきれず、挙動不審になりながら、おじさんに差し出された唐揚げをおずおずと受け取った。



大規模夜の市とあって、会場には沢山の親子連れだったり、老夫婦だったり、カップルがいたりと客層が闇市場とは大違い。


会場内は市場以外にも、りんご飴や綿飴、串焼きやお菓子にジュース売場などなど。

お祭りのような屋台もずらりと並び、活気に溢れていた。


「クレスも、もう少し楽しめばいいのに。毎回会う度眉間に皺寄せてるんだから、今ぐらい肩の力抜けば?……あっ。次はあっち見てみたい」



もはや、当初の目的はどこへやら。

始めは様子見だけとか言っていたリリスさんは完全に夜の市を満喫し始め、はしゃぎながら私の腕を軽く引っ張った。



でも、確かにリリスさんの言うとおり。


これまでドレスのことやお姉様のことでずっと気を張っていたから、たまには息抜きも必要かもしれない。


空振りとなった今は焦っても仕方ないので、とりあえず場の雰囲気だけでも楽しもうと。


私はようやく顔の筋肉を緩めると、リリスさんに連れられるまま、後をくっ付いていった。




屋台を見て回るのもどれぐらいぶりだろう。


ちょっと前までは、こうしてイベントがあればお姉様とよく出掛けたりしていた。


あの頃は本当に楽しくて、行く度に新鮮な気持ちになれて、どれもが良い思い出だったのに……。



油断していると、またもや感傷的になってしまうので、私は無理矢理雑念を振り払い、目の前に並ぶフルーツ飴に集中した。



「……ねえ、たかが飴買うのに何分掛かるの?」


「苺にするかマスカットにするか迷ってまして」


「両方買えばいいじゃん」


「ご馳走してもらう身でそんな贅沢はいけません」


「あんた公爵令嬢の割に、随分とそこはきっちりしてるのね」



飴を買ってあげると言われたから真剣に悩んでいたのに。


いつまで経っても決断しない私に痺れを切らしたリリスさんは、呆れたように溜息を一つ吐くと、苺とマスカット両方に手を伸ばし、潔くお会計をしてくれた。



「はい。どうぞ」


「あ、ありがとうございます……」


リリスさんのスマートな振る舞いに若干ときめいた私は、申し訳ないと思いつつ、差し出してくれた二つの飴を笑顔で受け取る。


「それじゃあ、半分っこで食べましょう」


「いいね」


それから流石に一人で二つは厳しいので、ここは仲良く(?)分け合いながら、私も市場の雰囲気に段々と慣れ始めた時だった。





ふと前方に目を向けた途端、視界の隅で捉えた見覚えのある人影。


もう一度確かめてみると、それは思いもよらない人物で、私はつい動かしていた足を止めてしまう。


「なに?どうしたの?」


リリスさんは突然止まった私に首を傾げると、そのまま視線の後を追う。


「……あ」


そして、私が立ち止まった意味をようやく理解したようで。


小さな声をあげると、同じようにその場から動かなくなってしまった。



視線の先に映るのは、腕を組みながら楽しそうに会話をしているリオス様とオリエンスお姉様。



まさか、こんな日に二人が堂々とデートしているなんて思いもよらず。


私は段々と頭の中が混乱し始め、今見ているのは幻ではないのかと無駄に頬をつねってみた。



「なにあれ?王子はお姉さんのこと疑ってたんじゃないの?」


激しく動揺する私とは裏腹に。

リリスさんは苺飴を頬張りながら、淡々とした様子で二人の動向をじっと眺める。


「もしかしたら、ドレスの行方が掴めなかったので、疑いが薄れたのでしょうか……」


果たしてこんな短時間で切り替えられるのか疑問に感じるところだけど、仮にも二人は恋人同士。


状況はどうあれ、やはり愛する気持ちは変わらないんだと。


厳しい現実を突きつけられたようで、胸の奥に鋭い痛みが走る。




「そこのお姉さん達。ちょっとこっちで占いでもしてみないかい?」


すると、突然背後からお婆さんに声を掛けられ、不意を突かれた私は肩が大きく震えた。


「……う、占い……ですか?」


「あなたは特に何か思い悩んだ顔してるね。お金は取らないから、この老耄に話だけでも聞かせてくれないかい?」


今はそんな気分じゃないのに。

お婆さんは人の話を聞こうともせず、優しい口調で言葉巧みに私達を誘ってくる。


「タダで占ってくれるって言うし、折角ならお願いしてみれば?それに、うちらがここに居るのお姉さんに見つかったら色々ヤバそうじゃん」


少しだけ心がぐらつき始める中、リリスさんの後押しがかなり効いて、私は呆気なくおばさんに誘われるままテントの中へと入った。






テントの中は大人五人ぐらいは収まりそうな広々とした空間で、テントの中心にはこぢんまりとした細長いテーブルと、長椅子が一つ。


その向かいに占い師であるお婆さんが座っていて、怪しい笑みを浮かべながら、こちらを眺めていた。



「……で、何を占って欲しい?」



暫く呆然と立っているとお婆さんが手招きをしてきたので、私は恐る恐る長椅子に腰掛け、少しの間考えてみる。



何よりも一番気になるのは、言わずもがな。

この復讐の行く末。


けど、当然ながらそんなことを聞けるはずもなく、色々迷った末出した結論は……。



「あの……私の恋は実りますか?」



家族のことやお姉様の末路など、占って欲しいところは色々あるけど、何よりもそれが一番気になること。


なんともありきたりな質問ではあるけど、この恋が実か実らないかが復讐の末路な気がして。


私は少し緊張気味にお婆さんの目をじっと見据えた。



「それはいかにも年頃の娘らしい悩みだねー。どれ、手相を見せてごらん」


お婆さんはふと口元を緩ませると、私の手をとり、大きな虫眼鏡を取り出してきて、掌を舐め回すように見つめる。


人生初めての占い。

どんなことを言われるのか胸を高鳴らせながらお婆さんの言葉を待っていると、リリスさんも隣に座って興味津々に眺めてくる。


「そうだね、見た限りお嬢ちゃんはかなり育ちが良いみたいだから、将来は約束されているだろうけど……」


そこまで話すと、急に言葉を詰まらせたお婆さん。


一体この沈黙はなんなのか。


静寂な時間が段々と不安を増幅させ、何か言おうかと口を開いた時だった。


 

「お嬢ちゃんの行動次第では、その想いが実を結ぶこともあるかもしれないね。その人は、多分昔からお嬢ちゃんのことを気に掛けているようだから」  



「……へ?」



何を言われるのかと思いきや。


想像とは違った答えに、つい声が裏返ってしまう。



「それはそうだと思います。その方は私を妹のように慕ってくれるので……」


きっとお婆さんが言ってることは、そういう意味なんだろうなと。


変に期待してしまう自分を抑制しながら、私は現実に目を向ける。


「確かにそうかもしれないけど、そうとも限らないかもしれないねぇ……」


すると、意味深なお婆さんの言葉が再び私の期待値を上げてきて、これ以上勘違いしたくないのに、気持ちはどんどん舞い上がっていく。



手相だけでそこまで分かるのか疑問だけど、あくまでこれはただの占いだから、あまり本気にしてはダメ。


そう自分に強く言い聞かせ、小刻みに震える鼓動を落ち着かせようと、軽く深呼吸をした時だった。




「…………その前に、果たしてお嬢ちゃんはそこまで辿り着くことが出来るかな?」



ふとお婆さんの穏やかな目に鋭い光が見えた途端、一瞬にして空気の流れが変わる。




「……ぐっ!」



その時、突然隣に座っていたリリスさんは短い呻き声をあげると、咄嗟に自分の左胸を押さえて身を縮こませた。


「リリスさん?何処か具合でも……」


急変した彼女の様子に手を伸ばそうとした矢先。


リリスさんは勢いよく立ち上がると、お婆さん目掛けてテーブルを強く蹴り付け、私の手を引っ張った。



「逃げるよクレス!」   



一体何が起きているのか思考が追いついていない状況下。

リリスさんは顔を真っ青にしながら、鬼気迫った様子で私をテントの外へと連れ出そうとした時だ。



突如リリスさんの膝がガクンと折れ、地面に倒れ込んでしまう。



「リリスさん!?大丈夫ですか!?」


明らかに様子がおかしい彼女に、危機感がどっと襲ってきた私は、うずくまるリリスさんの体を左右に揺する。



「その毒針は強力な痺れ粉が塗られているからね。暫くは屈強なお嬢ちゃんでも動くことは不可能だよ」



慌てふためく私を嘲笑うかのように。

倒れたテーブルを跨いで、お婆さんはニヒルな笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに近付いてくる。



未だ頭の中が混乱する中、ふと地面に視線を落とすと、リリスさんの体から徐々に血溜まりが広がっていく。



そして、地面に掘られていた、ある模様が視界に映った。



「これは……」



そこに掘られていたのは一匹のネズミのシルエット。


そして、そのシルエットにリリスさんの血がじんわりと染み込んでいく。



そこで私は、ようやくこの状況を理解した。



「もしかして、ブラッド・ラッド商会!?」



けど、気付いた頃には時既に遅しで。


体長二メートル近くはありそうな大柄な男二人が突然テントの中に入ってくると、私の口に湿った布をあて、両手を強く拘束してきた。


リリスさんに至っては致命的な傷を負ったせいで全く動くことが出来ず、男に布で首を強く締められると、呆気なく気を失ってしまった。




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