希望の光
ついにこの日が来た。
ここで生き残れるかどうか運命の時。
生前は、これまでずっと心待ちにしていたデビュタントの日をお姉様に壊され、全てを奪われてしまった。
だから、今度こそ輝かしい晴れ舞台に立って、私はリオス様に会いに行く。
そして、二度と同じ過ちは絶対に繰り返さない。
そう決意を固めると、私は深呼吸を一つして姿見の前に立つ。
今日の勝負服はお母様がデビュタントの時に着ていた白いリボンがついた純白のAラインドレス。
あの真っ赤なドレスとは対照的で、目立った飾りもないシンプルで清楚な印象を与えるそのドレスは自分によく合っている気がする。
やっぱり、背伸びなんてしなくていい。
私にはこれぐらいが丁度いいと思う。
それに、ドレスがシンプルだから金色の髪飾りがとても映えて見える。
この姿をリオス様が見たら、何て言っていくれるだろう。
優しい彼のことだから、きっと褒めてくれると思う。
……ああ、早くリオス様にお会いしたい。
徐々に高鳴る鼓動を落ち着かせるために、私はゆっくりと息を吐く。
兎にも角にも、勝負はここから。
まずは、会場に着くまでこの姿をお姉様に見せないこと。
生前は私の部屋でお姉様が髪をセットしてくれたけど、今回は全て自分で準備した。
だから、お姉様が来る前に早くここから出ないと。
逸る気持ちを抑えながら、私はそっと部屋の扉を開ける。
昨日の話ではお父様とお母様は公務があるので、お姉様と先に会場入りするということになっている。
だから、お姉様はきっと油断しているはず。
そう確信すると誰もいない所を見計らい、急足で玄関の入り口まで駆け降りた。
「クレスお嬢様!?まだオリエンスお嬢様がお見えになっていないですが?」
予定よりもかなり早い到着に、入り口で待機していた御者の方は私の姿を見るや否や目を丸くする。
「えと……そうですね。ごめんなさい。楽しみで居ても立っても居られなくなってしまって。それに、お友達と会う約束もしているので……。申し訳ないですが、お姉様には先に会場へ向かうと伝えてくれませんか?」
ここは適当に誤魔化すしかないないと。
私は前もって考えていた言い訳を並べると、御者の方は少し困った表情を見せながらも、私の心境を察してくれたようで、最後には笑顔で首を縦に振ってくれた。
「かしこまりました。それならば先にご案内致します。どうぞ、お乗りください」
そして馬車の扉を開き、紳士的に手を取って私を乗せると、側に立っていた使いの者に訳を話してこの場を後にする。
その瞬間、緊張の糸が一気に緩みだし、私は力無く窓にもたれ掛かった。
とりあえず、これで第一関門は無事に突破出来た。
あとは、お姉様がどんな反応を見せるのかとても怖くはあるけど、プライドの高い彼女だから大勢の前で醜態を晒すことはしないはず。
それに、あの赤いドレスさえ会場に着て行かなければ、モルザ大臣に拘束されることはないし、あとはきっと大丈夫。
そう自分に言い聞かすと、私は更に気合を入れるために小さく拳を握り締めると、茜色の空にそっと願いを込めた。
それから、会場に着くと既に人はそれなりに集まっていて、お城の入り口前で主役の証であるエーデルワイスのコサージュを渡された。
これを手にしたのは、二回目。
今度こそ私は、ここで無事に成人を迎えてみせる。
蘇る恐ろしい記憶に全身が震えたってしまうのを何とか堪え、私は邪念を振り払うと、一歩一歩と会場へと足を運んだ。
「あら、クレス?一人で来たの?」
すると、背後から知っている声が響き、振り返ると、そこには同じコサージュを胸元に付けた幼馴染のナディアが物珍しそうな表情をして立っていた。
「珍しいじゃない。あなたいつもお姉様と一緒にいるのに」
「えと……そうね。もう成人だし、ちょっと独り立ちでもしてみようかな……なんて」
我ながら何とも苦しい言い訳だと思うけど、今はこれぐらいしか思い浮かばず、私は苦笑いで応える。
確かに普段の私達を知る人からすれば、とても不自然な行動であるけど、今はこうする他ない。
とりあえず、お父様とお母様が来るまではなるべく目立たない場所で待機しようと、どこかいい場所はないか辺りを見渡した。
「ねえ、ナディア。静かなところに行かない?私人混み苦手だから……」
「もう、今日は私達主役よ!ラグナス家公女なのに、そこは昔と何も変わらないのね」
人混み嫌いなのは本当のことなので、おずおずナディアに尋ねてみると、今度は呆れた表情で一喝されてしまった。
「それじゃあ外の庭園に行きましょう。今の時期はフリージアが見ものよね」
けど、直ぐに優しい笑顔に変わると、ナディアは私の手を引き中庭へと向かう。
「それにしても、随分と地味なドレスを選んだわね。デザインもちょっと古いし、せっかくの晴れ舞台なんだから、もっと華やかなものを選べばよかったじゃない」
それから暫く歩いていると、早速ドレスのことを指摘されてしまい、私は再び苦笑いを浮かべた。
言われてみれば彼女の言う通り、もう少し派手目なものを選んでも良かったのかもしれない。
けど、これからのことを考えると、どうにも気持ちが乗らず控え目な装いとなってしまった。
「でも、周りが華やかな分逆に目立つんじゃないかしら。それに、本来デビュタントは昔から純白のドレスと決められているから」
「まあ、それもそうね」
とりあえず、この場を上手くやり過ごすと、私達はたわいも無いお喋りをしながら庭園の入口まで辿り着いた。
季節は完全に春を迎えているけど、夕暮れ時はまだ冷え込むため、私は小さく肩を震わせる。
慌てて部屋を出たせいで上着を持ってくるのをすっかり忘れてしまい、冷たい風が剥き出しになった肩を掠め、より一層寒さが身に染みた。
「ねえ、中に戻らない?これじゃあ風邪引くわよ」
そんな私を見兼ねて、ナディアは憂い気な目でそう提案してくるけど、私は首を横に振って彼女の善意を頑なに拒んだ。
もし、ここで戻ってお姉様と鉢合ったら何を言われるか分からない。
だから、せめてお父様達が到着するまでの間は、ここで辛抱しなければ。
そう自分に言い聞かせて、私は唇を軽く噛む。
「私はちょっと外の空気を吸いたいから、ナディアは中に入ってて。ここまで付き合わせてごめんなさい」
そして、痩せ我慢をしながら無理に笑ってみせた時だった。
突然背後から人の気配がした瞬間、厚い布が肩に覆い被さり、何事かと勢いよく後ろを振り返った。
「それなら、これをお使いくださいクレス様」
その視線の先に立っていたのは、何時ぞやの階段から転げ落ちそうになった時助けてくれた銀髪の男性。
思いもよらない所で出会したことに、私は一瞬言葉を失う。
「……あ、ありがとうございます。申し訳ございません、二度も助けて頂いて」
それからふと我に返り、慌てて頭を下げると、銀髪の男性はやんわりと優しく微笑んだ。
「お気になさらず。上着はその辺の警備の者に返して頂ければ結構ですので」
そして、スマートな立ち振る舞いでこの場を後にしようとした矢先、私はそれを引き止めようと咄嗟に彼の服の裾を掴む。
「あの、失礼ですがお名前をお聞きしてもよろしいですか?二度も助けて頂いたのに、何も知らないのは気持ちが落ち着かないというか……」
「私はシルヴィ=オルティアと申します。以後お見知りおきを」
オルティア?
オルティアって確か……。
「もしかして、オルティア伯爵家次男のシルヴィ様ですか!?お目に掛かれて光栄です!」
すると、これまで口を閉ざしていたナディアが突然羨望の眼差しを向けながら間に割って入ってきて、変貌した彼女の様子に私は目を丸くした。
「それはどうもナディア様。私もお会い出来て嬉しいですよ。では、これで失礼します」
一方終始落ち着いた様子で静かに微笑むと、シルヴィ様は軽く会釈をして颯爽とお城の方へと歩き出して行った。
「ああ、噂通りなんて紳士的で素敵なお方!しかも、私の名前を覚えてくれていたなんて、幸せ過ぎる!」
シルヴィ様の姿が見えなくなった頃、再び興奮状態となったナディアの話に私は首を傾げる。
「あの方ってそんなに有名なの?」
これまでリオス様一筋だったので、そういう噂話には全くもって疎いせいか、なんの事だかさっぱり分からない。
「当たり前でしょ。歳は私達とそう変わらないのに、あの若さで国王秘書官の補佐を務めているのよ。それに加えてあの美貌!私達の間ではあの方を知らない者は居ないわよ!」
すると、そんな無知な私に熱弁するナディア。
国章入りの羽織を着ていたから、どんな重役かと思っていたけど、まさかそんな優秀なお方だったとは。
「しかも《《二度も助けられる》》って、あなたそんな美味しい思いを二回もしていたの!?」
一人感心していると、今度は勢いよく肩を掴まれ、一向に鎮まる気配がない彼女の威勢に押されまくった私は、徐に首を縦に振った。
それからナディアの質問攻めに遭っていると、会場から聞こえてくる声が段々と騒がしくなっていき、そろそろ中に入ろうと私達は後を引き返す。
「クレス様。ラグナス公爵様がお探しでしたよ」
そして、お城の中に戻るや否や。
入り口脇に立っていた騎士の方に呼び止められ、お父様達が到着したことにホッと胸を撫で下ろした。
気付けば会場内は人でごった返していて、おそらくその中にお姉様も居ると思うけど、何も声が掛からないということは、まだ到着していないのだろうか。
「クレス探したよ」
一先ずシルヴィ様から借りた上着を警備の方に渡して辺りを見渡していると、不意に背後からお父様の声が聞こえ、私は咄嗟に振り返った。
「さすが我が娘。どの令嬢よりも一番輝いて見えるよ」
「ええ、本当ね。私のお下がりのドレスもよく似合っているわ。とても綺麗よクレス」
そして、慈愛に満ちた目で私の髪をゆっくりと撫でてくれるお母様。
生前ではこの後直ぐにモルザ大臣に声を掛けられ、別室へと連行された。
けど、今は捕まる要素が何もないので、この温かくて幸せなひと時を誰にも邪魔されることはない。
だから、安心してこの時間を楽しめる。
____そう思っていたのも束の間。
「クレス!」
遠くの方で突如私の名前を叫ぶ声が聞こえ、私達だけではなく、その周りにいた貴族達も皆声のした方向へと振り返った。
「……オリエンスお姉様……」
ついに恐れていた存在が現れ、思わずその名がぽろりと口からこぼれる。
目の前には鬼のような形相を浮かべたお姉様が仁王立ちしていて、普段からは想像もつかない姿に私は暫しの間唖然としてしまった。
「クレスどういうこと!?せっかくあなたの髪をセットしてあげようと思っていたのに、先に行ってしまうなんて酷いわ!それに、そのドレスは一体なんなの!?」
固まる私を他所に、尚も声を張り上げて責め立ててくるお姉様。
おそらく、かなり怒っているだろうとは思っていたけど、まさか公衆の面前でここまで怒鳴り散らすとは想定外だった。
けど、お姉様の化けの皮を剥がすには絶好の機会であり、恐怖心に駆られながらも、してやったりと気付かれないように小さくほくそ笑む。
「オリエンスどうしたんだ?厳かな場所で取り乱すなんて、はしたないぞ」
すると、見兼ねたお父様は不機嫌そうな面持ちでお姉様を一喝した途端、流石に堪えたのか。お姉様はバツが悪そうに視線を下へと落とした。
普段はとても温厚なお父様がお姉様を叱責するのは、大人になってから初めて見たかもしれない。
しかも、周囲の目がある中での醜態。
あの冷静沈着なお姉様がここまで取り乱すということは、私の行動は彼女にとってかなり意表を突かれたのだろう。
……ああ、なんて哀れなオリエンスお姉様。
そう心の中で呟いた瞬間、お姉様に鋭い目で睨まれると、突然腕を掴まれてしまい、思わず肩がびくりと大きく跳ね上がる。
「申し訳ございません。ちょっとクレスとお話してきます」
そして、とても不服な表情で私の腕を荒々しく引っ張ると、有無を言わさず人気のない場所へと連れて行かれた。
「クレス、どういうことなの!?あのドレスを着ていくって言ったじゃない!」
それから会場の外に出て渡り廊下を歩いていると、人がいないことを確認したお姉様は、今日一番の大声で私を怒鳴り付けた。
「ごめんなさい。でも、よくよく考えたら、やっぱりあのドレスは私には大人過ぎる気がして。だから、お姉様には申し訳ないですが、身の丈に合ったものを選びました」
相手が相当興奮しているせいか。
妙に冷静でいられる私は、彼女の威勢に負けじと落ち着いた口調で予め用意していた言い訳を並べる。
ここは下手に出た方がボロも出やすい気がして。
彼女の隙を静かに狙っていると、お姉様の表情は益々険しくなっていった。
「…………あなた、もしかして知っているの?」
そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた一言を、私は聞き逃さなかった。
「それはどういう意味ですか?わたしには何のことだかさっぱり分からないんですけど」
それから白々しく首を傾げると、お姉様の沸点は再び急上昇したようで、眉間に皺を寄せながら私との距離を更に詰めていく。
「とぼけるのもいい加減にしなさい。あなたの様子が可笑しくなったのはあのドレスを見せてからよ。ギルドに通い始めていることも知っているんだから」
どうやら、墓穴を掘っていることに気付いていないのか。
自ら露呈してきたお姉様の失態に、私は小さく口元を緩ませた。
「なんでお姉様は私の行動を知っているのですか?まだ誰にも話していないのに。そういえば、私が夜抜け出したことも知っていましたよね?つまり、お姉様は私の行動を常に監視していたってことですか?」
別にやましいことはしていないので、ここは正々堂々した者が勝ちだと。
そう自分を奮い立たせると、私はお姉様を軽く睨み付けた。
「お姉様こそ随分と不可解なことだらけですね。何故そこまであのドレスに拘るのですか?一体、あのドレスは何が隠されているのですか?」
そして、誰かの耳に入らないかと。
ここぞとばかりに大声を張り上げると、突然お姉様は血相を変えて私の胸倉を掴んできた。
「黙りなさい!これ以上この場で変なことを口にすると怒るわよ!」
「既に相当お怒りになっていらっしゃると思いますが」
そんな彼女の感情を更に逆撫でようと、私は不敵な笑みを浮かべて挑発的な態度に出る。
すると、怒りが最骨頂に達したようで、お姉様は歯を剥き出しにして空いている手を振り翳してきた。
「やめるんだ!オリエンス!」
その時、どこからかリオス様の声が響き、はたと我に返ったお姉様は咄嗟に私から手を離した。
「温厚な君がクレスに手をあげようとするなんて。一体何があったんだ?」
どうやら、私達のやり取りを目撃されていたらしく、私はこのチャンスを逃さまいと精一杯の悲しい表情をしてみせる。
「リオス様、悪いのは全て私なんです。だから、お姉様をあまり責めないで下さい」
それから目に涙を浮かべ、迫真の演技でお姉様を庇うと、流石にリオス様の前ではこれ以上の醜態を晒すことが出来ないようで。
お姉様は何も反論することなく私から視線を外した。
「なんでもありません。……ちょっと頭を冷やしていきます」
そして、逃げるようにこの場を立ち去っていき、取り残された私はリオス様の方へと向き直す。
「申し訳ございません。こんな場所でみっともない所をお見せしてしまって。ラグナス家公女として、とてもお恥ずかしい限りですわ」
事情はどうあれ、王宮内で姉妹喧嘩をするとは公爵家の娘として恥じるべき行為であり、改めて思い直した私はリオス様に深々と頭を下げた。
「そんなことは気にしなくていい。それより、ドレスを着る着ないって話が聞こえていたけど……。ごめん、無粋な真似をしてしまって」
どうやら、リオス様は大分前から私達の話を立ち聞きしていたらしく。バツが悪そうに謝ってきたけど、私にとってはかなり好都合だった。
「頭を上げて下さいリオス様。こんな所で騒いでいた私達が悪いのですから。……実は、私の誕生日にお姉様が真っ赤なドレスを用意してくれたんです。けど、私にはとても大人っぽいデザインだったので、なかなか着る勇気が持てなくて。それで、違うドレスを着てきたらお姉様が酷くお怒りになってしまって……」
そして、これでの経緯を話すと、リオス様は段々と眉間に皺を寄せていく。
「そんなことでオリエンスがあそこまで怒るなんて。……それに、真っ赤なドレスって……」
それから、《《あるフレーズ》》が引っ掛かったようで、顎に手をあてると暫く一人で考え込んでしまった。
「…………ねえクレス。昨日オリエンスは君の様子が変だと言っていたよね?もしかして、それは例のドレスと関係があるの?」
すると、不意に核心ついた質問を投げられ、私は一瞬表情が固まった。
やっぱり、リオス様は何か勘付いている。
まだ確かな証拠は何も掴めていないけど、私達の会話を聞いた後なら、これは好転的な方向へと進むかもしれない。
そう確信した私は、全てを打ち明けようと心に決めると、小さく拳を握りしめた。
「…………はい。実は密かに盗品のドレスの手掛かりを追っていました。ギルドに頼んで闇市場まで捜索したのですが、何も掴むことが出来なくて……。そのきっかけを作ったのが、この領収書です」
そして、これまでポケットに隠し持っていた例の領収書を見せると、リオス様は怪訝な目でそれを受け取った。
「……ブラッド・ラッド商会?」
「それはお姉様の部屋から偶然発見されたものです。そして、その領収書は言い争いの原因となった赤いドレスのものですが、怪しい商会名がどうにも引っ掛かって……。それで、居ても立っても居られず調べてみようと思いました」
色々と端折った部分はあるけど、これまでの嘘偽りない事実を説明し終わった後、リオス様は口を閉ざしたまま、もう一度領収書に視線を落とした。
「確かに、なんとも怪しい名前だ。……クレス、これは俺が預かってもいい?それと、オリエンスからプレゼントされた例の赤いドレスを俺にも見せてくれないかな?」
それから、真剣な表情で尋ねてきたことに、私はこの瞬間を待っていましたと言わんばかりに首を大きく縦に振る。
「勿論です。余計な不安を取り除くためにも、是非確認しに来て下さい」
そして、ついにあのドレスを見せられる機会が出来、私は嬉しさのあまり涙が出そうになった。
これで、ようやく一歩前進出来た気がする。
まだ彼女の手の内は何も分からないけど、この状況でリオス様があのドレスを見れば、お姉様も簡単には言い逃れ出来ないはず。
これまで先の見えない暗闇とずっと戦ってきたけど、ここに来て希望の光が見えてきた気がして、私は感慨深い気持ちに胸が震えた。
「それじゃあ、今度お邪魔するよ。俺も彼女に変な疑惑は持ちたくないし。それと、気持ちは有難いけど、もう無茶な真似はしないと約束してくれ。君にもしものことがあったら大変だから」
すると、リオス様の表情が再び真剣なものへと変わると、とても痛い所を突かれてしまい、私は視線を足下に落とす。
そういえば、リリスさんにも似たようなことを言われたっけ。
やっぱり、これ以上危険なことに首を突っ込むのは止めよう。
領収書が無事に渡せれば、私が捜索する必要もなくなったのだから。
そう思うと、何だか肩の荷が少し軽くなった気がして、自然と口元が緩んだ。
「はい。申し訳ございません。今度からは行動を慎みますので」
そして、顔を上げてから改めて謝罪すると、安心したようにリオス様の表情が和らいだ。
「それじゃあ、この話はもう終わりだね。今日は君の晴れ舞台なんだから、これから盛大にお祝いしよう」
それからリオス様は腰に手を当てると視線で合図を送ってきて、その意図を汲んだ私は一気に全身が熱くなる。
「で、では、失礼します」
まさか、お姉様より先にここでリードされるとは。
まるでパートナーになったような気分になり、胸の鼓動は益々早くなっていき、私は震える手でリオス様の腕を握った。
「とても綺麗だよクレス。それに、やっぱりその髪飾りは君にぴったりだ」
その瞬間、心から待ち望んでいた言葉を送られ、私は感無量のあまり直ぐに返答することが出来なかった。
やっぱり、何があろうとも私はリオス様が好き。
そう自分の気持ちを再認識すると、私は今日一番の笑顔で彼を見上げる。
「ありがとうございます、リオス様」
そして、精一杯の愛情を込めて感謝の気持ちを捧げたのだった。




