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お姉様の策略




「……レス、……クレス……」

  



誰だろう?

知らない声が私を呼んでる。





「あなた……のも……」





ダメだ。

小さ過ぎてなんて言っているのか、よく分からない。



けど、何故だろう。



どこか安心する声。





「…………は……あと、二回………」




………二回?





なにが?








「クレス!起きなさい!」



その時、耳元で盛大にお姉様の声が響き、目を大きく見開いた私は、反射的に上半身を起き上がらせた。


「もう。朝食の時間はとっくに過ぎてるのに、なかなか起きてこないんだから。あなたがこんなに寝坊するなんて珍しいわね」


そして、目の前には頬を膨らませながらご立腹状態のお姉様が立っていて、思わず表情が強張ってしまった。



「……お、お姉様。おはようございます」


本当はもう少し自然な挨拶をしたかったけど、昨夜のことがあったせいで笑顔がぎこちなくなってしまう。



「夜更かしでもしていたの?とにかく、早く身支度をしてきなさい。お父様やお母様が心配してるわよ」


それから、お姉様は特に深入りすることはなく、そう言うとあっさり部屋から出て行ってしまった。



なんて白々しい。

私を葬り去ろうとしていたのに。



それなのに、何事も無かったように平然と接してくるお姉様の神経が、私には到底理解出来ない。



おかげで頭はすっかり冴え、何気なく時計に目を向けると、想像以上に時刻が経過していて、驚いた私は慌ててベットから降りた。





昨夜はリリスさんのおかげで何事もなく部屋に辿り着くことが出来た。


あの隠し通路をまた通るのは凄く怖かったし、もしかしたら、出た先で何か仕掛けられているのではと警戒していたけど、それは全くの杞憂だったようで。


恐ろしい程屋敷の中は静かで人気がなく、あっさりと部屋に到着した私は、寝巻きに着替えた途端いつの間にやら意識を失っていたらしい。


そのせいで目覚ましをセットし忘れてしまい、盛大な寝坊をしてしまった。



そんな苦労の末に得た情報といえば、黒いフード男の話に乗った者はある日忽然姿を消すことと、モルザ大臣が闇市場に出入りしていたことと、お姉様が私を狙っているということ。


それなりの収穫はあったと思うけど、どれもブラッド・ラッド商会に繋がるようなものは結局何もなかった。


そうなると、まだ暫くはあの赤いドレスを隠さなくてはいけない。


あの場所が簡単に見つかるとは思えないけど、お姉様のことだから、絶対大丈夫とは言いきれない。


万が一、お姉様に先を越されてしまったら、私はまた同じ過ちを繰り返してしまう。



そう思うと日に日に焦燥感が増してきて、何か動いていないと気が可笑しくなってしまいそうになる。



とりあえず、一度頭の中をリセットするため、私は未だ疲れが抜けきれていない体を引き摺りながら、浴室へと足を運んだ。

  




◇◇◇




「……え?お茶会ですか?」



そして、軽く湯船に浸かった後。

身なりを整えてから遅めの朝食をとっていると、突然部屋に入ってきたお姉様からの提案に、私は動かしていた手が止まる。


「そう。リオス様も招待しているの。久しぶりに三人でゆっくりお話でもどうかと思って」


そう言うと、お姉様は嬉しそうな表情で、不気味なくらい優しく微笑んできた。




何故このタイミングで?


確かに、昔はよくリオス様とお茶会をしていたけど……。


お姉様との関係が崩れる前は喜んで参加していたけど、今となってはただ苦痛でしかない。


それに、昨日のことがあってのお茶会だなんて、また何かの罠としか思えない。




「…………クレス?もしかして、嫌だった?」



暫く考えに耽っていると、不安げな表情で尋ねてきたお姉様の一言で、はたと我に返る。



「あ……、えっと……」



出来ることなら、お茶会なんて行きたくない。

リオス様には凄く会いたいけど、お姉様の腹積もりが分からない以上、迂闊な行動をしてはいけない気がするから。



「お姉様とリオス様の仲を邪魔するようで少し胸が痛むんです。それに、体調があまり優れなくて。だから、せっかくのお誘いですが、今回は遠慮しようかなって……」



それから短時間で頭をフル回転させた末、断る理由としたらこれぐらいしか思い浮かばず、私は申し訳なさそうな目を向ける。



「まあクレスったら。私達の間にそんな遠慮なんて必要ないわ。けど、体調不良なら仕方ないわね。明日は大事なデビュタントだし、今日はゆっくり休みなさい。何か必要なものがあれば直ぐに言うのよ」


すると、お姉様は私の言い分をあっさり受け入れると、特に怪しむことはせず、憂い気な目で私の頬にそっと手をあてた。



この温かい手が、“本当の優しさ“なら良かったのに……。



ふと思いがけず零れた心の奥底の声。


不本意だけど、こんな状況になってしまっても未だ過去の思い出に縋りたい自分がいるのは否定出来ない。


そんな甘い考えは、ただ身を滅ぼすだけなのに。



チクチクと痛む胸を密かに抑えながら、私はやんわり微笑んで首を縦に降ると、お姉様はそれ以上何も言わず静かに部屋から出ていった。





成り行きで体調不良ということにしてしまったけど、かえって良かったかもしない。


昨夜は帰りが午前様だったから圧倒的に寝不足だし、お姉様の言うように明日はデビュタントの日だから、体調を万全にしなければいけないのは確かだ。



結局それまでに証拠を集めることは出来なかったけど、あのドレスさえ着てこなければ、モルザ大臣に捕まることは無いし、処刑されることもない。



だから、大丈夫。

明日はきっと無事に迎えられるはず。



そう自分に言い聞かせると、私は脳裏にチラつく恐ろしい記憶を無理矢理振り払い、 気持ちを落ち着かせるため何度か深呼吸をする。



とりあえず、今日一日は大人しく部屋にいよう。


フード男が空振りとなってしまった今、捜索が行き詰まってしまったし、他に手立てはないかよく考えないと。





それから遅い朝兼昼食を食べ終わり、私は自室に籠って何気なく窓の外を眺めた。



他に手立てを考えようとしたものの、思いつく限りのことは全てやりつくしたので、これといった良い方法は何も思い浮かばない。


かといって、このまま時間を無駄に過ごすのも落ち着かないし、一体どうすれば……。



そんなことをぼんやり考えていると、ふと視界の端に映った一台の真っ白い馬車。


そこには国章が彫られていて、一目でリオス様の馬車だということが分かり、私は無意識に背筋をピンと伸ばした。



お茶会は断ってしまったので、もしかしたらまた二人でデートに行くのかもしれない。


ここのところ頻繁に出掛けているし、二人の関係は相変わらず順調に進んでいるのでしょう。



そう思うと、今度は心臓を鷲掴みにされたような痛みがズキズキと走り、つくづく世の中の残酷さに悲しくなってくる。



こうして暫く感傷に浸っていると、馬車は屋敷の入口前で停車し、そこからリオス様が降りていく姿を確認すると、私は窓から離れた。



今は二人が一緒にいるところなんて見たくない。

これ以上胸が苦しむことなんて、もう沢山だから。



それから気を紛らわすために、今日は一日読書に没頭しようと書庫へ向かうことにした。 






なんだか、ここへ来たのも凄く久しぶりな気がする。



読書は割と好きで、暇さえあればよく足を運んでいたけど、拘束されてからはずっと牢獄生活をしていたので、この古びた本の匂いを再び嗅げることがとても感慨深い。



せっかくだから、今日は昔ハマったシリーズ物の恋愛小説でも読み耽ようか。

それとも、気分転換にファンタジー小説でも読んでみようかと。


あれこれ思考を巡らせながら本の背表紙を順々に眺めていると、ふと目に付いたとあるタイトルに、思わずその場で立ち止まる。



『世界の宗教』



その文字に自然と手が伸び、私は何気なくパラパラと本をめくってみた。


それは現世に存在する宗教の種類と解説がつらりと書かれた史書で、特に目新しい情報はなく、一般常識が書いてあるくらい。


けど、後ろのページに差し掛かかると、とても気になる項目が目につき、動かしていた手を止める。


そこに書かれていたのは、過去に存在した宗教の名前。

その中にはレーテ教の名前もあり、下には簡単な解説が載っていた。



“レーテ教⋯⋯女神レーテを祀る希少宗教の一つ。設立は紀元前と歴史はいちばん古いが、信者が極端に少ないことにより自然消滅。しかし、全国各地にはまだ教会が点在しており、そのどれかに女神様の奇跡が未だ残っていると言われている。そして、その奇跡を手にした者は、一族共に永遠の繁栄を約束されると謳われている”



“女神様の奇跡”が残っているって……。

もしかして、それがこのネックレスなのだろうか。



とても気になる解説に、私は首に掛けていたネックレスを取り出してまじまじと見つめる。


これが一体いつからヘリオス家の物になったのかは分からない。

けど、このお陰で私は人生をやり直すチャンスを手にする事が出来た。


それが、この史書に書かれている通り、一族の繁栄を約束されているものだとしたら、この復讐もいつかは終わりを迎える事が出来るのだろうか。


けど、こうして奇跡にも限界があるというのなら、それは絶対とは言えない。


後少しで約束した日を迎えるけど、そこでもう少し何か分かればいいのだけど…………。



…………そういえば、今朝見た夢って…………



その時、突然書庫の扉を叩く音が部屋中に響き、私は慌てて読んでいた本を閉じた。



「クレス、ここにいたのね」


扉の方を振り返ると、視界にはお姉様とリオス様の姿が映り、思いがけない二人の登場に危うく持っていた本を落としそうになってしまった。


「お姉様にリオス様?お出掛けされたのではなかったのですか?」


てっきり今頃はデートのまっ最中だと思っていたのに。

彼に会えたことは凄く嬉しいけど、二人が肩を並べているところを見ているのは、やっぱり辛い。



「いきなり訪ねてごめんね。君が体調不評だって聞いて心配になったんだ。明日はデビュタントの日だし、少しだけでも様子が見れればと思って」


すると、戸惑う私の心境なんて露知らず。

リオス様は足早にこちらの方に近寄ると、前屈みになり私と視線を合わせてきた。


「顔色はそんなに悪くなさそうだけど、あまり出歩いてはダメだよ。君にとって大事なイベントが控えているんだから、ゆっくり休まないと」


そして、冷え固まった氷を溶かすような温かい眼差しと、いつものゆったりとした口調が荒んだ心に深く染み渡り、私は自然と頬が緩みだした。


「ありがとうございますリオス様。ご心配をお掛けして申し訳ございません。明日は体調を万全にして会いに行きますので」


「ああ。楽しみに待ってるよ」



……だめだ、私はなんて単純なんだろう。


ついさっきまで、二人の仲に嫉妬していたというのに。

こうして優しくされると、簡単に絆されてしまう。


いけないと分かっていても鳴り止まない鼓動と、徐々に熱を帯びていく体。

例え妹的な存在だったとしても、彼が私を気にかけてくれているというだけで、心が浮き立ってしまう。



すると、和やかなムードが漂う中。

突如お姉様のわざとらしい咳払いによって、それは見事壊されてしまい、私はリオス様の後ろで控えていた彼女に目を向ける。


「もうクレスったら。一人で出掛けるのも程々にしなさい。昨日だって、お母様達には黙っていたけど、帰りが午前様だったでしょう。一体何をコソコソしているのか分からないけど、あなた最近様子が変よ」


そして、苦虫を潰したような表情で投げられた最後の一言に、返す言葉を失った。

 



やっぱり、お姉様は私の行動を全てお見通しだ。


しかも、あたかも何かを匂わせるような発言。


これまで、こんな警戒してくることはなかったのに。

ここに来てリオス様の前でそんなことを言うなんて、もしかしてお茶会に誘ったのは、これが狙いだったのかもしれない。



お姉様の何処かしてやったりな目に自ずとそう感じ取れた私は、悔しさのあまり拳を強く握りしめる。


とにかく、ここは上手く誤魔化さないと。

これでリオス様に怪しまれてしまったら、圧倒的に不利だ。


窮地に追い込まれた私は頭をフル回転させて言い訳を考えるも、そう簡単には良い案が思い浮かばず、言い淀んでしまう。



「…………もしかして、君は……」


すると、ポツリと呟いたリオス様の意味深な一言に、私達の視線は一気に集中する。


「……いや、なんでもない。それじゃあ俺は行くよ。急にお邪魔して悪かったね」


しかし、リオス様はそれ以上話す気はないようで。

適当にお茶を濁すと、いつもの爽やかな笑顔を振りまいて颯爽と部屋から出ていき、その後に続いてお姉様も慌ててこの場を離れた。



こうして一人取り残された私は、悶々とした気持ちのまま暫く呆然と立ち尽くす。


一体リオス様は何を言おうとしたのだろう。

まさか、ドレスに関してあらぬ疑いをかけられてしまったのだろうか。


夜中に帰ってきたなんて聞いたら、誰だって怪しむだろうし……。



せっかく危険を回避したと思ったのに、結局私はまたお姉様の策略にまんまとハマってしまったような気がして、絶望の底へと突き落とされる。


決めつけるのはまだ早いけど、なんだか事あるごとに掌で踊らされているような心境になり、胸の奥を締め付けるようなキリキリとした痛みが再び襲ってきた。


もしリオス様まで警戒してきたら、私はもう立ち直れないかもしれない。


そんな不安がどっと押し寄せてくるも、ここで負けてはいけないと。

失いかけた自信を取り戻すため、大きく深呼吸をする。



とりあえず、まずは明日のデビュタントを無事に迎えること。


勝負はそれからだ。



そう強く意気込むと、私は沈みかけていた自分を何とか奮い立たせ、今日は明日に備えて色々と準備をすることに決めたのだった。




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