翼と疾風と 一
「やれやれ」キャプテン・ホークは、青銅色の翼から宇宙塵を払いながら、カウンターに向かった。「今日は死ぬかと思ったぜ」
ラギは、いつもの落ち着いた動作でグラスを磨きながら、わずかに眉を上げる。「珍しいですね。あなたがそんな弱音を吐くなんて」
翼人種の彼は、全長350センチメートルの翼を小さく畳みながら、カウンターの椅子に座る。普段なら、彼は四人掛けテーブルを好むのだが、今日は誰かに話を聞いてもらいたい気分だった。
「マスター」ホークは、どっと溜め息をつく。「俺は今日、『時限航路』を通ってきたんだ」
その言葉に、店内の空気が一瞬凍り付いた。
時限航路―それは、時空の歪みによって生まれる一時的な航路のこと。通常の航路の何分の一もの時間で目的地に到達できるが、航路そのものが突然消滅する危険性がある。多くの船が、文字通り時空の裂け目に飲み込まれていった。
「随分と無茶をしましたね」ラギは、特別なボトルを取り出しながら言う。「よほどの理由が?」
「ああ」ホークは、差し出されたグラスを受け取る。琥珀色の液体が、星明かりのように輝いている。「医療用ナノマシンの緊急輸送だった。期限切れになる前に届けないとな」
「キャプテン・ホーク」カウンターの端から、改造人類のマリア・スターダストが声をかける。「あなたが運んでいたのは、D-078コロニーの...?」
「ご名答」ホークは、グラスを軽く掲げる。「君の同僚からの依頼さ。間に合ったよ」
マリアの人工的に強化された瞳が、感謝の色を帯びる。「ありがとうございます。あのコロニーには、私の親友が...」
その時、店の入り口が開いた。
ホークは、背中の翼が警戒で逆立つのを感じた。入ってきたのは、漆黒のローブに身を包んだ人影。種族すら判別できない。
「いらっしゃいませ」アンドロイドのリン・8Kが声をかけるが、人影は無言で奥へと進む。
「マスター」ホークは、小声で言う。「あいつ、俺を追ってきたんじゃないか」
「なぜそう?」シャイアの青白い光が、好奇心に満ちて揺らめく。
「時限航路で、ずっと後ろを付けられていたんだ。撒いたと思ったが...」
その時、謎の人影が突然振り返り、真っ直ぐにホークを見つめた。
ローブの下から、メタリックな光が漏れ出す。