光の在処 一
# 光の在処
シャイアは、光であり、それでいて光ではなかった。
店内のあちこちに同時に存在する彼女は、「量子の残響」の全てを見守っていた。カウンターの内側で、入り口付近で、テーブルの間で、そしてプライベートブース内で。時として、彼女は店内の全ての光の粒子と一体化することさえあった。
しかし今夜、何かが違っていた。
「シャイア?」ラギの声が、彼女の存在を呼び戻す。「どうかしたのかい?」
「ええ...」シャイアは答えながら、自分の青白い光の一部を凝縮させる。「何か、見えないものが見えるの」
実際、彼女の知覚の端に、通常とは異なる光の振る舞いが感じられた。それは光でありながら、光ではないもの。彼女と同じような、そして全く異なる何か。
カウンターでは、データ生命体のヌード・サイファーが処理を続けている。彼の存在から放射される電磁波も、いつもと違う共鳴を示していた。
「あら」リン・8Kが、アンドロイドらしからぬ不安げな声を出す。「私の光学センサーも、おかしな数値を示しているわ」
シャイアは、自分の光の触手を店内の隅々まで伸ばした。すると、これまで気付かなかった影が見えてきた。それは物理的な影ではなく、光そのものの中に潜む闇のようだった。
「ラギ」シャイアは、自分の不安を抑えきれずに呼びかける。「これって...」
「ああ」バーテンダーは、いつもと変わらない穏やかな表情で答えた。「来るべき時が来たということだね」
シャイアが「量子の残響」で働き始めたのは、彼女の時間感覚で約73年前のことだった。
ある日突然、彼女は宇宙空間で意識を得た。エネルギー体として生まれた彼女は、最初、自分が何者なのかさえ分からなかった。光速で宇宙を彷徨い、時には恒星の中に飛び込み、時には銀河の渦に身を委ねた。
そんな彼女が初めて「止まる」という概念を知ったのは、「量子の残響」に迷い込んだときだった。
「君は、光を求める者たちの一人なのだね」
そう言ってラギは、彼女を雇った。それ以来、シャイアは様々な存在との出会いを経験してきた。しかし、今夜ほど不思議な感覚に襲われたことはない。
「あれ?」突然、星雲意識体のネビュラ・ドリームが声を上げた。「私の中の星々が...消えていく?」
シャイアは、即座にネビュラ・ドリームの方へ光を伸ばした。確かに、彼女の中で常に行われている星の生成が、完全に停止していた。
そして次の瞬間、店内の全ての光が、一斉に消えた。
(続く)