星々の子守唄 二
記憶は、まるで星間空間を漂う塵のように、ゆっくりと形を成していった。
それは、約一万年前の出来事だった。若い恒星系で、七つの惑星が優雅な軌道を描いていた。その中の一つ、第四惑星に、高度な文明が栄えていた。
「これは...私の中の星の記憶?」ネビュラ・ドリームは、混乱を覚えながらも、その映像を受け入れる。
「興味深いわ」ヴェイラ・ナイトシャドウが、光帆を僅かに震わせながら言う。「その星系の座標は分かる?」
「ええ、でも...」ネビュラ・ドリームの声が揺らぐ。「そこにはもう、何も残っていないわ」
記憶は続く。第四惑星の文明は、星そのものと対話する技術を開発していた。彼らは恒星の声を聞き、その意志を理解しようとしていた。そして、ついにその試みは成功を収めた。
しかし、それは同時に彼らの終わりの始まりでもあった。
「彼らは」ネビュラ・ドリームは、記憶を言葉に変換しながら語る。「星の歌に魅了されすぎてしまったの。次第に、物質的な存在であることをやめ、純粋なエネルギーへと変容していった」
「ある意味で、アセンションを果たしたというわけか」カルマ・ループの声が、時空を震わせる。
「でも、それだけじゃないわ」
ネビュラ・ドリームの体内で、小さな星がさらに強く輝く。その光は、まるで何かを訴えかけるかのようだった。
「彼らは...私たち星雲意識体の起源だったの」
店内が、一瞬の静寂に包まれた。
「なるほど」ラギが、グラスを磨く手を止めながら言う。「だから今、あなたの中の星は特別な輝きを放っているんですね」
「ええ」ネビュラ・ドリームは、自分の存在の意味を、今初めて理解したような気がしていた。「私たちは、星を愛するあまりに星となった存在の末裔。そして今、この小さな星は、その記憶を私に伝えようとしている」
「でも、なぜ今なの?」シャイアが、好奇心に満ちた光を放つ。
「それは」カルマ・ループが、過去と未来の残像とともに答える。「この瞬間が、新たな変容の時だからさ」
ネビュラ・ドリームの体内で、小さな星が最後の輝きを放った。しかし今回は、それは死を意味してはいなかった。
星は、彼女の意識の中で、完全に溶け合っていった。
その瞬間、ネビュラ・ドリームは、自分の中に新たな理解が芽生えるのを感じた。彼女は単なる星雲意識体ではない。彼女は、星々の歌を受け継ぐ存在なのだ。
「ねえ」彼女は、周囲を見渡しながら言った。「みなさんに聞かせたい歌があるの」
そして彼女は、自分の中に眠っていた、星々の子守唄を歌い始めた。
それは言葉という概念を超えた振動であり、量子の共鳴であり、重力波のハーモニーだった。カウンターでは、プラズマ形態種のイオ・フラックスが共鳴し、暗黒物質共生体のラーナ・ヴォイドの周りの光の歪みが、リズムを刻み始める。
「量子の残響」という店の名前が、この瞬間ほど相応しく感じられたことはなかった。
バーの空間全体が、星々の歌で満たされていく。それは太古の記憶であり、未来への希望であり、全ての存在をつなぐ宇宙そのものの鼓動だった。
ネビュラ・ドリームは、自分の存在が完全な輝きに満ちるのを感じていた。時として最も深い真実は、小さな星の中に眠っているのだ。そして時として、その真実は、最も予期せぬ瞬間に、私たちの前に姿を現す。
それが、バー「量子の残響」という場所の、不思議な魔法なのかもしれない。