表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

プロローグ 二

「おや、珍しい組み合わせだね」


ラギは、四人掛けテーブルに集まった一団に目を向けた。翼人種のキャプテン・ホーク、月面進化種のルナ・シャドウ、複眼種のアルゴス・プライム、そしてナノマシン集合体のテス・ビットが、何やら熱心に話し込んでいる。


「ギルドの新しい航路認定システムについてです」シャイアが、青白い光の一部を彼らの方へと伸ばしながら報告する。「特にアルゴス・プライムさんの新アルゴリズムについて議論されているようです」


「ほう」ラギは興味深そうに頷いた。


キャプテン・ホークの青銅色の翼が、興奮を示すように小刻みに震える。「つまり、お前の言うその予測システムは、量子揺らぎまで計算に入れているというわけか?」


「正確には」アルゴス・プライムの複数の眼が同時に瞬く。「量子揺らぎのパターンを、既知の安全航路データと照合しているのです。これにより、理論上は98.2%の精度で新航路の安全性を予測できます」


「理論上ね」ルナ・シャドウが、銀白色の細長い指でテーブルを軽く叩く。「でも、実際の宇宙では理論通りにはいかないわ。特に辺境航路では」


「だからこそ、実地テストが必要なんです!」テス・ビットの形状が、興奮で僅かに揺らぐ。ナノマシンの集合体である彼女の声は、微細な機械の振動で作られている。「理論と実践、データと経験、それを組み合わせれば...」


「誰かさんの耳に入る前に、話をまとめておいた方がいいわよ」


マリア・スターダストが、カウンターから声をかける。彼女の医療用インプラントが、微かに青く点滅している。


「ああ、確かに」キャプテン・ホークは、ギルドマスターのヴェイラ・ナイトシャドウの方をちらりと見た。しかし光帆種の彼女は、まだ自分のテーブルでの話に夢中なようだった。


その時、入り口の重力場が僅かに歪んだ。


「お客様」グラヴィスの声が、重力波となって空間を震わせる。


現れたのは、暗黒物質共生体のラーナ・ヴォイドだった。彼女の周りの光が、まるでブラックホールに吸い込まれるように歪む。


「いらっしゃい」ラギが声をかける。「いつもの席が空いてますよ」


ラーナは無言で頷き、カウンター10番の席に向かう。彼女の隣の席は空いていた。もう一つ隣は、プラズマ形態種のイオ・フラックスが、いつものように淡い光を放っている。


「始まるわ」


量子幽霊「シグマ」の声が、次元安定化室から漏れ出す。彼の存在は、観測者によって異なる形を取る。ある者には古い科学者として、ある者には若い探検家として、またある者には純粋な光の塊として見える。


「何が始まるんです?」シャイアが、好奇心から光の触手を伸ばす。


「全て」シグマは、全ての可能性を同時に含んだ声で答える。「そして何も」


その時、六人掛けテーブルのヴェイラ・ナイトシャドウが、ゆっくりと立ち上がった。虹色の光の織物のような彼女の姿が、一瞬まばゆく輝く。


店内の会話が、自然と静かになっていく。


「みなさん」彼女の声は、光そのもののように透明で力強い。「私たちの銀河辺境は、大きな転換点を迎えようとしています」


カウンターでは、集合意識体のモス・ハイヴが、微細な発光体の群れを興奮させている。データ生命体のヌード・サイファーは、その処理装置を最大限に稼働させ始めた。


「これまで私たちは、それぞれの方法で宇宙を旅してきました。光帆を広げ、エンジンを燃やし、量子をつかみ、時空を歪ませ...」ヴェイラは言葉を続ける。「そして時には、思いもよらない出会いと別れを経験してきました」


ラギは、静かにグラスを磨き続けている。しかし、その目は確かにいつもより鋭い光を湛えていた。


「今夜、私たちは新しい物語を始めようとしています。それは、一つ一つは小さな物語かもしれません。でも、それらが織りなす模様は、きっと誰も見たことのないものになるでしょう」


「予定調和的な展開確率、急激に低下」アルゴス・プライムが、小さく呟く。


「だからこそ、私たちには『量子の残響』が必要なのです」ヴェイラは、店内を見渡す。「ここは単なるバーではありません。私たちの物語が交差する場所、そして新しい物語が生まれる場所なのです」


「新しい物語ねぇ」ラギが、微笑む。「さて、誰から始めましょうか」


その言葉は、まるで全ての存在に向けられているようで、しかし誰か特定の一人に向けられているようでもあった。


そして物語は、その瞬間から、様々な方向へと枝分かれしていく。量子の重ね合わせのように、全ての可能性が同時に存在する状態で。


しかし最終的に、それらの物語は必ずどこかで交差する。それが、バー「量子の残響」という場所の性質なのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ