怪傑ロビィとうじょう!
空中スカイレールを走る、新幹線の屋根の上。
旅の若者ロブリンが、獰猛肉食アンキロサウルスのアンドレアに襲いかかっていた。
「ウオ~ッ! しつこい女め。効かぬというのが、分からんのか!」
「アンドレア。マカロン諸島いちの"硬さ"を誇る、その鎧! 必ず切り裂いてみせる!」
葡萄酒色のサイドテールをなびかせ、山吹色の髪裏がきらめく。
羽織と膝丈行灯袴の裾がバタつき、十字のビーム剣を握り直して、ロブリンは何度目かの構えをとった。
「"硬さ"斬り! ハッ!」
「効かん効かん効かん! 効かんと言っとろーが!」
屋根の上を駆け出し、アンドレアの鼻先で跳び上がるロブリン。
そのまま空中で一回転し、堅い甲殻を切りつけた。
しかし今度も、アンドレアのヨロイには傷ひとつ入らない。高笑いのアンドレアのオレンジ盾は、未だ健在だ。
「は~っはっはっは。遊びはここまでだ! 死ねぃ、アンキロ・ハンマー!」
「いいえ、掴んだ! これで終わりよ、アンドレア!」
勢いよく振り下ろされる、コブを持ったシッポのハンマー。
あろうことかロブリンは、当然の欲求として回避をしたくなる鉄槌へと、避けるどころか蹴り足を入れた。
「ムダなことをを~! 逆に足を砕いて、再起不能になるのは、きさまの方だ~!」
──バキン!
猛烈な風切り音に、乾いたイヤな音が混じった。だが砕けたのはロブリンの足ではない。
「な、なに」
「堅牢アンドレア、敗れたり」
「そ、そんなバカな!? うわわわわ~……!」
砕け散ったハンマー。それを目にしてショックを受けたアンドレアのヨロイの体に、稲妻のようなヒビがはしる。
バランスを崩したアンドレアは、新幹線の屋根から落ちていった……。
それをつまらなそうな目で見届けると、ロブリンはビームソードを振って、身を翻す。
「さて、帰るか」
「待たれぃ! ロブリン、ここで会ったが百年目!」
突然の声に振り向くと、となりのレールを走る新幹線の屋根の上。
肩出し縞模様のドレスを着た、宮廷道化師のリシュトルテがビームキャノンをはべらせていた。
伸ばしっぱの紅紫髪と、両側頭部に2個ずつ垂らした無害ビーム・リボンを揺らして、トルテが叫ぶ。
「死ね、ロブリン! 死の"即死"ビーム!」
「! "威力"斬り!」
ビガガガガ! キャノン砲から放たれた絶命必至ビームを、ロブリンは斬りつけで受け止めた。
ソードから凄まじい火花と音を散らしながら、どうにかビームを押し上げる。
弾かれたビームが、空高く打ち上がり、自爆した。
トルテは腰に手をやって、笑い出す。
「さすがね、ロブリン。でもね? たかが一発、防いだだけで──」
「"即死効果"断ち!」
トルテのかたわら、キャノン砲へと、ロブリンの高速投げビームかんざしが突き刺さる。
ザキン! と斬撃音がして、トルテはその場に崩れ落ちた。
「あ~っ、何すんのよ! また作り直しじゃない!」
「その初手即死技ブッパ癖、治しなさい。何度も見たらパターンもバレバレだから」
涙ながらに立ち上がるトルテ。
粒へと分かれて消え散るキャノンを確認すると、ロブリンは一気にビームソードを振り抜いた。
「いいもん。今から作り直──」
「"時の進み"斬り!」
瞬間、世界の時が止まった。あらかじめ斬撃を身にまとったロブリンは、世界から切り離されたまま跳躍する。
そしてトルテの車両に着地すると同時、ビームソードを振り下ろした。
そこで、時は動きだす。
「かっ……!? え、あっ?」
縦に真っ二つにされたトルテへ、ロブリンは容赦なく剣で何度も切りつける。
新幹線の慣性でサイコロステーキが吹っ飛んでいく先、手刀の手のひらを向けたロブリンは、必殺の一撃を宣告した。
「"リポップ"斬り。さよならよ、トルテ」
「や、やめろォ! ぉおアバガガガ!」
斬撃の嵐が竜巻の柱となって、フッ飛ぶサイコロたちを飲み込んでいく。
断末魔の声も斬撃音に飲まれ、ついには跡形もなく消し飛んだ。
トルテはロブリンに並ぶ実力者だ。復活も早いが、斬ってしまえば関係ない。
少なくとも明日の朝までは、彼女の顔を見ずに熟睡できることだろう。
立ち上がったロブリンは、"距離"を切断して元の車両の屋根に戻った。
「……ふう。今度こそ帰るか」
新幹線の席には、買い物した生肉が一杯ある。
思わぬ機会に恵まれたとはいえ、本命の練習台は、そっちの方だ。
屋根から降りるロブリンを乗せたまま、新幹線はスカイレールをひた走った。
明後日、バウム岩山。
頂上の"いい感じの木"へと、トルテがトボトボと近付いていく。
「ええと、"誘導"ビームは、こっちの方角……ロブリン! いないの、ロブリン!」
「いないわよ。留守にしてるから帰って頂戴」
立ち木の近く、石の円卓と椅子に、ロブリンが座っていた。
彼女の前のテーブルには、無数の生肉がところ狭しと積んである。
「うっわ、何これ。生肉? 牛、ぶた、鶏に……どれも皆、腐りかけだわ。勿体ない」
「"腐敗"断ちと、ついでに"新鮮さ"切断の練習よ。触らないで」
仕方ないので、トルテは持っていた荷物を石のキッチンへ連れていく。
甘い匂いが漏れて、ロブリンの鼻をくすぐった。
「何それ? ドーナツ?」
「マクロフの新作よ。たまごと砂糖たっぷりで、すっごく美味しいの。ありがたく食べなさい?」
「高い物でも買ってきたみたいに。どうせ、それも無料なんでしょうが」
マクロフは、趣味で料理をやってる戦闘機械だ。
コンピューターで動く機械の利点を活かして、各地に変わらぬ味の店舗を構えているが、趣味でやってるので食事代なんてかからない。
「拾ったものよりいいじゃない! それより、よくも昨日は念入りに殺してくれたわね!」
「ああしないと、即時復活から無限に襲ってくるでしょアンタは」
「当然よ! なのに、なにさ。わたくし抜きで穏やかな夜を過ごしちゃって!」
ぷりぷりむくれながら紙箱を開き、ドーナツをかじるトルテ。
ロブリンもチュロスを手に取るが、少し困った顔をした。
トルテもそうだが、甘いものは好きだ。でも今は、そういう気分じゃない。
しばし考えた後、ロブリンはチュロスの"甘さ"を切断して、それから端に噛みついた。
どうやら、うまくいったようだ。表情の変化に乏しいロブリンも、思わず頬に赤みがさし、眉が僅かに持ち上がる。
「おいしい。甘さ控えめ」
「あんた、また何か切ったわね。信じらんない! ドーナツなんて甘さよ、甘さ。甘くないドーナツなんて──」
不味い。追加のドーナツを口に運んだトルテが、そう言ったきり動かなくなった。
勢い余って、残りのドーナツの"甘さ"まで斬ってしまったようだ。まだまだ修行が足りない。
「ロビィ、てめ~! マクロフのドーナツ、楽しみにしてたのに~!」
怒りのままハンドガンからビームを乱射するトルテに追われ、反省ロビィは抹茶ラテのボトルを開けた。