5 メイスン
アルトバラン兄上がしっかりしているから、俺は次男を満喫している。一応、スペアとしての教育は受けているから、跡継ぎ教育で重圧を受けているアルトバラン兄上に比べたら、俺の苦労は楽なもんだと分かっている。分かってはいるんだけどなぁ。
アルトバラン兄上は座学に秀でていて、難しい本もスラスラと読み解いていくらしい。5歳も違えば追い付かないのは理解出来るが、俺の勉強の手解きをしている先生に拠ると、同じ年の時のアルトバラン兄上はもっと深く理解していたそうだ。
アルトバラン兄上が書く文字が美しいのは知っている。だが、同じ年頃に書いていた文字も俺なんかじゃ比べ物にならない位綺麗だったらしい。俺が頑張って書いた文字を汚くて読み難いと貶される度に言われて来た。
アルトバラン兄上と比較されては全否定されている俺は、絶対、アルトバラン兄上とは違う苦労を大量にしていると思うんだ。
そんな俺が捻くれずにあるのは、剣術の先生のお陰だ。身体を動かす事に関しては、圧倒的に俺の方が上なんだそうだ。実際にアルトバラン兄上と手合わせをしても、勝つのは何時も俺だ。
「メイスンは本当に強いね。僕は安心して背中を預けられるよ。」
と毎回笑顔で誉めてくれるアルトバラン兄上。あ、因みに、手加減はされていない。俺が8歳の時から負け知らずだ。アルトバラン兄上は身体が余り強く無いのかも?と思ったら、先生曰く、運動神経が足りないらしい。それなら俺は勉強神経が足りないに違いない。
そして俺の4歳下の妹はアルトバラン兄上に似て勉強が出来る。しかも器用だ。刺繍の腕前は俺と同い年の従姉妹並みに素晴らしい。運動神経はアルトバラン兄上より上だが、妹は剣術を学ばないから俺は比較されずに済むから問題無い。つまり、俺が手放しで優秀な侯爵令嬢って可愛がれるって事だな。
そんな可愛い妹に、俺の剣術の先生繋がりで仲の良いジュリアンを紹介してやった。ジュリアンは伯爵家の嫡男だから、嫁ぎ先としては悪く無いと先生が言ったからだ。先生を通して両家の親同士が相談した結果、婚約が決まった。アルトバラン兄上にも婚約者が居るから、残るは俺だけだ。
だが俺は次男だから後回しで充分だと思っている。というより、まぁ、学院で良い出会いが有れば嬉しいって考えが有るから、親から見知らぬ誰かを連れて来られない様に立ち回っているんだ。アルトバラン兄上の様に政略結婚の相手と円満且つ愛し合う仲が築けるなんて想像がつかないからな。
ジュリアンは俺と同じで運動神経が良いから、4歳差の有る妹の動きがトロく見えて良く思えないらしい。取り敢えず、俺と兄弟になれるんだから、仕方ないから諦めるよ。と力無く笑ったのはちょっと気になったが、これだけ俺と気が合って仲が良いのだから、その内に妹とも仲良くなるだろう。と俺はなんとなく思っていた。
だけど、俺とジュリアンの仲は深まったのに、ジュリアンと妹の仲は溝が開いたまま終わってしまった。あの頃の俺は、4歳下の妹と親友のジュリアンの仲を取り持つより、自分と親友の関係を深める方にしか気を配らなかったのだ。溝を深めたのは俺の心配りの無さだったのだとは気付かなかった。
14歳の時の狩猟会での出来事だった。俺とジュリアンは獲物を追い詰めるのに夢中で、周囲の警戒を怠ってしまったのだ。気付いた時にはジュリアンの馬に別の魔獣が噛み付いていて、暴れた馬からジュリアンは振り落とされてしまった。俺は魔獣を倒すと直ぐにジュリアンに駆け寄ったが、木に頭を強く打ち付けたらしく、大量の血が流れていた。
緊急弾を打ち上げて助けを呼んだが、大量に出血していた為か治療が間に合わず、ジュリアンは両親が見守る中で息を引き取ってしまった。
「魔獣が噛み付いたのがたまたまジュリアンの馬だっただけで、もしかしたら、ああなったのは俺だったのかもしれない。」
俺がそう言って泣くと、両親も黙って頷いていた。
本来ならまだ学院に入る前の俺達には、大人の補佐が付いている筈だった。その補佐が目を離したのが間違いだったのだ。と、補佐を糾弾する声が高まった。粋がった子供達が先走るのは珍しい事では無い話だから。
でも、補佐役が公爵家の三男で、乗馬が苦手だと有名な人だと分かったら、周囲の声は収まってしまった。誰も悪く無い。ただジュリアンは運が悪かっただけになってしまった。
ジュリアンの葬儀には俺と両親だけが出席した。元々、そんなに仲が良くなかった妹はまだ小さいし、婚約者だからと言って無理して呼ぶ事は無いと、ジュリアンの両親からも言われた。ジュリアンには8歳年の離れた妹しか兄弟は居ないから、婚約者の変更も出来ないし、両家の関係も婚約と一緒にこのまま白紙解消になった。
俺は学院に入り、心機一転してジュリアンを忘れて友人を作り、そこそこに勉強も頑張って過ごした。仲良く話せる異性も何人かは出来たが、恋愛にはならなかった。結局、剣術に走り、卒業後は無事に近衛隊に就職した。
1年後に妹が学院に入り、友人が出来て、楽しく学生生活を送っていると、そういう話をしてもらえる様になった頃、実はジュリアンと恋人同士ではないのかと疑っていた。と聞かされた。妹の視点では、自分が婚約者にされたのは、兄との仲をカモフラージュする為の偽装婚約ではないかと考えていたと聞かされ驚いた。
親友を紹介したが、妹に取られそうになって嫉妬した兄。そんな兄を愛している元婚約者。
妹の評価が辛い。でも、そうか。だから妹の歩み寄りが少なかったのか。と自分の行動を反省した。反省したので、これからは妹の為に出来る事はしよう。と決意したのだ。
私が心を入れ替えて妹に歩み寄ってみると、妹は可愛いぐらいに頼ってくれる様になった。同級生の女の子達には感じられなかった感覚に癒された。庇護欲とでも名付ければ良いのかもしれない、甘ったるさが気持ち良い。
そして、妹の親友を紹介されたのだ!………いや、そういう意味では紹介されてはいないけど、妹の親友のマルガリータ嬢は、妹以上に可愛かった。とってもゲスな元婚約者がストーカーするので、その対策に呼び出されて護衛しているだけで、全く認識されていないのだが、それでも一緒に居られるだけでも嬉しい。
趣味の材料を購入する為の買い物に付き合っているだけだが、カナリヤも居るので何時も3人でのお出掛けでは有るのだが、それでも休日の街歩きなどはまるでデートしている気持ちだった。
それにしてもマルガリータ嬢は素晴らしい。これは超機密事項だから知っている人は片手程だが、マルガリータ嬢は空間付与に成功して、マジックバッグが作れる様になったのだ。
可愛くて、頭も良くて、性格も良い上に、珍しい空間付与魔術まで使えるなんて、女神かもしれない。しかも、冗談半分で強請ってみたら、簡単にマジックボックスを作ってくれたのだ!嬉しくってつい、父上に話してしまったら雷が落ちた。お陰で冷静さを取り戻し、空間付与の情報が漏れると危険な事になる。と、注意を促せた。
その後、ゲスな元婚約者に困らされている彼女に、私が婚約を申し込むのは如何のものだろうと躊躇している間に、彼女が誘拐されて隣国で拉致監禁される事件が発生した。
父上が心配していた事が現実になってしまった。カナリヤとマルガリータ嬢には誘拐も含めて、犯罪に巻き込まれる危険性を話してはいたが、事件は起きてしまった。
酒に酔って口を滑らしたのは、マルガリータ嬢に空間付与を教えていた錬金術の教師だった。監視の対象外というか、全くの想定外の人物から情報が漏れていた。私やカナリヤの所為では無いが、注意が足りなかったのかもしれないと悔やんだ。
マルガリータ嬢が隣国に連れ攫われたのは、彼女の生家のドゴール伯爵家と、我がノチウ侯爵家の調査で判明したのだが、私が彼女を救い出しに隣国へ行こうとしたら止められてしまった。マルガリータ嬢と赤の他人の上に、私の近衛という職業が不味いらしい。ドゴール伯爵様にも、
「隣国を相手に捜査して欲しいと訴える必要はあるけれど、隣国に敵対する訳では無いのだよ。私が娘の為に個人的にお願いする場に、国の顔でも有る近衛騎士は連れて行けない。
ノチウ侯爵子息の気持ちは有り難いが、気持ちだけ受け取らせて頂く。」
と断られてしまった。その後、無事とは言い難いが、国に連れ戻せて療養が始まったのだが、カナリヤは会わせてもらえるのに、私は拒絶された。カナリヤの説明には納得せざるを得なかったが、何ヶ月も会えなくて辛い日々を過ごす事になった。
カナリヤに諭され、マルガリータ嬢と会えない日々を使ってヘンケルに教育された結果、マルガリータ嬢と面会が許された。彼女に負担を与えずに見守り、抱え込むのに必死に頑張った。
途中から公爵子息が乱入して来たが、カナリヤが上手く立ち回り、マルガリータ嬢にストレスを与えない様に交わしてくれた。あのゲスな元婚約者のお陰か、マルガリータ嬢は公爵子息の好意を感じていなかった様なのが喜ばしかったが、振り返れば、私の気持ちも伝わっていなかった事が分かった。
でも、カナリヤからはマルガリータ嬢の気持ちは私に傾いていると聞いているので、公爵子息の家に乗り込んでマルガリータ嬢を取り返し、我が家の庭に連れて行ってプロポーズを決めた。
なんとか、婚約にまで辿り着けた時には、カナリヤとヘンケルの手を取って号泣してしまった。これでマルガリータに何があっても守ってやれる立場を私は掴んだ。
最終的に時空間魔法を手に入れたと聞いて、本気で囲い込みに入った私は、ヘンケルと組んで合同結婚式を決行した。招待客が結構ダブるので、苦情が来なかったのも良かった。………某公爵家を除いて。
誰にも渡す気は無いし、誰かに攫われたりもさせない。という気を全面に押し出した結婚式を済ませて、甘い新婚生活に突入して、幸せ一杯のせいか、天使がさっさと舞い降りて来た。彼女によく似た面立ちの嫡男はホントに天使だ。天使にはエイベルと名付けた。マルガリータの心配などどこ吹く風で健やかに育っている。
婿入りしたものの義父は元気なので、私は近衛騎士を続けている。その為、家族で王都のタウンハウス住まいなのだが、義母にはまだ紹介されていない。カナリヤから聞いてはいるが、訳ありの義母の存在はタブー視されたままだ。エイベルが成長した暁には紹介してもらえると良いのだが。
その後、我が家には二人目の天使、長女のエビータがやって来た。エイベルが5歳になり、私の母との触れ合いを見ていたマルガリータが何かを決心した様で、家族全員で領地に初めて向かった。
本邸で落ち着いた後、義父に連れられて別邸に向かった。其処にいた義母は何処かおかしかった。普段穏やかなマルガリータが声を荒げる事にも驚いたが、義父が見守っているので、私もそれに倣った。義父に目配せられて、そっとエイベルに挨拶させると、義母の視線がやっと私達を捉えた様だ。
その後、義父の助けで義母が精神を取り戻し、私達の家族とも良い関係を築ける様になった頃、3人目の天使が舞い降りてくれた。次男のフェンケルが産まれたのを機に私は近衛騎士を退任し、義父の元で伯爵の仕事を始めたのだった。
領地の仕事は義父がいるので、どんな事をしているのか一通り聞くだけで、まだ手出しは無用らしい。私の仕事は商会の方で、マルガリータの補佐みたいな位置で始める事になった。
表のカタログの商品は国の内外から集めて販売しているが、マルガリータは裏のマジックバッグやマジックボックスの仕事をメインでしている。私はその裏の仕事を隠す商売をするのだ。
エイベルは義父に連れられて度々商会を巡っているので、私よりも顔が広い。マルガリータ似のせいか、ウケも良く、私が躊躇されている案件でも、エイベルがお願いすると通ってしまう事が多い。そんなエイベルを頼もしく思う反面、もっと頑張らねば!と意識を新たにする。
伯爵家の勉強の傍に商会の仕事もしてしまうエイベルは、私よりも凄いのではないか?とアルトバラン兄上に話すと、期待を背負っている嫡男にはありがちだよ。と笑われる。エイベルは私よりもアルトバラン兄上に似たのだろうか?とマルガリータに嘆くと、花が咲いた様に笑われた。
「エイベルはメイスン様の子供よ。エイベルが凄いのなら、メイスン様も凄いのよ。」
とニコニコ顔で言われてしまった。まぁ、我が家の天使達は皆マルガリータから産まれているのだから、凄くて当然なのだろう。と理解した。
後年、フェンケルから、エイベル兄様が凄すぎて僕は困ってしまう。と打ち明けられたが、私はウンウンと頷いてフェンケルを抱き締め、
「我が家の天使達は皆それぞれ凄いのだよ。比較するなんて間違えをせず、安心して自分の良い所を見つけてごらん。フェンケルはいっぱい良い所を持っているから。」
と告げた。私の様に勉強神経が足りなくても良いんだ。他に良い所を見つけるだけだよ。と笑うと、いつの間にか集まっていた天使達と女神が一緒に笑って、楽しい空間が広がった。
取り敢えず、このお話はこれで終わります。ケント達のザマァ編も考えたのですが、面白く書けなかったので、諦めました。ごめんなさい。
また、新しい、楽しい話を考えてます。では、お付き合い下さいましてありがとうございました。




