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007 スレイン

 十の頃までは身体が弱かった。


 まともに外には出られず、教育だってまともに受けられなかった。


 上の兄と自分は第一王妃の息子であり、それ以降は第二王妃の子供達。


 早くに亡くなった母の後、悲しむ間も無く王妃の座に着いた第二王妃によって、最低限の教育しか施されなかった。加えて、教鞭をとっていたのも幼馴染であるアッシュである。


 第二王妃は第一王妃の子供達を失墜させ、自身の子供達に王位を継承させようとしている。


 そのため、身体の弱さを理由に第二王子から学習の機会を奪い、使い物にならないようにしようと企んだ。


 その時、まだ権力の無い第一王子では第二王妃の行動を止める事が出来ず、第二王子は自身の幼馴染からしか知識を得られなかった。


「忌々しい女だ。欲に目がくらんだ、俗物風情が邪魔しおってからに」


 苛立たし気な様子で第一王子がベッド脇の椅子に座る。


「第三と第四を私の補佐にするなど抜かしおった。心にもない癖によく言えたものだ。私の失墜が目的だろうに」


「スレイン様、お茶でございます」


「おお、すまないな、アッシュ」


「いえ」


 第一王子――スレイン・マルキス・ヴィスティーユは、アッシュの淹れたお茶に優雅に口を付ける。


「うむ、良い味だ。アッシュ、また腕を上げたか?」


「ありがとうございます」


「はぁ……あのガキ共にもアッシュくらい有能であればなぁ……いや、有能ならそれはそれで面倒なのだが」


「スレイン様、お口が悪うございますよ」


「ふんっ、こんな時くらい良いでは無いか。たまには吐き出さねばやってらん」


 言って、お茶請けの焼き菓子を食べる。


「申し訳ない兄上。俺がこんな身体でなければ……」


 ベッドの上で申し訳なさそうな顔をするガルシアを見て、スレインはふっと笑う。


「なに、気にする事は無い。お前はゆっくり体を良くしていけば良い。講師の派遣はあの忌々しい女のせいで出来ぬが、本であれば幾らでも持って来る事が出来る。必要な本があれば言ってくれ。禁書以外であればなんでも持ってこさせる」


「ありがとうございます、兄上」


 申し訳無さそうな顔でお礼を言うガルシアを見て、スレインは心を痛める。


「兄として当たり前の事をしているだけだ。兄が弟を気遣うのは当然だろう? それに、お前から学びの機会を奪っているのは私の弱さとあの女の傲慢さだ」


 スレインは手を伸ばし、ガルシアの頭を撫でる。


「怒っても良いのだぞ。お前にはその権利がある」


「怒るなど、そんな……兄上は、良くしてくださってます」


「良く、か……いや、良くはしていない。しているのは現状維持と少しばかりの助力だけだ。見ろガルシア。がらんどうなこの部屋を」


 ガルシアの私室には必要最低限の物しか置いていない。王侯貴族の部屋としてあってしかるべき絢爛さがそこには欠けている。


 あまりにも質素。アッシュの私室の方が、物も充実しているくらいだ。


「普通に与えられてしかるべきものを、お前は享受できていないのだ。卑屈に考えろとは言わない。だが、現状は正しく認識しろ。お前は、王族として受けるべき教育も支援も受けていないのだ」


 真剣なスレインの表情。その目には確かな憤りが宿っており、その憤りの向く先はスレイン自身であり、憎き第二王妃にでもある。


「ガルシア。私はいずれ王位を継ぐが、それは直ぐに訪れるものではない。今の私には、お前を直ぐに助けてやれる力が無い。私は、お前に我慢を強いている立場だ。それでも、無理を承知で言わせてくれ」


 スレインは真っ直ぐガルシアの目を見据え、真摯に言葉を口にする。


「強く在れ。人として強く在れ。人を陥れるだけの人間に、人を憎むだけの人間に、お前はなってくれるな」


 ガルシアはスレインを尊敬している。


 王妃を抑制出来ていない愚図な国王と権力に囚われた第二王妃。その二人から十分な支援を受けられない中で順調に自身の派閥を広げ、地位を盤石なものにしている。


 尊敬するスレインからの言葉だ。真摯に受け止めたい気持ちもある。


けれど、そうは言われても、やはり心に燻る怒りや憎しみは消える事は無い。


 いつしか身体も良くなり、他の人と変わらないように生活を出来るようになった。その中で、十分な支援を受けているにも関わらずガルシアよりも劣った人間によく会った。


 傲慢で、利己的で、上昇志向の無い選民思想の貴族達。


 自身よりもより良い教育を受けていたにもかかわらず、自身より劣る貴族の子息子女達。


 人を陥れるだけの人間にはならない。なりたくはない。けれど、彼等と肩を並べるのもまた御免である。


 だから、貴族の子息子女には基本的には関わらない事にした。関わっても身にならない。ただ面倒なつながりが増えるだけなのだから。





 ガルシアは第二王妃を恨んでいる。そして、同じような思想の貴族を疎んでいる。


 傲慢な選民思想を持つ貴族の子息子女も嫌悪の対象だ。


 ミレイユに声をかけたのは、ミレイユが貴族では無いからだ。繋がりを持ったところで貴族のようなしがらみも無い。変に付き纏われる事も無いだろうと考えた。まぁ、裁縫の腕が良いので気になった声をかけたというのもあるけれど。


 月下にて、月を見上げるミレイユを見やる。


 美しい(おもて)に月光を思わせる銀の髪。静謐な夜に冷たく透き通る美しい声音。


 ミレイユは、ガルシアが出会った女性の中で一番美しいと思える女性だった。


 見た目だけで人を好きになる訳では無い。けれど、それでもこの美貌が失われるのは惜しいと思ってしまうのは確かだ。


 他人であるガルシアが思うのだ。ミレイユだってそう思ってもおかしくは無いはずだ。


 しかし、その容姿を彼女は月に一度しか取り戻す事が出来ない。それなのに、彼女は特に憂う事も無く日々を過ごしているという。


 本来自分が持っているものを奪われてもなお、彼女に憂いが無い。自分とは違う彼女に、少しだけ興味が湧いた。


 彼女について何か聞きたかったけれど、とうとう長い夜に終わりがやってくる。


 朝日が顔を出し、ミレイユを照らす。


 朝日に照らされた瞬間、ミレイユの姿は人から乳白色の骨に戻っていった。


「私がミレイユだと、信じていただけましたか?」


「――っ。気付いていたのか……」


「いえ。私と一緒に居る理由を考えたら、もしかしたら疑っているのかなと思ったので」


 かまをかけた、という訳では無いのだろう。純粋に、気になったから聞いたのだろう。


「それでは、私は部屋に戻ります。夜間外出の件が気になるのであれば、ベルメールさんに窺ってください」


 それだけ言うと、ミレイユはすたこらと部屋へと戻って行った。


 第二王子という地位を持ち顔の良いガルシアにすり寄ろうとする貴族の子女は多い。外面的なものしか見ていないという証左であるそういった行動を彼女はしなかった。


「不思議な奴だ……」


 まぁ、魔女に呪いをかけられるくらいだ。それなりの理由を持った人間なのだろう。


 そう考え、ガルシアは寮室に戻っていく。


 彼女に少しだけ興味を覚えたけれど、それはきっと彼女が同じ穴の狢だからだろう。


 自分と違う生き方に、興味を覚えたのだ。


 ちゃんと話をしてみたい。そう思った。


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