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005 食堂

 授業は初日から始まった。


 数学、歴史、魔法学、薬草学などなど。最初は基礎から始まるけれど、その内容の殆どをミレイユは知っていた。森に居る間に、ミレイユは森の魔女から授業を受けていたのだ。


 スタートで躓く事はなさそうだと分かり少しだけほっとする。


 お昼になり、ミレイユはシスティに連れられて食堂へと向かう。


「ミレイユってどうやってご飯食べるの?」


「食べません。必要が無いので」


 システィの素朴な疑問に、ミレイユはさらりと言葉を返す。


「どういう訳か、食事も睡眠も必要無いのです」


「不思議だね」


「そうですね」


「ミレイユって魔女の呪いで骨になっちゃったんだよね?」


「はい。そう聞いてます」


「じゃあ、図書館行ってみる? 魔女の呪いについて何か書いてあるかも!」


 王国の図書館に置いてあるような情報であれば、森の魔女が知っている。しかし、森の魔女はミレイユの呪いについては何も知らないと言っていた。その森の魔女が知らないと言うのであれば、図書館にミレイユの求める情報は無いはずだ。


「そうですね。後で寄ってみます」


「うん! わたしも一緒に行ってあげる!」


「ありがとうございます」


 話している間に食堂に辿り着く。食堂はビュッフェ形式となっており、メニューは日替わりになっているそうだ。


「席、とっておきますね」


「うん。ありがと!」


 適当な席に座るだけで場所取りになる。誰も、ミレイユの近くには気味悪がって近寄りたがらないのだから。


 前述の通り、ミレイユに食事の必要は無い。なので、食事の時間はとても暇になる。


 ミレイユはおもむろに自身の口に手を突っ込む。


 急に自身の口の中に手を突っ込んだミレイユを見て、周囲の者はぎょっと目を剥く。


 かりかりと骨を掻く音が聞こえた後、口の中から手以外の物が出てくる。


 出て来たのは布と針の刺さった針刺しと縫い糸だった。


 ミレイユの身体に肉は無いので、それを利用して骨に上手く引っ掛けて色々なものを収納しているのだ。


 ミレイユは周囲の者の反応など気にせず、縫い物を始める。今作っているのは部屋で使う用のコースターだ。因みに、ミレイユはお茶を飲まないのでシスティの物だ。


 ちくちくちくちくと縫い物をしているミレイユを見ていたガルシアは思わず呆然としていた。


 貴族の令嬢であれば自身の口の中に手を突っ込んだりしない。そもそも、羞恥心のある者であれば男女関係無く人前で口の中に手を突っ込んだりしないだろう。


 きっと骨である事が長く、他人よりも羞恥心が低いのだろう。


 だが、骨であっても女子は女子。女子が人前で口の中に手を突っ込むのはどうかと思うガルシア。


「ふむ」


 一つ思い立ち、ガルシアはミレイユの元へと歩く。


「で、殿下?」


 アッシュが慌てたような声を出すけれど気にしない。


「相席、良いだろうか?」


 おもむろに声をかけるけれど、ミレイユはまさか自分が声をかけられているとは思っていないので気付いていない。


 慌ててやってきたアッシュが愛想良くミレイユに声をかける。


「ミ、ミレイユさん。相席、よろしいだろうか?」


 名を呼ばれ、ミレイユはようやっと顔を上げる。


「相席ですか?」


「はい」


「だめです」


「え?」


 即座に断るミレイユに、思わずアッシュは呆けた声を出してしまう。


「システィさんが座るので」


 ミレイユはシスティのために席を取っている。


「では隣は平気だという事だな」


 言って、ガルシアは回り込んでミレイユの隣に座る。


「殿下!」


「対面は駄目だという話だろう? 隣であれば問題あるまい」


「はい」


 ガルシアの言葉を頷いて肯定するミレイユ。


 対面はシスティのためにとっておいているけれど、他は誰が座ろうとどうでも良い。


 二人から直ぐに興味を無くして、ミレイユはちくちくと針を動かす。


 その様子をガルシアはしげしげと眺める。


「殿下」


 ガルシアの不躾な視線を咎めるアッシュだけれど、ガルシアは聞く耳を持たない。


「手際が良いな。初めてから長いのか?」


「……」


「……」


「……」


 ガルシアの言葉に応えないミレイユ。


 相席しても良いかという問いだけで会話が終わったと思っているミレイユは、まさか自分が声をかけられているとは思っていない。


 無礼にもあたるその行為に、しかしガルシアは怒るでもなくもう一度問う。


「子供の頃から続けているのか?」


「……」


「……」


「……」


「聞いているか?」


「殿下。名前を呼ばないと分からないかと……」


「先程まで会話していたのにか?」


「ええ……ベルメール様から聞きましたが、森での生活が長いようで、少し他の者との会話の間合いが測りにくいようで」


「そうか。ミレイユ、少し良いだろうか?」


「あ、はい。なんでしょうか?」


 アッシュの言葉通り、名前を呼べば普通に返事をするミレイユ。


 手を止め、ガルシアの方を見るミレイユ。


 動くたびにからからと骨が鳴り、その様相は不気味の一言に尽きる。


 夢に出そうだなと失礼なことを思いながら、ガルシアは続ける。


「手際が良いな。王宮で抱えている仕立て屋と遜色無い」


「ありがとうございます」


「続けて長いのか?」


「はい」


「針子を目指しているのか?」


 ガルシアの問いに、ミレイユは返答までの間が空く。


 目指すという事はつまり、その道に進むという事。森から出る事を考えた事も無ければ、将来の事など欠片も考えた事も無かったミレイユにとって、いわゆるところの将来の夢というやつは思い描いた事も無いものになる。


 森で生きて森で死ぬ。凪いだ心のミレイユにとって、心を強く刺激されるような出会いは無かった。


 今のところ、人が作った物に興味は覚えるけれどそれを夢というのは違うだろう。


 ミレイユはからりと小首を傾げる。


「さあ? 将来の事はまだ分かりません。今は、システィさんが喜んでくれるので縫い物をしているだけなので」


「そうか」


 その答えを聞いて、ガルシアの目から興味の色が消えた。


 ガルシアはミレイユの裁縫の腕を見て、少しだけ興味を持った。ガルシアの言葉に嘘は無く、ミレイユの裁縫の腕は王宮で抱えている仕立て屋となんら遜色のないものだった。


 そこまで腕を上げている彼女を見て、彼女もアッシュと同じように高い志を持った人間(・・)なのだと感じた。


 自身の将来を見据え、そのために努力をする人間なのだと、そう思ったのだ。


 だが、彼女の言葉はガルシアの考えを肯定するものではなかった。


 ただ得意だから、ただ誰かが喜んでくれるから。それだけの理由で彼女は縫い物をしているだけに過ぎなかった。


 外見は骨だけれど、彼女は周りの者と変わらない。


 興味を失ったガルシアは食事を始める。それを見たミレイユは会話が終わったと思い、縫い物を始める。


 が、直ぐにその手を止めてミレイユはガルシアに向き直る。


「聞いた方が良いですか?」


「何をだ?」


「貴方が何を目指しているかです。今、そういうお話の流れだったように感じたので」


「……」


 ミレイユの言葉に、ガルシアの手が止まる。


「目指していたものはある。が、もはやその気も失せた」


「そうですか。何か、他に見つかると良いですね」


 純粋なミレイユの言葉。けれど、その言葉がガルシアの心に刺さる。


「……そうだな」


 それをおくびにも出さず、ガルシアは答える。


 見つかっていれば苦労はしない。そんな本音(ことば)は飲み込んだ。吐いたところで、捨てる先など無いのだから。


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