004 当たり前
システィと一緒に振り分けられたクラスへと向かった。
クラスに着けば、ミレイユを見た生徒達は騒然とする――という訳では無かった。皆、ちらちらとミレイユを見はするけれど、騒ぐという事はしない。
講堂で見ていたという事も在り、ミレイユの存在は知っていた。そのため、大きく騒いだりはしない。そもそも、この学園に通うのは貴族の子息子女が殆どだ。平民の子供も居るけれど、数はそう多くは無い。
貴族の子息子女という事もあり、二度も品も無く騒いだりはしないという事だろう。
教室の後ろが高く、黒板の方が低くなっているという構造になっており、皆が思い思いに座っている。
「あっち座ろっか」
「はい」
システィが気を使ってか、教室の端っこへとミレイユを連れていく。
教室の端っこの方に座り、教師が入って来るのを待つ。
システィとお喋りをしながら待っていると、教室に二人の男子生徒が入って来る。
ミレイユは特に気にしていなかったけれど、他の生徒は教室に入って来た生徒を見て色めき立つ。
教室に入って来たのは、第二王子のガルシアとその執事のアッシュだった。
生徒、特に女子生徒が色めき立つのには理由がある。
貴族の子息子女にとっては王族とパイプを持つ事は将来的にとても重要になってくる。
領地経営時の資金援助の融通や、王侯貴族間の派閥関係、子女に至っては婚約者にでもなれば実家が王族との太いパイプを持つ事になる。
ガルシアと仲を深めるという行為にはそれだけの価値があるのだ。
加えて、ガルシアの顔はとても整っている。切れ長の目、高く通った鼻筋。美しく、氷のように冷たい美貌を持つガルシアに対し、家柄や利益など関係無しに女性として興味を持つ者は多い。
そして、彼の幼馴染であり執事でもあるアッシュもまた、女子生徒が興味を持つ対象である。
公爵家の三男にして、剣の達人。優し気な雰囲気と柔和な笑みは相手の警戒心を解き、温かな言葉はがら空きになった懐に優しく染み渡る。陽だまりの様な、優しい少年。
ガルシアとアッシュは正反対の存在と言えよう。
けれど、両者共に顔立ちが良く家柄も良いと来ている。女子が色めき立つのも無理からぬ事だろう。
とはいえ、それらは普通の感性を持つ子息子女に限った話。ミレイユの興味の対象外だ。
ミレイユはお友達のシスティとのお喋りに夢中になっている。システィはミレイユにとって初めてのお友達だ。感情の機微は小さいけれど、心底から嬉しいと思っているのだ。
「うさぎ! うさぎも縫える?」
「はい。またハンカチで良いですか?」
「うん! あ、でも、縫い物って時間かかるんだよね? 無理しないでね?」
「大丈夫です。私に睡眠は必要ありませんので。今日にでも取り掛かりますね」
「本当? 嬉しい! ありがとう!」
きゃっきゃと楽しそうにする二人。
そんな二人をガルシアはちらりと横目で見た後、興味もなさそうに適当な場所に座る。
ガルシアに続き、アッシュも席に着く。
「よろしいのですか?」
「何がだ?」
「挨拶をなされなくて」
誰に、とは言わずとも分かる。
森の魔女の娘であるミレイユに、だ。
「必要あるまい。俺には関係無いからな」
「またそうやって……」
「事実だ。それに、俺自ら挨拶に向かえば、何かあると勘ぐられる。知らぬ存ぜぬが一番良い」
「とか言って、本当に興味が無いだけなんですよね、殿下の場合……」
アッシュの言葉に、ガルシアはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「ただ動く骨というだけだろう。それだけであれば別段興味も湧かん」
「ただ動く骨という訳では無く、魔女の呪いです。失礼な物言いをするものじゃありませんよ」
諫めるようにアッシュが言うもガルシアは気に留めた様子も無い。
「骨は骨だろう」
「いいえ、人間です。殿下はもう少し相手を慮ってください」
「慮られるだけの人間であると判断したらな」
ガルシアは他人に価値を見出してはいない。
例えば、アッシュ。アッシュのように卓越した剣技や、他人を良く見て気を遣える観察眼、一本芯の通った人柄をガルシアは評価している。
ガルシアも剣技に自信はあるけれど、アッシュにはどうしても敵わない。才能に胡坐をかく事無く、毎日朝早くに起きて鍛錬をして、真摯に剣と向き合っているのがアッシュだ。その姿勢、その精神をガルシアは評価しているのだ。
他にも、ガルシアが評価をしている相手はいる。が、それに値する程に人間がこの学園に居るとは思えない。
「どいつもこいつも、躾けられた良い子ちゃんばかりだな」
「殿下」
ガルシアの発言に、アッシュが強めの語調で諫める。
「事実だろう? 親の言葉に従い、ただ言われるがままに習い事をしていたくらいの者ばかりだ。その道に精通した者の癖が無い」
「殿下。口が過ぎますよ」
「そうかっかするな。聞こえやしないさ」
眉を寄せるアッシュに、ガルシアは笑いながら言う。
実際、ガルシアはアッシュに聞こえる程度の声音でしか言っていない。聞かれれば面倒な事くらいは分かっている。
「まぁ、いずれにせよ退屈な三年間になりそうだ」
「……殿下は見切りをつけるのが早すぎます。学園は自身に何が向いているのか、自身が何をしたいのかを学ぶ場です。これから花開く才能も、築き上げる努力もありましょう」
「馬鹿を言うな。貴族とは庶民と違って幾らでも学べるものだ。何が好きか、何が出来るか、何を極めたいかは、庶民よりも早々に知れたはずだ。真摯に向き合わず、手を付けなかったのは己の怠慢だ」
大概の事は出来る。他よりも勉学に優れている。それは学ぶ機会の多い貴族にとっては当たり前の事だ。
だからこそ、その当たり前のままの貴族の子息子女など慮るに値しない。
「ただ当たり前を享受しているだけの人間になど興味は無い」
それが、今のところのガルシアのこの学園に対する総評だ。
勿論、現状の総評だ。上方修正される事もあれば下方修正される事もあるだろう。
「殿下……」
ガルシアの断ずるような声音。しかし、その中に幾ばくかの寂しさが含まれていたのを、付き合いの長いアッシュは見逃さなかった。
「お前のような者と一人でも知り合えれば儲けものだ。まぁ、お前の様な変態、そうそう居はしないだろうがな」
「なっ……! 私は変態ではございません、殿下」
「はっ、朝から晩まで鍛錬鍛錬。その合間に勉学や習い事を挟んで平気で翌日を迎えられるお前が変態でなくてなんだと言うのだ」
「別に、普通でございます。人間、睡眠時間を七時間も取れば十分な休息になりますので」
「お前の場合は起きている時間の密度が濃いのだ……」
呆れたように言葉を漏らすガルシア。因みに、アッシュの睡眠時間は五時間程度なので、アッシュの弁は通用しないのだけれど、流石に幼馴染の睡眠時間までは把握していないために突っ込むことが出来ない。
そうこうしている内に、担当教諭が教室に来て学園の説明やらなんやらをした。自身の担当するクラスに第二王子が居る事で緊張している様子の教諭を見て、ガルシアは心中で溜息を吐いた。