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003 ガルシア アッシュ

 入学式当日。


 ミレイユはシスティと一緒に講堂へと向かっていた。


 ミレイユに睡眠の必要は無く、一晩中起きていたので朝になってシスティを起こしたのだけれど、ぴやぁっと可愛らしく驚かれてしまった。申し訳ないなぁと思った。驚かせてしまった事、自身と同室になってしまった事。その両方に対して。


 自分の見た目は普通ではない事は知っている。他人にどう見られ、他人がどう感じるかも少しは分かっているつもりだ。


 だからこそ、申し訳なく思う。


 今も、一緒に歩いているだけで二人は奇異の視線にさらされている。


 制服を着て、システィとお喋りをしながら歩いて、人の言葉を話しているけれど、だからこそ奇怪に映ってしまっているのだろう。


「ね、ねぇ……あれ、骨……よね?」


「あ、ああ……歩いて、喋ってるけど……」


「どうなってるの? あれ……なに?」


「おいおい。学園は魔物も入学させるのか?」


 困惑、恐怖、侮蔑、疑念。様々な感情がミレイユを貫く。


 衛兵を呼んだ方が良いのでは? けれど、制服は着ている。それに、隣を歩く女子生徒は平気そうだ。


 なんて、明け透けに話をする生徒達。


 そんな生徒達に、システィはぷっくうっと頬を膨らませて怒り顔。


「もう! 失礼しちゃう! 女の子に魔物だなんて!」


「大丈夫ですよ。(はた)から見ればそういう風に映ってしまう事くらい分かっていますから」


「でも……」


「あ、講堂に着いたみたいですよ。綺麗な建物ですね」


 あからさまに話を逸らすミレイユ。


 ただ、講堂には興味津々なのは本心であり、しげしげと至る所に視線を巡らせている。


 ミレイユは人の作った物に興味がある。建物や家具、服や装飾品などに興味津々なのだ。


 ずっと森の中で生きて来た。森には魔女と自分しかおらず、家も大きな古木の(うろ)を使っていたので、建築というものとは程遠かった。なので、人の作った物は珍しく、ミレイユは興味津々なのだ。


 学園長の挨拶や生徒会長の挨拶などは耳にも入らない。講堂の椅子、天井、式典台、その全てがミレイユにとっては新鮮で、魅力的に映っている。


 それらをじっと観察している間に、入学式は終わってしまった。誰それが何をしたとか、まったく記憶に残っていない。


「殿下、やはり美しかったですわね」


「あんなに美しいのに、まだ婚約者が居ないのですよね?」


「聞いた話では、なにやら気難しい方らしいわよ」


「冷酷で冷徹。とても冷たい対応をなされるのだとか」


「まあ、そうなの?」


 なんて会話を耳にしてもミレイユは特に何も思わない。


 殿下がどうとか良く分からないし、興味も無い。


「ミレイユ、講堂横の掲示板にクラス表が張り出されてるみたいだよ!」


「くらす、とはなんですか?」


「え? えーっと……部屋? いや、皆が一緒に勉強する場所、かな……?」


「そうなのですね」


「うん」


「何を基準にして分けているのでしょうか?」


「流石にそこまでは分からないかなぁ……」


「そうですか」


「ごめんねぇ……」


「いえ。大丈夫です」


 しゅんっと落ち込んでしまうシスティ。


 ミレイユの声には抑揚が無く、冷たく聞こえてしまう事が多々ある。けれど、別段怒っている訳でも、呆れている訳でも、がっかりしている訳でも無い。


 システィが答えてくれた事も有難いし、こうして一緒にお喋りをしてくれているのも嬉しい。


 けれど、良くも悪くもミレイユは感情が表に出ないのだ。だから伝えられない。正しく伝わらない。


 更に言うなら、ミレイユは今まで母である森の魔女としか話した事が無い。なので、相手に合わせて会話をするというのが苦手であり、相手の感情をくみ取るのも苦手だ。


 システィ程感情豊かであれば分かるけれど、相手の小さな変化を見抜く事は難しい。ただ、何故システィが落ち込んでいるのかは分からない。ミレイユからしてみれば、話していたら急に落ち込んでしまったので逆に驚いているくらいだ。


 きっとそれも勉強させるために、森の魔女はミレイユを学園へと寄こしたのだろう。その事に、ミレイユ自身は気付いていないけれど。


「くらす、一緒だと良いですね」


 ミレイユが素直にそう言えば、しょぼんと落ち込んでいたシスティの表情がぱっと華やぐ。


「うん! 一緒だと良いねぇ!」


「はい」


 こんな(自分)と一緒に居たいと言ってくれるシスティは、優しい子なのだろうと素直に思う。


 システィが手を引き、講堂横の掲示板へと向かう。


 その様子を、一人の男子生徒が興味深そうに眺めていた。





 ヴィスティーユ王国第二王子、ガルシア・オリヴィス・ヴィスティーユは目の前を歩く奇妙な女子生徒を思わず不躾に視線で追ってしまった。


 女子生徒、なのかどうかは正直分からない。


 けれど、女子の制服を着ているのできっと女子生徒なのだろう。


 『きっと』と付くのもその生徒の姿が他の生徒、いや、他の人間と大きくかけ離れているからだ。


 一言で言い表すなら『骨』。少女は、骸骨だった。


「骨が歩いている……」


 思わずぼそっと呟けば、後ろに控える彼の幼馴染であり執事であるアッシュ・バルトーレが慌てた様子でガルシアを諫める。


「失礼ですよ殿下! それに、ミレイユ様の事は以前説明がありましたでしょう?」


「説明? あったか、そんなの?」


「ありました! 森の魔女様の御息女様です。魔女の知識と引き換えに、彼女を学園に通わせるという国が交わした公正な取引です」


 ガルシアのみに聞こえるように声を潜める。


「ああ、そんな話もあったな」


 特に興味もなさそうなガルシアに、アッシュは呆れたように息を吐く。


「殿下……興味のない事を気にも留めないのは殿下の悪癖でございます」


「興味のない事を気に留めても仕方あるまい」


「我が国の未来に関わる話ですよ? もっと興味を持ってください……」


「どうせ兄上が主導だろう? ならば俺が関与する余地などあるまい。気にするだけ無駄という事だ」


「殿下……」


「さ、行くぞ」


 それだけ言って、さっさと歩いていくガルシア。


 アッシュは遅れる事無く付いて行くけれど、その心中はガルシアの先行きを憂いていた。


 ガルシアは自身の興味のある事にしか関心を示さない。その理由をアッシュはよく理解している。そして、それが良くない事である事も十分に理解している。


 学園生活を気に、その悪癖を直せれば良いと思っているのだけれど難しい話だろうとも思っている。


 彼が興味のない分野に対して劣っていればそれを理由に強くも出られるのだけれど、ガルシアに出来ない事は無いと言っても良いほどガルシアは多才であった。


 だからこそ、何も言えないのだ。興味を示さずとも、出来てしまうのだから。


 きっとこのまま大人になったところでガルシアが困る事は無いだろう。何せ、なんだって出来てしまうのだから。兄である第一王子が王位を継ぎ、その補佐をガルシアが担ったとしても、なんら苦労をする事無く兄を支えるだろう。


 それだけの度量をガルシアは持っている。


 ただ、全て出来たとしてその行動に熱が伴わない。熱も無く淡々とこなす事はきっと虚しいことだろう。


 熱の無い人生に彩りがあるとは思えない。それはきっと灰色の人生だ。


 幼馴染として薔薇色とまではいかずとも、彩りに満ちた人生を送ってもらいたいとアッシュは思う。


 どうにか、何か転機でも訪れてくれと心中で祈る。


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