002 システィ
ミレイユが学園に到着してから二日後にミレイユと同じ新入生が入寮する。
その間、教師陣には挨拶を済ませたミレイユだけれど、彼等はミレイユを奇怪なものを見る様な目で見ていた。それはおよそ生徒に向けるべきたぐいの視線ではなかった。
ともあれ、学校側にミレイユの存在は認知された。ベルメールから話だけを聞いても半信半疑だった彼等だけれど、実際にミレイユを見て納得したようだ。
学園側からは最低限の支援はしてもらえるだろう。だが、この学園には王国の王侯貴族の令息令嬢が通う。もしミレイユが彼等と問題を起こした場合は、あまり大きな支援は望めないだろう。
ベルメールという後ろ盾は居るけれど、それにも限界がある。因みに、森の魔女という最大の後ろ盾は使用できない。魔女は世俗に関わる事が少ないため、知られれば騒ぎになる。
そのため、学園では学園長しかミレイユの母が森の魔女だという事は知らない。魔女の呪いを受けたという特殊な事情のある生徒を学園で預かる。そういう筋書きなのだとベルメールは言った。
楽しみにしていた反面、なんだか面倒な事になったなぁと思うミレイユ。
入学式までの空いた時間に、ミレイユはひたすら縫い針を動かす。ミレイユの趣味の一つである裁縫。時間があれば刺繍やら小物やらを作っている。
ミレイユが入寮したのは入学式の二日前であり、入寮したその日の夜からずっと針を動かしている。
ミレイユの身体は睡眠を必要としていない。それどころか、食事も必要無い。精神的な疲弊も無い事から、延々動く事が出来る。
時間も忘れて熱中してしまう事もしばしばある。
だからこそ、気付かなかった。御裁縫をしてから一日が経過している事に。そして、もうすでに女子寮に生徒達が入寮の準備をしているという事に。
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
突然、ミレイユの耳に甲高い絶叫が突き刺さる。
びっくりしながら、ミレイユは針を動かす手を止めて声の方を見やる。
そこには、一人の少女が立っていた。
小柄で可愛らしい、ふわふわの髪をした少女は、わなわなと震えながらミレイユを見ていた。
「ど、どどどどど、どうしてスケルトンが私の部屋に!? あ、あわわわわっ、どうしょうどうしましょう!?」
慌てる少女に、ミレイユは静かな声音で答える。
「こんにちは。私、こう見えて人間な――」
「びぃぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!? 喋ったぁ!?」
ミレイユの言葉を遮って声を上げる少女。大きな声を出しているので、何事かと少女達が集まってきてはミレイユを見て悲鳴を上げる。
悲鳴を上げる少女達を見ながら、面倒な事になったなぁと他人事のように思うミレイユだった。
騒ぎは寮母が来た事でなんとか収まった。
魔女の呪いで骨に変えられた少女であると声高々に説明をされて少し恥ずかしかったけれど、納得して解散してくれたのはありがたい。
「という訳で、私は骨ですが人間です。スケルトンじゃありません」
「そ、そうだったんだねぇ。ごめんね、騒いじゃって……」
しゅんっと肩を落として落ち込むふわふわの少女。
落ち着けるために備え付けのキッチンでお茶を用意したのだけれど、余程落ち込んでいるのかお茶には手を付けない。
「大丈夫です。特に気にしていないので」
実際、ミレイユはまったく気にしていない。こうなるだろう事は分かっていた事だし、予想通りの反応をされたところで心も痛まない。
「こちらこそ、ごめんなさい。私みたいなのと相部屋になってしまって……」
「そ、そんな事無いよ! 気遣いが出来て優しいし、お茶も淹れてくれるし! わたし、嬉しいよ! ちょ、ちょっと心臓に悪いけど……」
ぐびぐびとお茶を飲むふわふわの少女。すっかり冷めてしまっているので火傷の心配は無い。
「うん、美味しい!」
「それは良かったです」
言いながら、ティーポットの中のお茶を魔術で温め直す。マナーとして良くは無いのだけれど、誰も咎める者は居ない。
温まったお茶を空になったティーカップに注ぐ。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はミレイユ。御迷惑をおかけすると思いますが、これからよろしくお願いします」
「わたしはシスティ。よろしくね、ミレイユ!」
ふわふわの少女――システィはにっこりと愛らしく微笑む。
「はい。よろしくお願いします」
ひとまず、邪険にされる事がなさそうだと安心するミレイユ。
相部屋なのだ。良好とまではいかなくとも、難なく過ごせるくらいの関係には収まりたい。
王都に来るまでに何個か街を経由して来たけれど、どの街にも見た目が骨の者など存在しなかった。骨であるミレイユを見て毎度騒ぎになったけれど、馬車の御者が事情を説明してくれたのでどうにかなった。
丁寧に事情を説明してくれた御者には感謝しかない。
システィもとても優しそうな女の子だ。特に大きなトラブルになる予感もしない。
「あ、そうだ。お近づきの印に、どうぞ」
言って、ミレイユはデスクの上に置いていたハンカチを手に取ってシスティに渡す。
相部屋になるのだ。最初の印象が良い方が良いだろうと思い、ハンカチをプレゼントしようと思っていたのだ。ハンカチには花の刺繍が入っている。
「わぁ、可愛い! これ、貰っていいの?」
「はい」
「ありがとう!」
にぱっと花の様な可愛らしい笑みを浮かべるシスティ。
喜んでもらえたのであれば作ったかいがあるというものだ。システィに渡したハンカチはミレイユが作ったものだ。
これほど喜んでもらえるのであれば、また折を見て作ってみるのも悪く無いかもしれない。
嬉しそうにハンカチを見詰めるシスティを見て、そう思った。