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001 ミレイユ

 乗合馬車から降りて、少女は絢爛たる街並みをその眼窩(がんか)で捉える。


「わぁ、おしゃれな街……」


 感嘆の声を漏らす少女を、街の者はぎょっと驚いたような目で見て慌ててその場から離れていく。


 大変に失礼な行動だけれど、少女は気にした様子は無い。


 だが、騒めきは大きくなり、少女を遠巻きに見やる人々は皆恐怖するような視線と表情をしている。


 少女がその場で突っ立って絢爛な街並みに感激していると、先程走ってこの場を去った者が衛兵を連れてやって来た。


「あ、あれです!」


 少女を指差し、慌てたような声音で衛兵に訴える。


 かくいう衛兵も少女を見て驚いたような顔をする。


「な、何故王都にスケルトン(・・・・・)が!?」


 驚愕の声を出す衛兵に、少女はあっけらかんと答える。


「あ、わたし人間です」


 言って、少女はかちかちと歯を鳴らして笑う。


 そう。少女の身体に肉は無く、白く立派な骨のみなのだ。服は着ているけれど頭蓋骨が丸見えになっているので骨である事は隠しきれていない。


「す、スケルトンが喋ったぁ!?」


 なので、見た目は服を着ているスケルトン。しかも、スケルトンだってみすぼらしい服を着ていたりするので、綺麗な服を着ているスケルトンという事になる。


「いえいえ、人間です。魔女の呪いでこんな姿になってしまったのです」


「ま、魔女の呪い……?」


「はい」


 この世界には魔術というものがある。生活に便利な術から、戦闘に使うような術まで様々だけれど、超越的な力が使えるようになるという訳では無い。時を戻せたり、死者を生き返らせたり、天気を操ったりなど、そんな事は出来ない。


 だから魔術。体内に宿る魔力を行使する術なのだ。世界の法則を塗り替える程の力は持ち合わせていない。


 しかして、その魔法を行使できる者が存在する。それが、魔女である。


 魔女であれば一人の少女を骨に変えてしまう事も出来るかもしれないし――出来ないかもしれない。正直どちらとも言えない。なにせ、魔女を知ってはいても会った事など無いのだから。


 少女の言葉の真偽を悩んでいる内に、慌てた様子で一人の男が少女に駆け寄る。


「す、すまないミレイユくん! 馬車が脱輪してしまって……って何だいこの騒ぎは!?」


 慌てる男に対して、少女――ミレイユはからころと骨を鳴らしながらお辞儀をする。


「ベルメールさん。お久しぶりです」


「ああ、久し振りだね。――じゃなくて!! 王都に入る前にフードと仮面を付けるようにとあれ程言っただろう?!」


「王都の景色が綺麗で、すっかり忘れてました」


「すっかり忘れて大騒ぎになる僕の身にもなってほしいな!」


「でも、遅れたのはベルメールさんですよね?」


「そうだね! そこは本当にごめんね!!」


 このとーり! と両手を合わせて謝罪をする男――ベルメール。


 彼はこの国の外交を担当しており、侯爵家の令息でもある。


「とりあえず、騒ぎはうちでなんとかしておくよ。ミレイユくんは僕と一緒に学園まで向かおうか」


「はい」


「っと、その前に……」


 言って、ベルメールはミレイユにフードを被せる。


「一応、騒ぎにならないようにね」


「はい」


「それじゃあ行こうか」


「はい」


 遅れてやって来た馬車に乗り込み、二人は学園へと向かう。


 ここは、ヴィスティーユ王国の王都ファロネ。ミレイユはこの国の学園に入学するためにはるばる王都までやって来たのだ。


 馬車でがたごと揺られながら、ミレイユは窓の外を眺める。


「やっぱり、珍しいかい?」


「はい」


「暫くはこの光景が日常になるよ。森よりは喧しいと思うけど、人の温かみも感じられる良い街だ」


「そうですか」


 素っ気ないミレイユの態度に、ベルメールの笑みに影が差す。


 ミレイユは骨なので表情が分かりにくい。いくら百戦錬磨の外交官とはいえ、骨の顔色を窺うのは不可能であり。なにせ、表情が無い。


「楽しみです」


「え?」


「学園、楽しみです」


 静かな声音でミレイユが言う。静かな、けれど、確かに温かい声音。


 目の前の少女が骨だからといって、心が無い訳では無い。年相応に、未知との遭遇に心を躍らせているのだ。


 ミレイユの言葉を聞いて、ベルメールの表情が綻ぶ。


「そっか。それは良かった」


 だが、懸念もある。


 ミレイユの見た目は誤魔化せないし、本人も誤魔化す気が一切無い。


 周りが慣れるまでには時間がかかり、排斥する事に慣れてしまえばそれはミレイユの孤立を意味する。


 期待を胸に王都に来てくれたのだ。悲しい思い出を作って欲しくは無い。


 などというミレイユを思う素直な気持ちもあるけれど、勿論打算もある。


 なにせ、ミレイユの育ての母は森の魔女(・・)なのだ。そう。人前に姿を現わすのは稀であり、魔術よりも高位の術である魔法を使う事ができるあの魔女だ。


 森の魔女と言えばあらゆる植物にも精通しており、森の魔女の力を借りる事が出来れば王国の食料事情を大きく改善する事が出来るであろう事は間違いない。


 ミレイユを学園へ送り出したのも森の魔女であり、王国に依頼を出したのも森の魔女だ。依頼を達成できれば森の魔女は知恵を貸してくれると約束した。


王国のためにもなんとしてもこの依頼を達成しなければいけない。


 そのためには最大限注意を払う必要があるのだけれど、初日から馬車が脱輪するなど本当についてないとしか言いようがない。


 だが、その気持ちをいっさい表に出さずに、ベルメールはミレイユに話しかける。


 ベルメールは外交のプロだ。そんな失態は犯さない。


「今日は学園に行って案内と荷解き……といっても、大体の物はこっちで準備してあるから、安心してね」


「何から何まで、ありがとうございます」


「大丈夫だよ、それが僕等の仕事だからね。ただ、部屋の空きが無くてね。相部屋になってしまうんだ……」


「相部屋、ですか……」


 ただでさえ特殊な見た目をしているのだ。相部屋ともなればプライベートを共に過ごす事になってしまう。身構えてしまうのも無理ないだろう。


 ベルメールとしても相部屋ではなく一人部屋を用意してあげたかった。


「大丈夫です。なんとか上手くやってみます」


「無理そうだったら、他に手を考えよう」


「はい」


 最悪、ベルメールの屋敷に泊めさせれば良い。通学に多少面倒がかかるが、仕方ないと割り切ってもらう他無い。


「あ、着いたみたいだね。さ、降りようか」


「はい」


 ベルメールが先に降り、ミレイユの手を取って降りさせる。


 ミレイユは目の前に広がる光景に思わず息を飲む。まぁ、呼吸などしていないのだけれど。


 白亜の校舎、規則的に敷き詰められた綺麗な石畳、学園を彩る色とりどりの花々。


 王都の街並みも綺麗だったけれど、それ以上に美しい様相をしている。全てが調律されているような、そんな様相。


「ようこそ、王立アリアステル学園へ。今日から、ここが君の学び舎だ」


 歓迎の礼を取るベルメール。


「凄い、綺麗なところですね」


「そうだろう? 王国中のデザイナーを集めてデザインされたんだ」


「そうなんですね。そのデザイン案などは、資料として残っているのでしょうか?」


「ああ。図書館に一冊の本として(つづ)ってあるよ。興味があるようだったら、今度読んでみると良い」


「はい」


「さ、行こうか。まずは荷物を置いて、それから学園を案内しよう」


 ベルメールは自然な動作でミレイユの鞄を持ち、女子寮へと案内する。


「あ、自分で持ちます」


「大丈夫だよ。エスコートは紳士の嗜みだからね」


 言って、ぱちりと一つウィンクをするベルメール。


 普通の婦女子であれば、ベルメールの所作にときめきの一つでも覚えるのだろうけれど、ミレイユはただ申し訳無いと思う気持ちしかない。


 ミレイユは自分の心が人より鈍い事を知っている。本当に興味の湧いたものにしか、心が重い腰を上げないという事を知っている。


 骨の身体に、がらんどうの心。それが、ミレイユという少女なのである。


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[一言] 新作! おもしろそう 続き楽しみにしてます
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