第5話「陛下、それヤンデレです」後編
「しかしライエルよ、お前も知っての通り私はすでにキレメッコを正室として迎えている。他国の、しかも女王を側室として迎え入れるなど個人的にも国家間的にもどう考えようと不可能だ」
「向こうはそう思ってないんでしょう」
「しかし、婚儀の際にはメツイモオルにも外交官を通じて私が結婚したことについての書状を送ったぞ? さすがに知らんわけは…」
「……黙っていましたが、外交官が書状を贈った数日後から今日まで断続的にこのような書状、というより個人的な手紙が数十枚陛下宛てに送られてきておりました」
そう言ってライエルは懐から一通の封書を取り出す。
「どれ…………うっわぁ、」
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| 愛しのニブウスへ |
|学生時代のあの日から私はあなたを想い続けています。 |
|好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き|
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そこにはびっしりとニブウスを想う気持ち、という形の狂気じみた言葉の羅列が紙一杯に書き込まれていた。
「言っておきますが、それでもまだマシな文面の方ですよ」
「これでマシな方なのか!?」
「ヤバイのになると血文字で書かれていたり、おそらくは本人の髪の毛で装飾されていたり、読み進めるうち無意識にクラーメ女王へ会いに行きたくなるよう催眠を施す文字に偽装した呪術式が書き込まれてたり」
「なぜ今まで報告しなかった!? 間違って一通でも手紙を開いてたら…」
「ご安心を、陛下宛ての書状や手紙は全て私かウスメーノを通さないと届かない仕組みになっています」
――元々ウスメーノが不審な手紙があるって俺に持ってきた事で発覚したからな。
「しかし、呪術式が書かれた手紙まであるとは、誰かに被害はなかったか?」
「はい、まぁ、」
――実際には俺が引っかかって通りかかったネムメネが気付いて解呪してくれなかったらそのままメツイモオル行きになってただろうな…。
「…………うむ、このまま彼女の申し出を断るとまずいのは理解した。ではライエルお主の考えを聞かせてくれ」
「はい、ハッキリ言って彼女の逆鱗に触れた場合、下手をすると陛下やキレメッコ王妃に危険が、いや最悪両国の戦争に発展する恐れも」
「いくら何でもそこまでは行かんだろう? メツイモオルと我が国は友好国だぞ?」
「甘いです陛下、ヤンデレの行動は時に常識の枠を軽く凌駕します」
「だ、だが、戦争といっても口実が…」
「今のクラーメ女王は蛮族を打ち破った女傑として国内での求心力が高まっており、戦勝の勢いに任せて弱小国の我が国を併呑するなんて話になっても大きな反対は出ない可能性があります。蛮族の一件で好戦派が大幅に勢力を伸ばし元々数が少なかった穏健派もすっかり肩身が狭いようですから」
「お前がそう言うという事は情報部もそう結論付けたのか」
「はい、元々は他国との安全保障上の情報収集で、そのついでにクラーメ女王の婚約者の件も調べたのですが、お伝えする順番が逆になってしまいました」
「それは別に構わん、しかしそうなるとますますまずいぞこれは、私が結婚していることは知っているだろうが、その上でこの問題をどう扱えばいい?」
「現実的な案としてはキレメッコ王妃を第二王妃に格下げしてクラーメ女王を第一王妃に、もしくは陛下がクラーメ女王の王配になるという形でどちらにしろ我が国は大国メツイモオルに吸収・併合されるのが一番波風が立たないかと」
「…………」
――正直、ニブウスのヤツはいつか痛い目に遭えばいいと思っていたが、こんな形でしかも周りを巻き込んだ形でなるとは想定外だった。
――いや、学院時代にもっと俺が注意を払っていればクラーメとニブウスの関係はもっと違う形に出来た可能性はある。しかしそれもたらればだ、今考える事ではない。
「そう言えばライエル、お前まだ結婚しておらんかったよな?」
「はい?」
その時、ニブウスから出た予想外の言葉にライエルは間の抜けた返答しか返せなかった。
「どうしてこうなった?? ていうかどうやってこうなった???」
あの外交会談の日、隣室で陛下が、
「私にいい考えがある。信じてくれ!」
と、あまりに自信たっぷりに言うから他に代案もなく、つい従ってしまった。うん、そこは自分にも責任がある。だが、その陛下の考えというのをまず初めに聞いておくべきだった。
「クラーメ、実は学院時代、君を助けていたのは私ではない」
!!!???
この発言が全ての始まりだった。
そこからはもう陛下による怒涛の話術で、
学院時代の陛下、いや王子だったニブウスはさまざまな危険から身を守るために魔法で姿を似せた影武者が居たという話に始まり、一人異国に留学して頼る者のいないクラーメを見るに見かねて助けたのはなんと当時影武者をしていた(ということにされた)ライエルだったという展開になった。
その際、周囲に怪しまれないように王子とライエルは口裏を合わせ、影武者が別にいる時間、元に戻っていたライエルはバレないようにクラーメの事など全く気にする様子もないと思わせる為ワザとそっけない態度を取っていたということにされた。しかもただそうしたのではなく、ライエルなりに影武者でないときは彼女の自立を信じて見守っていたというそれっぽいエピソード付き。
極めつけは、それらの秘密を全部胸に仕舞い、彼女の気持ちを裏切らないように人知れず自分は身を引くつもりだったのを陛下に止められて、真実(という名のでっち上げ話)を明かしたなんて形で締めくくりやがった。
話が終わった時はさすがに作り話が過ぎるだろうと、疑われる心配をした。
しかし、クラーメの反応はライエルが思っていたものとは真逆だった。
「………………ライエル~~~~~~!!!!!!」
「え?わぁ!」
「じょ、女王!? どうか落ち着いてください!」
突然名前を叫ばれながら抱き付かれ、ライエル本人も近くに居たメツイモオル側の側近もどう対応すれば良いかわからず、判断に困った。
「私、真実を見る目が曇っていました! 本当に私を助けてくれていたのが誰なのか、知らずにあなたにひどい事をするところでした!」
「い、いや、その、お、おき…ぉ…、お気になさらず」
今更陛下が思いついた嘘でしたなどと言えるわけもなく、ライエルがやっとの事で絞り出した言葉はそんな当たり障りのないモノになった。
「……本当にお優しいのね。…陛下」
「なんだい?」
「申し訳ありません、本日はあなたと婚姻を結ぶつもりでしたが、なかったことにしていただいてよろしいかしら?」
「あぁ、元々君の想い人は私ではなかったのだからね」
――この野郎!ぬけぬけと!!
「……次の会談までに正式にライエル様を我が国に迎え入れる用意をして参ります。条件があればなんでもおっしゃってください」
「では両国の変わらぬ友好と貿易を」
「……ふふ、欲のない人。でもよかった。もしこの真実を知らなかったら今日の婚姻と同時にあの偽りの王妃もかたずけるつもりだったけどお互いにとって幸いだったわね」
「……あぁ、本当に良かった」
――俺は良くねぇよ!!?
とはいえもはや後の祭り、それからはあっという間だった。
陛下、いやニブウスの野郎はあっさり俺を引き渡し、メツイモオルに連れて行かれた後は予想通りクラーメの王配として四六時中あのヤンデレの相手や監視の中で生活する事になった。
――正直、初めはヤンデレの相手なんて御免だと思っていた。だが…、
「もうずっと一緒よ」
――元々転生してからもモテなかった俺としては浮気する度胸も要領もなく、ならば別に言動に気を付けて逆鱗に触れないようにしてりゃ問題ないんじゃね? ということで彼女、クラーメの束縛を受け入れた。
――よく考えればメツイモオルはこの大陸の文明圏で一番の軍事大国だ。その大国を統治する女王の夫なんて普通ならあらゆる貴族が喉から手が出るほど欲しがる地位だ。うん、そう思えば悪くない気がしてきた。
「後宮から勝手に出たら許さないからね」
――元々惰眠をむさぼって怠惰に生きられるなら大歓迎な身だったので仕事せずに後宮に引きこもれるなら万々歳だ。
「愛してるわライエル」
――そうそう、そういえば一つだけここに来てからわかった事があった。足取りが一切掴めなかったクラーメの元々の婚約者だが、実は捕虜となった蛮族の女戦士に一目惚れして、彼女の部族の死生観を聞いているうちに人が変わったように強気になり、そのまま女戦士を逃がして駆け落ちしたそうなのだ。
――もとより捕らえて間もない捕虜だったために名前も碌にわからず、あまつさえ戦っている敵に王女の婚約者が寝返ったなどという醜態を国外に漏らすわけにはいかなかったため、一切の情報を封じ、代わりに他国の密偵達を誤魔化すため様々な噂を流したというのが真実だった。
「あなたは裏切らないでね?」
「あぁ、俺の全ては君の物だ」
こうして色々あったが、王国時代よりもいい待遇になった(と思わないとやってられない)ライエルは今日も惰眠を貪りながら一応は平和な日々を送るのだった。
「ま、平和ならいいか」
HAPPYEND?