第2話「陛下、それクーデレです」
のどかな昼下がり、午前中に仕事の大半を片付けて時間に余裕が出来たライエルは昼食後の眠気も相まって少しだけ仮眠を取ろうとしていた。
「ふっ、前世では買う余裕などなかった最高級の羽毛枕、これがダース単位で買えるってだけでも転生した意味があるってもんだ」
執務室に置かれたクローゼットにしまってある枕を出して応接用のソファに寝転がろうとしたその瞬間、廊下と執務室をつなぐ扉がいきなり開かれる。
「ライエル~~~!おるか~~~?」
心地良い時間を邪魔されたライエルだったが握りこぶしに血管を浮かべるだけで表情は笑顔のまま入って来た国王の応対をする。
「はい、どうされました陛下?」
「おぉ、居たかライエル、実は相談があるのだが」
「何でございましょう?」
「お前も知っている私の政務補佐のウスメーノ・クルーマガオ文官長の事なのだが」
「彼女がどうかしたのですか?」
「いや、普段ずっと真顔というか、表情が変わらんというか、ほら、あやつ変化がないだろう?」
「そうですね」
――確かにウスメーノは普段表情を崩したりせず黙々と仕事をこなす女性だ、しかしそれは…。
「だからな、日々大量にこなさなければならない政務に疲れてあのように表情が固まってしまってたのではないかと思ってな、少し暇を出そうとしたのだ。そうしたら」
「きっぱりと断られでもしましたか?」
「よくわかったな」
「でなければここに来てはいないでしょう?」
「むう、それもそうか」
「それでどのように断られたのですか?」
「それが、『休みなど不要です。陛下には片付けていただかなければならない仕事がまだ山ほどございますから私も最後までお付き合いいたします』と普段より強めの口調で押し切られてしまった」
――陛下、それクーデレです。
普段まじめで常にクールな姿とは対照的に特定の人物の前でのみ、デレるそれがクーデレだ。
――真顔で黙々とクールに仕事をこなすウスメーノは実際、その表情通りにほとんどの者への対応も淡々としたモノばかりなのだが、国王陛下にだけは小言の体で他の者と比べて十倍は口数が多い。見る人が見ればすぐにわかるのだが、実際に何か事に及ぼうとしている訳ではないため問題視もされず、近しい者達からは暖かい目で見られている。
――しかし、キレメッコ王妃の時もそうだったが、国王ホントに鈍いよな、朴念仁系主人公かよ。
王の側近である自分への良い縁談がなかなか来ないライエルとしては生まれながらに王族で超勝組な上にハーレム要素まで持っているこの幼馴染系陛下が少なからず憎たらしく思っていた。
「それで陛下はウスメーノの事をどうなさりたいので?」
「だからな、なにかあやつの疲れを取り除けるような良い手段がないかお前に知恵を借りたいのだが」
「……それなら簡単です」
「本当か!?」
「えぇ、いいですか? まず…」
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翌日の夕刻、その日の仕事を終えたライエルは紅茶を飲みながら愛読している冒険記本の新作を読もうとしていた。そこに…。
「ライエル~~~!!!」
扉を派手に開けながら飛び込んできた国王に対して、てめぇ口に釘打ち込んで黙らせてやろうか!?という感情を一切出さずに本が変形するくらい強く握りしめながら完璧な応対をする。
「どうされましたか陛下」
「お前のおかげでウスメーノの笑顔が見れた! 感謝するぞ!」
「それはようございました」
「しかしよく庭園での仕事を頭の固いあやつに認めさせたな」
――そんなの簡単だ。国王と二人きりで庭園を貸し切りにしてやるとウスメーノに伝えれば表情こそ変化しなくても内心大喜びするだろうことはわかりきってるからな。
ウスメーノ嬢を休ませてあげたい国王にライエルが伝えた方法は簡単だった。
まず、王城に隣接する庭園を貸し切りにして護衛は全て外に配置。
その上で庭園の見晴らしがよいスポットで政務をしてもらいつつ、ウスメーノと国王の二人きりで半ピクニック状態でくつろぎながら一日過ごしてもらったのだ。
「ライエルが言っていた『お弁当』というのがこれまたよかった。皿ではなく箱の中にいろいろな料理を詰め、それを二人で食べるというのはなかなか新鮮な体験だったぞ」
「陛下、私が伝えた例の方法はためしましたか?」
「ああ、その、少し恥ずかしかったがな。これがうまいぞ、食ってみろと言ってなんとか自然な形でタコの形をした腸詰め肉を『あーん』? させることに成功した」
「ウスメーノの反応はどうでした?」
「それだ。その直後だ。あやつが今まで見た事もない良い笑顔になったのは」
なにやら達成感のようなもの感じている国王にライエルはハーレム主人公を見るモブの気持ちで
――そりゃウスメーノの笑顔なんてこの世界で数えるほどの人数しか見てないだろうよ。
と軽く嫉妬の感情を抱いたのだった。
「ご希望でしたら今後もウスメーノの休養になりそうな政務スケジュールを考えましょうか?」
「うむ、今後も定期的によろしく頼む」
「は、陛下のお望みのままに」
それからというもの、国王の政務は時々庭園で行われるようになり、その度に人払いや庭師の予定の調整をすることになるライエルなのだが、それも全ては自身の平和な生活の為と割り切って働くのだった。