6 『ゴールデン・ウィザード』
目が覚めたノア・ドラゴニアは、懐かしい記憶に暫くぼんやりと、あの日目覚めたのと同じ天蓋を眺めていた。
国王であるレイブン……レイと出会って5年が経ち、ノアは21歳になり、レイは85歳の筈だが変わらない見た目をしている。
ノアもその気になれば体の老化を止められる。王族は常に微量の魔力を龍穴に流し込み、その力に呼びかけて肉体と精神のエネルギーを保っている。地脈と繋がったノアにも同じ事はできるが、25歳位までは育ちたいと思って止めていた。
使用人の手を借りずに、街の冒険者のような格好に着替えてから朝食を摂る。慣れた物で、背中には弓と腰に矢筒、反対側の腰に片手剣を引っ提げ、革鎧に鉄板仕込みのブーツという軽装だ。
パッと見は魔法が使えないような、ごく普通の冒険者に見える格好で、今日も適当な街で冒険者として誰かと旅をする。いつもそうで、適当な野良の傭兵としてパーティに加えてもらう。
報酬は特に求めず、怪しまれるようなら1割だけ貰う。生活にも金にも困っていないノアは、そんな生活を3年続けてちょっとした小金持ちになっていた。
その金は時折街で食事をするのに使うくらいで、装備も普段の寝起きも王宮が用意してくれている。
【アイテムインベントリ】という魔法が使えるので、手荷物も少なく、出掛け時だなと窓の外、晴れた空を見て思ったノアはレイの執務室の方を『視た』。
今はレイが一人でサインをしている。毎日よくこんなに勘案があがってくるものだと思いながら、ノアはそこに『移動』する。
床が捲れ上がって花弁が萎むようにノアを包み、レイの元へ送ってくれる。執務室の床から蕾が生えると、また床はただの床に戻り、レイは慣れた物でサインし終えてからノアの方を見た。
「おはよう、ノア。今日はどこか決めてる?」
「おはようございます、レイ。いや、まだどこに行くかは決めてなくて」
「それなら、ゴーシュの街に行ってくれないかな? 近くでダンジョンブレイクが起きそうなんだ。魔物の数が増えていて、レベルが高くてそこらの冒険者では潜れなくてね。一時的に封鎖、今日には合同パーティが組まれる筈らしい」
その許可証の写しをひらひらと見せてきたレイに近づく。
あれから背もまた伸びて、少し幼さのあった顔が引き締まったノアは、誰が見ても美形だというような、少し憂いを帯びた青年になっていた。
『泥の血』である事を今も少しだけ気にしているが、その『泥の血』の自分を拾い、育て、教えてくれたのはレイだ。大切に扱い、信頼を置いてくれている。
ノアはレイにのみ忠誠を誓っている。レイにのみ従い、他の貴族に尻尾は振らない。レイは、もう少し社交的でもいいのに、と苦笑いをするが、別に邪険にしているわけではないからいいだろう、とノアは思っている。
「ゴーシュですね。いってきます、レイ」
「お願いね、ノア」
こうしてノアはまた床に呑まれていった。地脈の通り道は多い。まるで人体のように張り巡らされた血管、さながら龍穴は臓器とでも言おうか。
ノアはその地脈と繋がっている、この世界で唯一の人間。それを悟らせてもいけないし、レイ以外に言ってもいけない。
しかし、ノアは神出鬼没の冒険者として既に有名になっていた。
そのあだ名は。
「『ゴールデン・ウィザード』ねぇ……、ノアの方が呼びやすいと思うんだけどな」
彼は今日も活躍するのだろうと思いながら、そのみやげ話を楽しみに、レイはまた書類に視線を落とした。