5 『繋がる』
30分後にはきっちりレイは溜まっていた書類を片付け、残りはまた置いておくようにと取り次に言い置いて、ノアとともに使われていない演習場にやってきた。
平時、兵士や魔法士が訓練する演習場は別にあり、ここは王族専用の演習場だという。
それにしては広すぎる気もするし、ノアが通りすがりに覗いた武器庫の内容も充実していた。その時足を止めたノアに「まだ早いよ」とレイは笑って演習場の真ん中に立った。
「我々王族も、実は地脈の力を借りている。歳を取らないというのはそういう事で、弟は城を離れたからそれができなくなった。昨日言った通り、城や神殿は地脈の力の強い場所……龍穴と呼ばれる場所に建つ。そこまで強い力に己の魔力で呼びかけて、力を借りているから……君とは根本的には違うのだけど、まぁ君が地脈と繋がる手伝いくらいはできると思う」
「だから、ここを離れられない、んですか?」
「そうだよ。王は長く、若く、生きた方がいい。頭が何度もすげ変わるようではやっていけないんだ。特にこの国はね、特権階級が力を持ち過ぎている。見た目だけでも、『存在そのものが強い』必要がある。でないと謀反を起こされる」
レイの笑みはどこか皮肉で、歳を取らない事を責の一つとして背負い、そのために城から動かないという手段を取らざるを得ない事に飽きているようでもあった。
当然だがレイにも息子たちはいるし、皆レイのように若い姿のまま、孫もひ孫もいるはずだ。
ノアは、レイが自分に本当に期待している事が、少しだけ分かった。間違っているかもしれないが、ノアが地脈を操れるようになった時、ノアはレイを連れ出す事ができる。若いまま、その責任ごと。
ただ、レイはノアにその個人的な期待をいきなり背負わせる気も、それを夢見るほど若くもなかった。
ノアはただ、それらを飲み込んで、レイをまっすぐに見つめた。
「地脈との……繋がり方を、教えてください」
「まず、ちゃんと大地を足で踏み締めて。裸足になった方が分かりやすいな。それから、踏み締めている大地を命と……生き物として『認める』んだ」
まずは言われるままに裸足になったノアは、均された演習場の土の上に、肩幅に足を開いてしっかりと立った。
そして、足の裏に感じる砂の粒から遠くに見える稜線、さらにその向こうの見たこともない大地……レイが度々口にする、星、というものを生き物だと頭の中で言い聞かせた。
目を閉じて、この巨大な生き物の上に自分が立っていることを意識する。そう、目ではとても追いきれない。今踏み締めている土地から、見たことも行ったこともない海も大地も全て、一つの生き物だと。
「できている、そう、君は思い込めばいい。知るのは後でも大丈夫。まずは生き物として認めること、そこから始まる」
「レイ……この後は、どうしたらいいですか?」
「そうだね……星は言葉を話さない生き物だ。君はペットは飼ったことがあるかい? 初めて犬や馬に会った時、どうする?」
この大地を犬として扱うのか、とは思えど分かりやすかった。
この大地は人間とは違う生き物だ。警戒心を解いてもらうために、目を伏せたまま、怖くないぞ、と心の中で語りかける。
本当は撫でたりしてやりたいが、星の頭や首がどこにあるかなんて知らない。と、思ったら、足に何かが絡み付いてきた。
「これが……星の、一部ですか?」
「あぁそうだよ。もうわかるようになるなんて流石だね。そのまま、繋がりたい、と願って。地脈が認めたら……なついたら? 君にはそれでもう、だいぶ力になるはずだ」
「懐く……」
想像できないが、生き物に懐かれるのは嫌いじゃない。
ノアは、繋がりたい、と足に絡みつく何かに語りかけた。
その瞬間、ノアの意識がものすごい勢いで持っていかれる。
知らない土地、森、海、湖、街、城、どこでも乗せて行ってくれる気らしい。地脈も、語りかけられるのを、誰かをずっと待っていたのだと悟る。
ノアの身体中に地脈から力が流れ込んできた。身体中が熱くなる、何かで覆われて、血管とは違う流れが体の中を巡っていく。
恐る恐る目を開けても、その状態は変わらない。掌を見る、全身が、薄く金色に発光して見える。
レイが笑って拍手した。
「おめでとう、ノア。これで君と地脈は『繋がった』!」