2 『慧眼』
謁見の申し込みをして、待合室で待たされる。用意されていた水差しから水を飲んだノアは、恐怖と緊張で乾き切った喉をやっと潤した。
ベイクス公爵は難しい顔でソファに座り、ノアは所在なさげにその対角に座った。まだ、陛下の許可が降りていない自分は貴族だが、魔力無しとされたのだから農奴に落ちるのは確定している。
自分の立場というのがあやふやなだけに、ノアは落ち着く事ができなかった。今後どんな人生を歩むのか、それが今から決まる。もう、ほとんど決まっているようなものだが。
考えを巡らせているうちに「陛下がお会いになります」と案内役がきた。ノアの心臓はもはやバクバクとうるさく音を立て、目の前が回って見える。
それでも父親の後ろをついていき、陛下の執務室で膝をついて礼をする。ちらり、とノアは国王を覗き見た。
金髪の長い髪に、夏の濃い青空と同じ瞳をした陛下は、80歳は超えているが、見た目は20代に差し掛かったところに見える。若い整った顔立ちの男性は、仕立てのいい服に身を包み、書類から顔を上げてベイクス親子を見た。
「で、その子が『泥の血』だって? ふぅん……」
「はい。ベイクス公爵家として、ノアを勘当します」
ベイクス家が公爵となったのはずいぶん昔だ。いずれかの代の王妹を嫁にもらい公爵となり、以後ずっと公爵家でいる。
王族は歳をとるのが遅くとも、ベイクス公爵家はそうではない。この目の前の国王陛下とは一滴ほどは同じ血が流れているかもしれないが、彼は面白そうにノアを見つめた。
「その子を勘当するんだね?」
「は……、何か?」
「いや、構わないよ。君が要らないなら私が貰い受けるまでだ」
その言葉にはベイクス公爵もノアも驚いて顔を上げる。農奴に落ちるべき『泥の血』のノアを、この国王は貰い受けると言い放った。
『泥の血』は恥だ。何故それを王族……国王が貰い受けるというのか。
「ベイクス公爵、帰ってよろしい。ノア、君は残って。あぁ、ベイクス公爵……ノアを返せと言ってもダメだからね」
あっさりと帰れと言われた上に、返品は受け付けないと言われたベイクス公爵は苦々しい顔をした。
「返していただかずとも結構。傍系から出るだけでも恥というのに、嫡男が『泥の血』などと……全ての存在経歴の抹消を願います」
「もちろん。あぁ、君のためではない、ノアの為にね。もう行ってくれ」
「……失礼致します」
傍目から見れば傲慢な若い国王が公爵を追い出したように見えるが、国王の方が年嵩である。目下に対して正当な対応だ。
残されたノアはまだポカンとして跪いていたが、立って、と言われて言われるがままに立ち上がった。
国王の瞳は確かに年月を重ねた深みがある瞳で、その目を悪戯っぽく輝かせて同じくらいの背丈のノアを真近でジロジロと見ている。
「君は知っているかな。この大地……星というのだけどね、星には血管のように力の道がある。それを地脈というんだ。そして、地脈の力の強いところに、城や神殿なんかの大事な場所を建てる」
「? は、はい」
「ふっふ、うん、君は知らないね。王族には必ず魔眼が宿る。私の魔眼は『慧眼』と言ってね、まぁ、あれだ、物事の本質や力の流れを見ることができるわけなんだけど……」
国王はノアに顔を寄せたまま、胸にトン、と指を置いた。
「君には、地脈を扱う力がある」