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女房の男

作者: 春名功武

 いい加減にしてくれ。私は目の前の光景に、うんざりした気分になった。予定より早く出張先から戻ってみれば、またこの仕打ちか―


 寝室のベッドで女房とあいつが裸で寄り添い寝ている。どう見ても、男女がコトを終えた後としか思えないありさまだ。


 きつく鼻をつく生々しい異臭が、絡み合う2人を容易に想像させる。何度も頭を振り、脳ミソから追い出そうとするが、叶わなかった。


 私の留守をいいことに男を連れ込むなんて、許せるわけがない。腕の中で眠る女房の顔は、無邪気な子猫のようで、私に見せるどの顔とも違っていた。それがまた腹立たしかった。


 もう何度目になるだろう。私は女房を叩き起こして怒鳴りつけた。しかし相変わらず反省の色は見えない。眠りを遮られた事への不満からか、ふてぶてしい顔で睨みつけてきた。


 そして、若かった頃と比べすっかり様変わってしまった、丸い身体にガウンを羽織り、タバコをくゆらし始める。


 動じることなく堂々としているのは、女房には、浮気をしているという実感がないからなのだろう。


 それでも女房の横にいるこいつは、生身の人間の男だ。この男を選んだ事自体が、今の私への否定に他ならない。


 それにしても、いつから女房はこんなに品も恥じらいもない、若い男を貪る年増の女になってしまったんだ。


 原因は私にあるのだろうか。確かに仕事が軌道に乗り、かまってやる時間は減った。しかし女房のワガママは何だって受け入れてきた。欲しいと言う物は、何だって買い与えてきた。それなのにこの裏切りはないだろう。


 私は女房の隣で怯えているあいつに視線を向ける。


 不思議でならない。こいつのどこが良いんだ。ただ若いというだけで、稼ぎもなく人望もない。性格だって、口ばっかりで薄っぺらじゃないか。


 女癖だって悪い。年上好きする童顔を武器に年増の女から金を毟りとっている最低なヤツじゃないか。


 それに比べ私は、地位も名誉も手に入れた。人望も熱い。稼ぎも今や世界のトップ10に入る。


 それに何より、女房一筋だ。どこをどう取っても劣っているところなんて見当たらないじゃあないか。


 さらに険しい顔で睨みをきかすと、あいつは女房の影に隠れる。まったく、馬鹿にしやがって。


 知っているぞ。お前はこの状況を楽しんでいる。それにお前は女に甘えるのだけは得意だったな。だが誤魔化せるわけがないだろう。私を誰だと思っている。


 頭に来た私はついに、あいつに殴りかかる。

しかし女房が必死に盾となって、私の手を弾く。


「彼に何かあったら、あなた分かってるの」

そんな事は百も承知である。


 それでも私の気は治まらない。女房がヒステリックに叫ぶ。

「やめて。これは浮気じゃないって何度言ったら分かるの」

「浮気でなかったら、何なんだ」

「偉そうな事言わないで。今のあなたがあるのは、誰のおかげよ。私だって少しぐらい良い思いしたっていいじゃない」


 確かに。今の私があるのは女房のおかげだ。

女房に出会う前の私は、口ばっかりの薄っぺらな男だった。研究者としてはまだまだ未熟で、その鬱憤を行きずりの女との火遊びで晴らしていた。


 女房に出会ってなければ、何処かの女に刺されて死んでいたかもしれない。そんな私を変えてくれたのは、まぎれもなく女房だった。


 一回り年上の寛大な女房の包容力に私はずっと支えられてきた。研究室に籠りきりの私の健康を気遣い、わざわざ弁当を手造りして持ってきてくれたのは彼女だ。とても献身的に私の面倒を見ていてくれた。


 そのおかげで、私は夢を叶えることが出来た。実現不可能と言われたタイムマシンを開発するという偉業をやってのけたのだ。しかし…


 だからと言って、タイムマシンを使い、若い頃の私を連れ込んでいいわけがないだろう。


 これは浮気ではないという女房の言い分は正しいかもしれない。それでも、昔の私に女房を寝とられるというのは、私のキャリアへの侮辱に他ならない。


 考えてみれば女房の陰に隠れて、情けない顔で私を見詰めている昔の私も、今の私を目指しているわけで、今の私は私史上最高の私なんだ。


 こんな地位も名誉も人望もない、何も持ってない昔の私に、今の私が負ける事などあってはいけないんだ。


 カッとなった私は女房を跳ね除けて若かりし頃の私に飛び掛かったのだが、やはり歳には勝てない。


 ギクリと腰をいわしてしまい、その場から動けなくなってしまった。情けない。


 女房が苦しむ私の顔を見下ろしていう。

「もう終わりにしましょう。あなたと別れるわ。そして、彼と一緒になる」

「な、何を言っている。冷静になれ」

「彼はね、あなたが持ってないものを持ってるの」


 私が持ってないもの、だと。そんなものがあるわけない。私はよく知っている。今のあいつには誇れるものなんて何一つないのだ。

何を持っているというのだ。


「彼には、夢があるの」


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