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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

綺麗な友達

作者: 砂原翠

あなたが好きだった。恋愛感情よりももっと、深くてぐちゃぐちゃなところで。

 お互いに馬鹿だよね、と私たちは笑った。

 卒業式の後の午後。クラスの打ち上げに参加しなかったのは、私と健太だけだった。健太はクラスでハブられてたし、私はクラスのカーストトップの男子にフラれたばかりで気まずかった。幹事の子の、全員参加で大丈夫だよね、という声の寒々しい響きが、はっきりと耳に残っている。

 健太の部屋のベッドの上で、私たちは卒業アルバムをめくりながら頭を空っぽにして大笑いした。健太は油性マジックに指を汚しながら、ぴかぴかに印刷された写真の上に落書きをしていく。逢沢裕翔。私たちが好きだった男だ。ニキビが散った日焼けした肌。奥二重の釣り目に、大きな口、尖った八重歯。へたくそなワックスで固めた、脱色した短髪。対してかっこよくも賢くもない彼は、巧みな言論と押しの強さのみでヒエラルキーのトップに上り詰めた。いいところなんて、少し足が速いぐらい。それもサッカー部の中では並だった。それなのに、なんとも不幸なことに、私も健太も彼に恋をしていた。

 整った雰囲気だけを醸し出している彼の顔に、健太は躊躇なくマジックを滑らせる。黒く塗りつぶす。髭を描く。ダサ眼鏡を掛ける。あほみたいにデカい蝶ネクタイをつける。くだらない落書きに、私たちは涙を浮かべるほど笑う。復讐。にしては可愛いくらい。昇華。できるほど傷は乾いていない。現実逃避、それが一番私たちの心性に近かった。

 好きです、と言った時の、彼の顔を覚えている。卒業式直後の校庭で、写真を取り合っていた友達と顔を合わせて、嘘だろ?っていうように醜い薄ら笑いを浮かべて、「これってなんかの罰ゲーム?」と言い放った。

 私の好きな人は、最低の人間だった。そんなことはずっと前から分かっていたはずなのに、重く胸に突き付けられて、蕾がまだ固く閉じられた桜並木を駆け抜けて学校から逃げ出した。健太はそんな私の卒業証書とサブバックを持って、追いかけてきてくれた。

 全てのページに映った逢沢裕翔をくまなく汚し、満足げに健太はマジックのキャップを嵌めた。

「忘れよ、あんなクソみたいなやつ」

 健太は逢沢に虐められたいた。聞くに堪えない言葉をいくつも吐かれ、時に暴力も振るわれた。私はそれを止めるでもなく、健太はそんな私を責めないでいてくれた。優しさのような、諦めのような真綿に包まれ、私たちの友情はここにある。私は卒アルをカーペットに放り投げた。

「だよね。どうかしてたわ、あんなクソが好きだったなんて」

 今もどうかしている。分かっていたけれど、どうしようもなかった。もしかしたら。絶望的な不安が脳裏によぎる。

 私は一生、まともな人間を愛せないのかもしれない。まっとうに愛し、愛され、幸福を享受することなんて、できないのかもしれない。私は健太の布団の上に寝転がった。汗臭い匂いが一瞬鼻腔を抜け、清潔な洗剤の匂いに上塗りされる。

「いつか」

 ベッドに腰掛けた健太が言う。

「いつか笑実華が恋人を見つけたら、一番に俺に報告してね」

「えー無理、絶対健太の方が先だよ」

 不安を覆い隠して、私たちはからからと笑う。

 健太が、誰のものにもならなければいいのに。誰とも付き合わないでほしい。付き合ったとしても、二人で一つ、にならないで、健太のままでいてほしい。今の彼の持つ孤独を永久に胸の真ん中に持ち続けてほしい。友達失格の残酷な願い。

 健太が逢沢に告白できなくて安心した。むしろ、健太が逢沢に思いを伝えるところを見たくなかったから、先に、みんなの前で告白した。クラスメイトの中の私がどんなに汚れてもいいから、健太には綺麗なままでいてほしかった。

「ずっと友達でいてね」

 もごもごと声を紡げば、健太が「え?」と耳を寄せた。黒い直毛がわずかに掛かったその耳朶に私は「あー!」と叫んで、健太に枕で顔を殴られた。


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